「朔がいない世界に僕は生きている」
 自転車のペダルを漕ぎながら一人呟く。帰り道、街灯はほとんどない。頼りになるのは自転車の灯のみ。ただ真っ直ぐに家までの道を照らしてくれている。この灯が消えてしまうというなら僕は闇に吸い込まれる。そう思った。朔という灯を失った僕はいったいどこに向かえばいいのだろうか。
 高校の入学式の日。僕は人生で初めて寝坊をした。慣れない制服の裾に腕を通し、ネクタイをポケットに入れ、急いでアパートを飛び出した。自転車に跨り、慣れない通学路の景色を横目に、全身で生暖かい風を受けていた。目の前で踏切の遮断機が降り始めていた。急いでも間に合わないと判断しブレーキをかけた。腕時計を確認すると九時ちょうどだった。入学式が始まる時間だった。電車の本数も車両数も少ないにも関わらず、ここの踏切は閉まるのは早く、開くのが遅い。焦りよりも諦めが心の中で大きくなった。入学式の後に教室で教材配布がある。幸いなことにクラスはメールで知らされている。僕は二組らしい。入学式の行われている体育館ではなく、教室で待機してればいいか、と自分を納得させた。
「あの、第一高校の生徒ですか」
 声をかけられ後ろを向くと、同じ高校の制服を着た女生徒が立っていた。
「そうだけど」
 無愛想に僕は答えた。女生徒の胸のリボンの色から同じ一年生だと分かった。僕はポケットに入っているリボンと同じ色をしたネクタイを取り出し彼女に見せた。相手の遅刻理由は分からないけど、入学式に遅刻したもの同士という事実はお互いに分かっていた。
「名前は?」
 彼女は綺麗な茶色い瞳で僕を覗き込み、聞いてきた。色白で黒髪。ぱっちりとした二重。正直に可愛いと思った。
「風見 翔 二組」
「翔くんと同じクラスだ。私は真壁 朔、朔って呼び捨てでいいよ」
 『翔くん』と名前で呼ばれることに気恥ずかしさを感じた。やっと電車が視界に入る。電車が風を引き連れて走り去る。ぶわっと朔の真っ直ぐな黒髪が空を走りまわった。その美しさに見惚れている間にそっと遮断機が上がった。
「後ろ乗るか?」
 少し大胆な提案だったと、後から思った。「うん。乗る」
 そう言って朔はなんの躊躇いもなく、自転車の荷台に座り、僕のお腹に手を回した。
「じゃあ、出発するよ」
 僕は会ったばかりの女子を自転車の後ろに乗せて走るなんて初めての経験だった。ギュッと僕に掴まる朔の手はとてもか細く感じた。
 いつもと重心が違うため自転車が少しガタつく。けれど少し走れば次第に慣れてくる。
 ガタガタと舗装されていない道。街灯少ないこの道は夜は満点の星空が見えるだろう。「翔くん」
 後ろから朔の声がする。少しペダルを漕ぐのをゆっくりにすると、風の音が止み、朔の声がはっきりと聞こえた。
「私、あなたに恋がしたい」
 その瞬間、自転車から一人分の重さが消えた。自転車の重心が前に移動しバランスが崩れる。キーンっとブレーキの甲高い音が響き、自転車を停止させた。頭の中で処理をするのに時間がかかった。
「今日初めて会ったんだよ、僕たち。恋したいって言われても…」
 自転車から飛び降りた朔は僕の少し後ろに立っていた。 僕は恋なんてしたことがないし、するつもりもない。ただ平凡に、平穏に毎日を過ごしたい。青春なんて遠い存在だ。僕の頭の中が喋り続ける。
「いきなり女の子を自転車の後ろに乗せる男の子はたぶん翔くんしかいないと思う」
 僕もそう思った。
「なんで、僕と恋がしたいの?」
 朔は空を見上げた。太陽に照らされた彼女は、笑っているようで、泣いている、そんな表情だった。僕はこの表情をする人を他に知っていた。十年前に病気で死んだ母親だった。僕は弱っていく母親に何もできなかった。幼い時の苦い記憶がはっきりと蘇った。
