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「おっと……」
 突然寝てしまった美織に驚いた裕は、倒れないようにとしっかりと抱き留めた。
 身体を揺らしても起きる様子がない。卒業式もあって、朝から一日忙しかったのだ。これは朝まで目を覚ますことはないだろう。
 裕は小さく溜息をついてから、美織を背負った。リュックは手に持って公園を出ると、もと来た道を思い出しながら歩く。三月とはいえ、まだ肌寒い夜なのだ。こんなところで寝入ってしまったら風邪をひく。
(美織の奴、きっと怒るだろうなぁ)
 密かに計画していたことをすべて見破ってしまった彼女には頭が上がらない。それでも自分の記憶にはタイムリミットがある。この瞬間にも、大切なものを忘れてしまうだろう。
 それでも、今だけは。
 空けたばかりのピアスホールの痛みと、彼女の温もりだけでも忘れないように。
「本当に好きだった。また会おうな、美織」
 裕が小さく呟いた言葉は、誰の耳にも届いてはいない。それでもいいと思った。
 しんと静まった夜道を、街路灯の灯りを頼りに歩いていった。