『明日なんて来なければいい』

 ずっと前、まだ小学校に上がったばかりの頃だっただろうか。家に晶子おばさんと一緒に遊びに来ていた裕が、唐突にぽつりと呟いた。
 世間話をしにきただけだったし、もう夕方に差し掛かっていたから、晶子おばさんが帰る支度をしているのを見て思わず言ってしまった、そんな拗ねた顔をしていたのを思い出す。
『どうして?』
『だって、毎日どれだけ早起きしても、おとうさんとおかあさんは帰ってこない。おばちゃんが毎日おいしいごはん作ってくれるし、ここに来れば美織と遊べるけど、それは別の話じゃん。だったら、明日なんて来ないほうがいいよ』
 裕の両親は、小学校に入学する二年ほど前に交通事故で亡くなった。後ろから煽ってきた暴走車のせいでハンドルを誤った車を避けきれず、トンネルの入り口に衝突した、完全に巻き込まれた不運な事故だった。
 きっと当時の彼は、眠って起きたらまた誰かいなくなっているんじゃないかと、毎日不安を抱えていたはずだ。
 そこまで考えられなかった私は、彼になんて答えたんだっけ?