 『翔、ごめんね。もうバイバイなんだ』
 涙を堪えながら僕に笑いかける母親と今、目の前にいる朔が重なって見えた。
「私ね、残り時間が少ないの。全力で駆け抜けたいんだ。やりたいこと全部やって、真壁朔を卒業したい。だから翔くんには、私の一番初めの願いを叶えて欲しいの」
「でもまずは友だちからだね」
 朔は頭を掻きながら照れくさそうに笑った。
 朔は僕を必要としてくれている。僕は母親への後悔を朔を通して昇華させようとしていることに気づかないふりをした。朔が意味する卒業はきっと死のことだ。でも僕はそのことについて深く知ろうとは思わなかった。僕は朔を利用しただけだ。
「分かった。僕が友だちとして朔の卒業を手伝うよ」
「約束だよ」
 朔は太陽に負けないくらい眩しい笑顔だった。まだ季節でない向日葵が数本、太陽に向かって伸びていた。 
「翔くんはやっぱり変わってるね」
 朔にだけは言われたくない。
「早く後ろ乗って、教材配布すら間に合わなくなるよ」
 自転車のスタンドを地面と平行にし、再び二人分を乗せ、タイヤが回転を始める。
 後ろに乗せている朔の重さを感じる。胸がキュッとするのは僕の後悔と重なる以外にもあると気づくのはもう少し先のことだった。
  
 校門をくぐり抜けるとちょうど新入生たちが体育館から教室へ向かう列が目の前に現れた。自転車を駐輪場へ置き、朔と二人その列の最後尾に並んだ。
「なんとか間に合ったな」
 朔に話しかける。僕たちの前にいた男子がクルッと振り返る。
「今、俺に話しかけた?」
 いかにも野球部という感じだった。
「いや…」
 僕の後ろにいた朔はいつの間にかいなくなっていた。知人がいて、そちらに行ってしまったのか。それとも学校探索にでも行ったのか。どちらにせよ、朔にはあり得そうなことであると考えた。
「てかお前、風見だろ。さっき先生がお前の名前連呼してたぞ。あ、ちなみに俺は二組の松田。よろしくな」
「ああ。よろしく」
 松田と教室まで移動する。廊下の途中にある鏡を見ながらネクタイを締める。少し不恰好だが、次第にうまくなるだろう。
 教室に入ると、僕ら以外の生徒はすでに着席しており、担任の中村という男性教師が配布するプリントの用意をしているところだった。ただ朔は見当たらなかった。ここで僕は違和感を覚えた。
 空いている席は二つしかないのだ。僕と松田が座ってしまえば朔の席はない。
 “先生、席が一つ足りないと思うのですが”
 そう口に出せる人間になりたかった。僕は黙って自分の名札が置いてある席についた。
 朔はどこへ行った。入学式に参加してないためクラス名簿はもらっていない。朔は違うクラスだったのだろうか。頭の中でグルグルと思考が駆け巡った。
「改めて担任の森山だ」
 いかにも体育科の先生という感じだ。発達した大胸筋がワイシャツ越しに分かった。
「机の上の教科書は全部持って帰って今日は終わり。明日は午前だけ、健康診断だ」
 伝達事項を終えた森山は号令をかけた。
「じゃあ、また明日。風見は残れよ」
 前に座っていた松田がクルリと後ろを向き僕と目が合った。僕は小さくため息をついた。
 新しい制服を見にまとった生徒たちが散り散りに帰りだす。僕は渋々、森山のいる教卓の前へと向かった。
「どうして入学式に出なかったんだ?さては寝坊したんだな」
「すみませんでした」
 森山は怒らず、戯けながら話してくる。これはきっと初対面だからだろう。そして僕はもう一つ、森山に聞きたいことがあった。
「あの、真壁朔はどこのクラスか分かりますか?僕と一緒に遅刻して来たんです」
