「えーっと……? 誠の義妹、でいいんだっけ……?」
「そうです。山本詩乃です。ちょっとマイク借りてもいいですか?」
「えっ……あ、はい」
有無を言わさぬ圧力で、私は司会者の人からマイクを拝借した。すでにスイッチは入っている。マイクに口を近づけて、頭を下げた。
「この度は義兄の結婚式の二次会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。義妹の山本詩乃です。ビンゴゲームの途中ですが、ちょっとだけお時間いただききます」
コソコソと話す声があっちでもこっちでも聞こえた。
正直ビビっている。こんな大勢の前で演説なんてしたこともなければ、発言するのも初めてだ。どうすれば伝わるだろう。血の繋がっていない義妹の戯れ言で終わらせないためには、どうしたら。
「詩乃……」
ポツリと呟いた声が、私の顔を上げさせた。そちらを見れば、心配そうな顔をして私を見ている人がいる。
あぁ、好きだ。同じ苗字になってから、一緒に暮らし始めてから、私は誰にも言えない恋をした。人を好きになるってこんなに苦しくて、こんなに切なくなるなんて知らなかった。同じ屋根の下で暮らして、こんなに幸せなことなかった。街ですれ違って出会いたかったと、何度思っただろう。違う世界線で出会いたかったと、何度泣いただろう。
私にはその想いをぶつける権利がある。
「なんで卒業式と結婚式をかぶらせたの? 絶対嫌がらせだよね? 私のお兄ちゃんは、私の晴れ姿を見に来ない人じゃない。朋美さんの誕生日だからって結婚式とかぶらせるような人じゃないことは、朋美さんも知ってるはず。ねぇ、どうして一緒の日にしたの? 私のこと、そんなに嫌い?」
こんなに義兄に詰め寄ったのは初めてだった。周りの人たちもキョトンとしている。それでも私は、臆することなく続ける。
「私は、お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと見たことはない。ずっと、ひとりの男性として好きだった。お兄ちゃんから見たら10歳も離れたガキかもしれないけど、私は本気でお兄ちゃんが好きだった。キスしたり、その先のエロいことをしたり、そういうことをしたい好きだった」
私の告白を邪魔する人はいない。あまりの真剣さに、誰も揶揄えないのだろう。朋美さんですら、微動だにせずじっと私の言葉に耳を傾けていた。
義兄は下唇を嚙んでなにかに耐えているような表情をしている。その顔を見てあぁ失敗したなと悟った。なんとも思ってない義理の妹にこんな公開告白されて、しかも結婚式というハレの日に、最悪だと思っているのだろう。
お腹の底の方から熱いものがせりあがってくる感覚がした。そのまま喉から鼻に上がってきて、視界が滲む。
あぁ、私はこんなところで泣いてしまうのか──
「ごめん詩乃。詩乃の卒業式の日だって分かってて、俺が結婚式を今日にした」
義兄はゆっくりと立ち上がって私の前に来た。私は義兄を見上げるフリをして、泣きかけた涙をなんとか引っ込める。
「俺が、詩乃に祝ってほしくなくて……俺が、詩乃を卒業できないから、だから、今日にかぶせたんだ」
「どういう、意味……?」
義兄が私を卒業できない? 義兄から直接言われた言葉なのに、理解ができずに首を傾げてしまう。すると今まで黙っていた新婦が、義兄の隣に来た。
「あのね、詩乃ちゃん。全部誠さんが背負おうとしてるけど、違うの。全部、私の願いなの」
「朋美」
「こうやって本音をぶつけてくれたんだから、こっちも本音で言わないと、失礼でしょ」
朋美さんの口調は淡い黄色のドレスに似合わず棘があった。彼女は私にだけ向き合っている。
「半年前、初めて山本家にあいさつに行ったとき、私気づいたの。詩乃ちゃんは誠さんのこと男として見てるって」
「…………」
「ああ、これは手強いなって思った。多分、名前の入った藁人形を木に打ち付けられるなって、本気で思った」
「…………」
「結婚式にも呼びたくなかった。来たら殺されちゃうんじゃないかって思ったから。だから、私が三月十日に式を挙げようって提案したの」
「…………」
「もちろん誠さんは『それなら来年にしてほしい』って言ったよ。『その日は詩乃の卒業式だから』って。でも、私がねだった。『この日に挙げてくれないと死んでやるー!』って騒いだ。そうしたら誠さんが頷いてくれた。詩乃ちゃんより、私を優先してくれたの」
