『詩乃! 専門学校卒業おめでとう!』

 かかってきた電話に出ると、開口一番そう言われた。高校を卒業してほとんど毎日電話をしているのに、いくら聞いても飽きないのは不思議だ。

「ありがと。春樹はまだ学生か」
『うん。詩乃は四月から社会人かー。俺より先に大人になる感じでなんか寂しいな』
「そう? とりあえず春樹は落第しないように気をつけなよ。単位危なかったのがあったんでしょ?」
『それなー!』

 ふはは、と笑い合う。電話口から聞こえる声が地味に心地よくて、思わず目をつぶって耳を澄ませてしまう。

『なー。ってかさ、今姉貴が帰ってきてんだけどさ、赤ん坊がマジかわいいの。詩乃はもう抱っこした?』
「うん。佳依(かい)くんでしょ。まだ首が座ってないのは怖かったけど、先にこっちに帰ってきて抱っこさせてもらったよ」

 両親にとっては初孫、私にとっては初甥っ子。それはそれはかわいくて、ずーっと眺めてられるなぁと、義母と一緒にじーっと眺めていた。

『赤ちゃんってすごいよな。なんか元気もらえるんだよなー』
「春樹ってばオジサン」
『おうよ、叔父さんよ』

 こうして他愛のない話をするのがとてつもなく好きだ。それは相手がきっと春樹だから。

『卒業といえば高校のときは義兄から卒業してたけど、本当にちゃんと卒業できたの?』

 ときどき意地悪でそういうことを聞いてくる。春樹が好きだって言ってんのに、彼には不安があるらしい。
 思わずため息が漏れた。

「もう何年経ってると思ってんの? 義兄からはとっくに卒業できてますー」
『なにその含んだ言い方。ほかに卒業できてない人がいるわけ?』

 不満声全開の彼氏には、分かるように言ってあげないといけないらしい。あぁ、面倒臭いなぁ。

「春樹からの卒業が、どうも無理みたい」
『なっ……!』

 予想外の言葉だったのか、春樹は言葉に詰まってしまった。ははは。黙らせた私の勝利かな。

「じゃあそろそろ切るよー。おやす……」
『じゃあ結婚する?』
「なっ……!」

 やられた。私よりも上をいかれた。
 悔しいけど、ここで張り合ってもいいことはないので、素直に返事をする。

「いいよ。結婚しよ」

 好きな人というのは、卒業できないようにできているらしい。
 勇んで子どもの名前を考え始めた春樹に、私は苦笑しながら目をつぶって話を聞いていた。

END.