 朔の名前を出したとき森山の顔色が変わった。僕は何かおかしいことを言ってしまったのだろうか。
「真壁と来たのか?」
「そこの踏切で初めて会って、そのまま一緒にくる流れに。でもあいつ、急にいなくなっちゃって」
 森山はクラス名簿にある写真を一枚見せてきた。そこに写っているのは、高校入試の際に使われたであろう朔の証明写真だった。
「この子で間違いないか?」
「はい。やっぱり朔は二組なんですか?だったらどうして朔の席がないんですか?」
 教室は僕と森山以外誰もいなくなっていた。ただただ僕の話す声だけが聞こえていた。
「風見、よく聞け。お前の話は嘘だとは思わない。だけど真壁は今、脳の病気が再発して入院している。一週間ほど前から植物状態だと親御さんから聞いているし、俺も昨日お見舞いに行った」
 森山は朔の写真を大事そうに名簿に挟んだ。
「真壁、高校に入るのすごく楽しみにしてた。病気の治療の関係で、院内で入学試験を受けたんだ。その時の試験監督が俺だった。あともう少しで普通の学生になれる。普通の生活が送れるって俺に言ってた。なのに入学する直前で再発が見られて、植物状態だなんて…」
 植物状態?朔が?理解が追いつかなかった。だって僕は朔を乗せて自転車で走っていたのだから。朔の重さも、僕に掴まる手の温かさだって、覚えている。
「朔は残り時間が少ないって僕に言ったんです。やりたいこと全部やって真壁朔を卒業したいって。僕は朔に協力した。あいつはちゃんと生きていて、僕は朔とこれから朔のやりたいことを片っ端からやっていくんです」
 頬をつたる雫はポタリポタリと床を濡らしていった。どうしてこんなに感情的になっているのか。頭で考えるよりも先に今まで塞ぎ込んでいた感情が次々に出てくる。僕は母が大好きだった。それにも関わらず、病気の母に向き合えなかった。いや、向き合おうとするのを避けていた。母が死んだ時、僕は僕を責めた。どうして病気の苦しみを分かってあげられなかったのか。どうして薬の副作用で嘔吐を繰り返す母を気持ち悪いと思ってしまったのか。どうして痩せていく姿を見窄らしいと思ってしまったのか。僕は今だからこそ、その答えが出せた。まだ幼かった僕は母を嫌うことで僕の心を無意識に守ろうとしていたのだ。だって母が大好きだから。大好きだから嫌いになりたかった。僕は間違えたんだ。
「朔にしてやれること全部やらないと。それが僕にできるせめてもの償いなんです」
 朔の卒業まで向き合う。朔との約束だから。
 森山は僕の肩を強く掴んだ。
「真壁は湘南第一病院の四階の病室にいる。ちゃんと向き合って来い」
 森山はそう言って僕の背中をパシッと叩いた。背筋が伸びた。僕は学校を飛び出した。朔が入院している病院へとペダルを漕いだ。
 烏帽子岩が小さく見えた。今日の波はいつもよりも荒々しく、白波がたっていた。湘南第一病院。そう書かれた看板が目についた。自転車を停め、窓口へと向かった。
「あの、真壁朔の、病室はどこですか。僕は第一高校の生徒で真壁さんのクラスメートなんです」
 呼吸も制服も乱れたままだった。
「少々お待ちください」
 受付の男性はパソコンのキーボードを慣れた手つきで弾いた。
「真壁様は四一四の個室です」
 僕は階段で四階まで駆け上がった。入院病棟の案内図なんて見ている余裕もなく、ただがむしゃらにネームプレートで朔の名前を探した。一番端の海に近い部屋だった。
 一度深く深呼吸をして乱れた息を整える。それでも心臓はいつもよりも嫌な鼓動を奏でていた。
 三回部屋をノックする。
「どうぞ」
 朔の母親だろうか、すこし低めの声の女性の声がした。