ニッコリと笑う朋美さんは、今まで見た中で一番きれいだった。キラキラした化粧に、キラキラした衣装。キラキラした照明に、キラキラした非日常。すべてのキラキラが合わさって、眩しいほどに輝いていた。
「ごめんね、詩乃ちゃん。誠さんは、私がもらう……」
「……朋美さんは、そんな人じゃない」
「え?」
「短い間だったけど一緒に暮らしてきて、私は知ってる。朋美さんは、駄々をこねるような人じゃない。私をだまそうとしても無駄だよ」
「どうして? 私のことなんてよく知らないでしょ? 女の人は腹の奥でなにを考えているのか、同じ女としてよく知ってるんじゃない?」
「知ってるから言うの。朋美さんは、お兄ちゃんをかばって自分が悪者になろうとしてる。私がお兄ちゃんを嫌いにならないように、朋美さんが嘘をついてる」
「……分からない子だなぁ。全部私が首謀したんだって……」
「お兄ちゃんも、私のこと、異性として好きだったんでしょう?」
「!」
義兄も朋美さんも、目を見開いた。その隙を突いて、私は続ける。
「少なくとも三年前までお兄ちゃんは、血の繋がらない私を好きだった。でも、世間体もあるしなにより両親に申し訳ない。想いを断ち切ろうとしたときに出会ったのが朋美さんだった。朋美さんは多分、お兄ちゃんの気持ちを知ってて付き合ったんだと思う。付き合ううちに、お互いが本当にかけがえのない存在になった。そして結婚を決めた……違う?」
いつか岩倉くんに披露した恥ずかしい推理みたいに、的外れなことを言っているかもしれない。でも、これから家族になる人──朋美さんのことを勘違いしたままでいたくない。だって彼女は。
「……朋美さん。私最初は朋美さんのこと、嫌いでした。お兄ちゃんの婚約者ってだけでも許せないのに、お義母さんにもお父さんにも媚びて気に入られようとして……悪女かもって思ってたけど、本当はすごく優しい人なだけだった。勘違いしてごめんなさい。朋美さんは、最高の義姉になると思うの!」
「詩乃ちゃん……」
「詩乃……」
熱弁しすぎて息が上がってしまった。はぁはぁと肩で息をする。
私はまだ、言わなきゃいけないことがある。
最後の力を振り絞って、息を吸った。
「山本詩乃は、今日で山本誠を卒業します!」
そう言い切ってからフラリと身体が揺れた。どこにも力が入らない。あぁ、倒れる──と思ったら、ふんわりと抱き留められた。
「詩乃……悪かった」
「おにい……ちゃん?」
「詩乃の言う通りだ。俺は詩乃が異性として好きだった」
「……そっか」
「詩乃が俺のことを好いているのも、なんとなく気づいてた。でも、俺は自分の気持ちよりも、詩乃の気持ちよりも、世間体を選んだ。この気持ちは墓場まで持っていこうって、自分と約束して、誰にもバレないようにひっそりこっそり持っていようって、決めてた」
「うん」
「そしたら朋美が現れた。そして全部見抜かれた。敵わないと思ったよ。この子には一生敵わない──だから結婚を決めた。この子しかいないと思った」
「うん、分かるよ」
「不甲斐ない義兄でごめんな。ずっと好きでいてくれてありがとう。家は出るけど、詩乃とはずっと兄妹だから。そのことは誰がなにを言おうと変わらないから」
「……うん」
「卒業おめでとう」
「ありがとう。お兄ちゃんも、結婚おめでとう」
「……ありがとう」
そっと義兄の胸を押して、彼から離れた。少し前の私なら、自分から離れたりなんてしないはずだけど、義兄の気持ちを聞いた私はそれで満足だ。
彼の隣で朋美さんが泣いていた。あぁ、私ってばいけない子。それに気づいた義兄は朋美さんの背中をトントンと優しく叩く。
うん。これでよかったんだ。
「すみません。せっかく盛り上がってたのに、お邪魔してしまいました。私は退散しますのでビンゴゲームの続き、どうぞ」
呆気に取られている司会者の人にマイクを返す。「あぁ、はい」とマイクを受け取った司会者だったが、「よかったら参加していきなよ」とカードを二枚くれた。
「そこの男の子も一緒に」
腕を組んで私たちを見守っていた岩倉くんは、突然呼ばれて驚きながらも「えー、いいんすか?」と言って私の隣に来た。
「よかったな。ぶちまけられて」
ビンゴカードを受け取った岩倉くんに私は言う。
「無事、好きな人から卒業したけど、私たち、付き合う?」
「!」
真ん中に親指を突っ込んだまま、岩倉くんは固まってしまった。司会の人が「再開しまーす」と声を張り上げる。
「それは……俺に惚れたってこと?」
「そうだね。岩倉くんに惚れたね」
13でーす! の声にひとつ穴を開ける。チラリと岩倉くんを見ると、顔を真っ赤にして唇を震わせていた。
「卒業式、最高……!」
