入試直前まで一緒に勉強して、時々息抜きして。本当に大丈夫なのかと思うほど気の抜けた時間が過ぎていった。裕は勉強でも部活でも、追い込めば追い込まれるほど、実力を発揮できないらしい。確かにプレッシャーのかかった言葉を誰かに言われた翌日は、いつも顔が真っ青だった気がする。
 そして入試当日。粉雪の舞う寒い朝だった。
 いつものように家を出ようとすると、裕が家の前で立っていた。冬の寒さで鼻を真っ赤にして小刻みに震えている姿を見て、思わず駆け寄った。
「裕? なんでここに?」
「今日は送ってもらうから。それより、美織に頼みたいことがあるんだ」
 なんだろうと首を傾げると、裕は私の手のひらに赤いスタッドピアスを置いた。シンプルながらもシックなデザインがとてもかっこいい。
「今日受ける入試の合否発表、卒業式当日なんだよ。だから全部終わるまで、それ預かっておいてくれない?」
「いいけど……ピアスホール、空けるの?」
「そう。新しい明日を迎えられるようにって、空けたいんだ」
 そう言って手をぎゅっと握った裕は、清々しく朗らかな表情をしていた。
 両親を亡くした頃、「明日なんて来なければいい」とずっと訴えていた彼が、前を向いてくれているのだと思うと、胸がじんわりと温かく感じる。
 それと同時に、ピアスホールを空けて先生に呼び出されていた川瀬さんの姿が浮かぶ。
 このピアスは一緒に買ったの? なんて聞けなくて。
「わかった、預かっておくね。その代わり、私が空けてもいい?」
「最初からそのつもり。頼んだ」
 こんな貪欲に思っていることに気付いていない裕は、笑って頷いてくれた。