 スライド式のドアを開けると規則正しい心電図の音が部屋に響いていた。たくさんの管に繋がれ、ベットに横たわるのは間違いなく、僕の知っている真壁朔だった。今日初めて会って、自転車の後ろに乗っていた朔だった。
 僕は朔を前に何も言葉が出てこなかった。
「あの、風見君ですか?朔の母の遥です」
 僕の名前を知っているのはきっと森山が連絡を入れてくれたに違いない。
「風見翔です。朔さんの友だちです。信じてもらえないかもしれませんが、僕は今日、朔さんを連れて第一高校の入学式に向かったんです。でも朔がいなくなって…それで森山先生にこの場所を教えてもらって来ました」
 信じられないというような顔をする遥。実際僕もまだ状況を読み込めていない。
「朔は今日もずっとここにいたわ。からかうなら帰って」
 怒るのも無理はない。非現実的なことを受け入れるのは困難だ。遥は目に涙を浮かべていた。僕は無神経だった。親の気持ちも考えずのこのことやってきたのだから。
「また来ます」
 僕は安らかな顔をしてベットで眠る朔を振り返って見た。ハンガーには高校の制服が綺麗にかかっていた。
 僕は一体どうすればいいのか。頭の中でぐるぐると思考が駆け巡る。気づくと足は六一二号室の前で止まっていた。母が亡くなった病室だった。もちろんネームプレートは別の人の名前に変わっている。当たり前だ。母がこの世界にいたのはもう五年も前なのだから。
 僕は病室の前のベンチに腰をかけた。あの頃と同じだ。父が母に面会している間、僕はここに座って待っていた。
 今もあの頃と変わらない。朔の母から逃げるように病室を出てしまったのだから。
 僕は深くため息をついた。
「またクヨクヨしてる」
 顔を上げると目の前には制服姿の朔が立っていた。
「朔、どういうことだよ」
 僕は思わず声を張り上げた。近くにいた看護師にキリッと睨まれる。
「まあ、落ち着いて。周りには翔くん一人が話しているように見えちゃうから」
 要するに目の前にいる朔は僕にしか見えていないということだと瞬時に理解した。
「翔くんには全部話すよ。今私の身に何が起きているのか。だから翔くんはただ聞いてて」
 朔は僕の隣に座った。僕が見ている朔は何の変哲もないただの女子高生だった。
「小学生の時に脳に腫瘍ができて、入院したの。腫瘍の場所が悪くて薬で散らすしかなかったんだ」
 朔は無理をして笑っているように見えた。
「私頑張ったんだ。辛い治療だったけど何とか乗り切ってあの後、少しだけ小学校に通えたの」
 目の前を白衣を着た医師が通る。朔はその医師を目で追った。
「中学に入ってすぐに再発した。医者はなんでも治してくれる神じゃないんだなって実感したの。でもね私にはある人との約束があったんだ」
 朔は僕の方を見た。まっすぐで力強い眼差しだった。僕はこの目を見て思い出した。
「翔くん、私あなたとの約束のおかげで今こうして生きたいって思えてるの」
「朔?」
 僕の苦い記憶の中の鍵のかかった部屋が開けられた。僕と朔はここで十年前に出会っていた。

「なにクヨクヨしてるの」
 幼い朔の声が頭の中で響いた。
「別に」
 十年前の僕は今日みたいに朔を冷たくあしらった。
「私ねさっき看護師さんと中庭をお散歩したんだ。すごい綺麗な向日葵が咲いてたんだ」
 急に見知らぬ女の子が話すものだから僕はどう反応していいのか分からなかった。
「越谷神社の前にある向日葵畑、今どれくらい咲いてる?」
 朔が興味深々に聞いてくる。
「自転車で通って来たけど、まだ咲いてなかったよ」
 家から病院までの間に向日葵畑がある。地元の人しか知らないような小規模なものだったが、夏になるとあたり一面黄色に染まる。
「病室入らないの?」