両手を上にあげてガッツポーズまでし始めた。
あ、こら。ビンゴゲーム中に両手を上げるな。
「そうです。山本詩乃です。ちょっとマイク借りてもいいですか?」
「えっ……あ、はい」
有無を言わさぬ圧力で、私は司会者の人からマイクを拝借した。すでにスイッチは入っている。マイクに口を近づけて、頭を下げた。
「この度は義兄の結婚式の二次会にお集まりいただき、誠にありがとうございます。義妹の山本詩乃です。ビンゴゲームの途中ですが、ちょっとだけお時間いただききます」
コソコソと話す声があっちでもこっちでも聞こえた。
正直ビビっている。こんな大勢の前で演説なんてしたこともなければ、発言するのも初めてだ。どうすれば伝わるだろう。血の繋がっていない義妹の戯れ言で終わらせないためには、どうしたら。
「詩乃……」
ポツリと呟いた声が、私の顔を上げさせた。そちらを見れば、心配そうな顔をして私を見ている人がいる。
あぁ、好きだ。同じ苗字になってから、一緒に暮らし始めてから、私は誰にも言えない恋をした。人を好きになるってこんなに苦しくて、こんなに切なくなるなんて知らなかった。同じ屋根の下で暮らして、こんなに幸せなことなかった。街ですれ違って出会いたかったと、何度思っただろう。違う世界線で出会いたかったと、何度泣いただろう。
私にはその想いをぶつける権利がある。
「なんで卒業式と結婚式をかぶらせたの? 絶対嫌がらせだよね? 私のお兄ちゃんは、私の晴れ姿を見に来ない人じゃない。朋美さんの誕生日だからって結婚式とかぶらせるような人じゃないことは、朋美さんも知ってるはず。ねぇ、どうして一緒の日にしたの? 私のこと、そんなに嫌い?」
こんなに義兄に詰め寄ったのは初めてだった。周りの人たちもキョトンとしている。それでも私は、臆することなく続ける。
「私は、お兄ちゃんのことをお兄ちゃんと見たことはない。ずっと、ひとりの男性として好きだった。お兄ちゃんから見たら10歳も離れたガキかもしれないけど、私は本気でお兄ちゃんが好きだった。キスしたり、その先のエロいことをしたり、そういうことをしたい好きだった」
私の告白を邪魔する人はいない。あまりの真剣さに、誰も揶揄えないのだろう。朋美さんですら、微動だにせずじっと私の言葉に耳を傾けていた。
義兄は下唇を嚙んでなにかに耐えているような表情をしている。その顔を見てあぁ失敗したなと悟った。なんとも思ってない義理の妹にこんな公開告白されて、しかも結婚式というハレの日に、最悪だと思っているのだろう。
お腹の底の方から熱いものがせりあがってくる感覚がした。そのまま喉から鼻に上がってきて、視界が滲む。
あぁ、私はこんなところで泣いてしまうのか──
「ごめん詩乃。詩乃の卒業式の日だって分かってて、俺が結婚式を今日にした」
義兄はゆっくりと立ち上がって私の前に来た。私は義兄を見上げるフリをして、泣きかけた涙をなんとか引っ込める。
「俺が、詩乃に祝ってほしくなくて……俺が、詩乃を卒業できないから、だから、今日にかぶせたんだ」
「どういう、意味……?」
義兄が私を卒業できない? 義兄から直接言われた言葉なのに、理解ができずに首を傾げてしまう。すると今まで黙っていた新婦が、義兄の隣に来た。
「あのね、詩乃ちゃん。全部誠さんが背負おうとしてるけど、違うの。全部、私の願いなの」
「朋美」
「こうやって本音をぶつけてくれたんだから、こっちも本音で言わないと、失礼でしょ」
朋美さんの口調は淡い黄色のドレスに似合わず棘があった。彼女は私にだけ向き合っている。
「半年前、初めて山本家にあいさつに行ったとき、私気づいたの。詩乃ちゃんは誠さんのこと男として見てるって」
「…………」
「ああ、これは手強いなって思った。多分、名前の入った藁人形を木に打ち付けられるなって、本気で思った」
「…………」
「結婚式にも呼びたくなかった。来たら殺されちゃうんじゃないかって思ったから。だから、私が三月十日に式を挙げようって提案したの」
「…………」
「もちろん誠さんは『それなら来年にしてほしい』って言ったよ。『その日は詩乃の卒業式だから』って。でも、私がねだった。『この日に挙げてくれないと死んでやるー!』って騒いだ。そうしたら誠さんが頷いてくれた。詩乃ちゃんより、私を優先してくれたの」
ニッコリと笑う朋美さんは、今まで見た中で一番きれいだった。キラキラした化粧に、キラキラした衣装。キラキラした照明に、キラキラした非日常。すべてのキラキラが合わさって、眩しいほどに輝いていた。
