「今更なんだけどさ……本当に私でいいの?」
いつもの公園は相変わらず人がいなくて、街路灯だけが揺れていた。先程よりも風が吹いていない分、寒さは多少和らいでいる。
二人そろってベンチに座り、ピアスホールを空ける準備が整うと、正面に構えた裕も緊張している様子で深呼吸を繰り返していた。
「いいって。やるなら一思いに頼むぞ」
「やっぱり怖いんじゃ……」
「うっせ! せーのって言ったら空けろよ」
「そんな急に……わ、わかった!」
「よし……いくぞ、せーの!」
バチン!――と。大きな音が聞こえたくらいの勢いで、裕の左の耳たぶにファーストピアスがついた。一瞬だった。思っていたより出血が少なくて、裕も心なしか安堵の笑みを浮かべている。
「思ったより痛くないな。美織、天才か?」
「まぁ……ね」
自分で空けたことがあるからね、とは口が滑っても言えない。私も上京して空けたけど、そのときは上手く空けられなくてすごく痛かったことを思い出す。
「右はどうする?」
「いいよ。片方だけで十分」
にっと笑うと、つけたばかりのファーストピアスにちょっかいをかけるようにつついて遊ぶ。
「そうだ、美織に預けていたピアス、持ってきてる?」
「あるよ、はい」
鞄から取り出したのは、裕が受ける入試の当日に渡された赤いスタッドピアス。裕はそれを受け取ると夜空に掲げた。街路灯の灯りが当たって、一瞬煌めいたように見えた。
「あと何日でこれを付けられるかな」
「どうだろ……ホールが安定するまで、最低でも二ヵ月は今のままだと思うよ」
「そっかぁ……じゃあまだしばらくお預けだな」
ピアスを見つめる裕の表情は寂しそうで、片方を丁寧に台紙から外していく。
「部活で合宿したときに、ちょうど路面で広げている人がいてさ、どうしてもこのピアスが欲しくて買ったんだ。ランニング中にやったから、川瀬にはバレてあとで怒られたけど」
「……川瀬さんと一緒に買ったんじゃないの?」
「は? なんの話?」
キョトンとした顔で見てくる裕に、思わず口を両手で塞いだ。嫉妬深いと見られてしまっただろうか、裕は吹き出した。
「なんで川瀬? アイツと部活以外で出歩いたことないよ。そもとも、部活三昧だった俺に、男以外で放課後や休日に出掛けた奴は美織以外いないけど」
ククッと笑いをこらえながら、裕はスタッドピアスをひとつ外すと、台紙に残ったほうを私の右耳に当てた。髪を払ったときに触れた頬が熱い。
「うん。思った通り、よく似合う」
「……裕?」
「記憶はなくても、身体は覚えていることってよくあるだろ? だから、この痛みはきっと、今日ことを忘れないようにしてくれる。新しい明日を迎えられるように、美織が傍にいてくれたから」
右耳に当てたピアスをそのまま私の手の中に包むと、裕はまっすぐ私を見た。
「いつか、明日が来ない日を迎えても、俺は最期の一瞬まで生きるよ。また美織に会うために」
いつになく真剣な表情から目が逸らせない。それと同時に、胸の奥で何かざわつくのを感じた。
「それって、どういう……?」
「俺はもう大丈夫。だから――」
未来では、自分のために生きて。
その瞬間、唐突に睡魔が襲い掛かった。頭が、身体が鉛のように重い。はっきりとしていた意識がだんだんと遠のいていく。
ぐらりと揺れて倒れた身体を、誰かがしっかりと抱き留めてくれた。きっと裕だ。
聞きたいことはまだあるのに、どうやっても身体が言うことを聞いてくれない。
離れていかないで。――そう叫びたくても声も出ない。
今はただ眠くて、落ち着く香りに促された私はそのまま身を任せた。