 不思議そうに聞いてくる。
「入るのが怖いだけ」
 僕が絞り出すように答える。
「会えるのは今日が最後かもしれないのに、会えないのは寂しいよ」
 朔の目に涙が溜まっていた。
「私、病気に負けたの。もうみんなとバイバイするの。君ともね」
 僕はどうするのが正解か分からず朔を抱きしめた。点滴スタンドが大きく横に傾き音を立てて倒れた。
「まだ負けてない。君は生きてる。これからも生きる」
 無責任な発言なのは当時の僕でもわかった。ただこれが母親に伝えたかった言葉なのかもしれない。
 点滴が倒れる音で看護師たちが駆け寄ってきた。僕は朔を離した。腕の温もりは確かなものだった。
「朔ちゃん病室戻ろうか」
 看護師に手を引かれ朔は僕の横を通り過ぎた。
「朔、次は僕と一緒に越谷の向日葵畑を見に行こう。約束だから」
 僕が朔に向かって大声で叫んだ。
 朔はニコッと僕に小指を向けた。
「約束ね」
 その日は僕が母親に会った最後の日だった。記憶から抹消したい日。それと同時に朔と初めて出会った日だった。
「ごめん、僕は君のこと忘れてた」
 朔は少し悲しそうな顔をした。
「無理もないよ五年前のことでお互いに子どもだった。でも、あまりにも翔くんが迎えに来てくれないから私がこうして約束守りに来たの。もう卒業だからさ」
 しょうがないな翔くんはと笑いながら話す朔は今度は僕の記憶から消えるのではなく、この世からいなくなるのだ。
「朝、翔くんが自転車に乗せてくれたとき、越谷の向日葵咲いてたね」
「季節外れの数本だけどな。次は満開の向日葵見に行こう。僕がまた自転車漕ぐからさ」
 約束と小指を出す。けれど朔は小指を絡めてこなかった。
「それはできない。私は十年前の約束を果たすために、今こうして翔くんに会えているの。もうその約束かなっちゃったから…」
「待って、まだ朔なにもしてあげられてない。やりたいこと全部やるんじゃなかったのか」
 僕は周りの目を気にせずに大声を出した。
「私の一番の願いは叶ったから。翔くんと二人で向日葵見た。その事実だけで私は幸せだから。少しの間、バイバイ」
 そう言って朔は満面の笑みを浮かべながら僕の目の前から姿を消した。僕は朔の病室へと走って向かった。
 先ほどは閉められていた個室のドアが開いており、医師と看護師が出入りをしていた。僕は足がすくむ。母親の最期と重なるからだ。十年前の僕はここで逃げ出した。けれど今度はちゃんと朔の卒業に向き合う。そう決めたんだ。僕は躊躇いもなく朔の病室に入った。
 医師が心臓マッサージをするのと同じタイミングで心電図の波形が上がっていた。医師がその手を止めたら、この波形はただの直線となす。遥が泣きながら朔の手を握っている。
「お母さん、心臓マッサージ止めますね。朔ちゃんもう十分頑張りましたから」
 遥がコクリとうなづく。
 心臓の波形が直線になった瞬間に看護師がモニターの電源を切った。
「十八時三十八分、ご臨終です」
 病室は遥の泣き声だけが響き渡っていた。
 僕は約束を守った。君の最期を看取った。
「朔、卒業おめでとう」
 僕はそれだけ言って病院を後にした。
 今日一日の出来事なのに僕はとても長く深く感じた。僕は忘れない。真壁朔のことを。
 
 僕が朔の顔を見たのはあの日が最期だった。ただ毎日が過ぎて行き、高校一年の前期が終わった。越谷の向日葵は見ごろを迎えた。これが朔に見せたかった景色だった。
 僕はまた自転車を漕ぎ出す。
 僕には朔の知らない明日が来る。足踏みしている暇はない。だから前に進もう。君が僕の道標だから。
 そのとき自転車の重心が後ろに動いた。
僕は気づかないふりをしてまた君を乗せてペダルを漕いだ。