「ごめんね、詩乃ちゃん。誠さんは、私がもらう……」
「……朋美さんは、そんな人じゃない」
「え?」
「短い間だったけど一緒に暮らしてきて、私は知ってる。朋美さんは、駄々をこねるような人じゃない。私をだまそうとしても無駄だよ」
「どうして? 私のことなんてよく知らないでしょ? 女の人は腹の奥でなにを考えているのか、同じ女としてよく知ってるんじゃない?」
「知ってるから言うの。朋美さんは、お兄ちゃんをかばって自分が悪者になろうとしてる。私がお兄ちゃんを嫌いにならないように、朋美さんが嘘をついてる」
「……分からない子だなぁ。全部私が首謀したんだって……」
「お兄ちゃんも、私のこと、異性として好きだったんでしょう?」
「!」
義兄も朋美さんも、目を見開いた。その隙を突いて、私は続ける。
「少なくとも三年前までお兄ちゃんは、血の繋がらない私を好きだった。でも、世間体もあるしなにより両親に申し訳ない。想いを断ち切ろうとしたときに出会ったのが朋美さんだった。朋美さんは多分、お兄ちゃんの気持ちを知ってて付き合ったんだと思う。付き合ううちに、お互いが本当にかけがえのない存在になった。そして結婚を決めた……違う?」
いつか岩倉くんに披露した恥ずかしい推理みたいに、的外れなことを言っているかもしれない。でも、これから家族になる人──朋美さんのことを勘違いしたままでいたくない。だって彼女は。
「……朋美さん。私最初は朋美さんのこと、嫌いでした。お兄ちゃんの婚約者ってだけでも許せないのに、お義母さんにもお父さんにも媚びて気に入られようとして……悪女かもって思ってたけど、本当はすごく優しい人なだけだった。勘違いしてごめんなさい。朋美さんは、最高の義姉になると思うの!」
「詩乃ちゃん……」
「詩乃……」
熱弁しすぎて息が上がってしまった。はぁはぁと肩で息をする。
私はまだ、言わなきゃいけないことがある。
最後の力を振り絞って、息を吸った。
「山本詩乃は、今日で山本誠を卒業します!」
そう言い切ってからフラリと身体が揺れた。どこにも力が入らない。あぁ、倒れる──と思ったら、ふんわりと抱き留められた。
「詩乃……悪かった」
「おにい……ちゃん?」
「詩乃の言う通りだ。俺は詩乃が異性として好きだった」
「……そっか」
「詩乃が俺のことを好いているのも、なんとなく気づいてた。でも、俺は自分の気持ちよりも、詩乃の気持ちよりも、世間体を選んだ。この気持ちは墓場まで持っていこうって、自分と約束して、誰にもバレないようにひっそりこっそり持っていようって、決めてた」
「うん」
「そしたら朋美が現れた。そして全部見抜かれた。敵わないと思ったよ。この子には一生敵わない──だから結婚を決めた。この子しかいないと思った」
「うん、分かるよ」
「不甲斐ない義兄でごめんな。ずっと好きでいてくれてありがとう。家は出るけど、詩乃とはずっと兄妹だから。そのことは誰がなにを言おうと変わらないから」
「……うん」
「卒業おめでとう」
「ありがとう。お兄ちゃんも、結婚おめでとう」
「……ありがとう」
そっと義兄の胸を押して、彼から離れた。少し前の私なら、自分から離れたりなんてしないはずだけど、義兄の気持ちを聞いた私はそれで満足だ。
彼の隣で朋美さんが泣いていた。あぁ、私ってばいけない子。それに気づいた義兄は朋美さんの背中をトントンと優しく叩く。
うん。これでよかったんだ。
「すみません。せっかく盛り上がってたのに、お邪魔してしまいました。私は退散しますのでビンゴゲームの続き、どうぞ」
呆気に取られている司会者の人にマイクを返す。「あぁ、はい」とマイクを受け取った司会者だったが、「よかったら参加していきなよ」とカードを二枚くれた。
「そこの男の子も一緒に」
腕を組んで私たちを見守っていた岩倉くんは、突然呼ばれて驚きながらも「えー、いいんすか?」と言って私の隣に来た。
「よかったな。ぶちまけられて」
ビンゴカードを受け取った岩倉くんに私は言う。
「無事、好きな人から卒業したけど、私たち、付き合う?」
「!」
真ん中に親指を突っ込んだまま、岩倉くんは固まってしまった。司会の人が「再開しまーす」と声を張り上げる。
「それは……俺に惚れたってこと?」
「そうだね。岩倉くんに惚れたね」
13でーす! の声にひとつ穴を開ける。チラリと岩倉くんを見ると、顔を真っ赤にして唇を震わせていた。
「卒業式、最高……!」
両手を上にあげてガッツポーズまでし始めた。
あ、こら。ビンゴゲーム中に両手を上げるな。