椎名は早速、翌日には一つのホームページを調べてきた。学校で堂々とスマホを使うと没収されるから、放課後の公園のベンチで相談をする。椎名のスマホの画面には、迷子のペットの写真が上から下へずらりと並んでいた。目撃情報を求める飼い主や、ペットを保護した人たちが情報を交換するページだ。こんなにも誰かのペットが行方不明になっているとは想像したこともなかった。
「全国にこんなにいるんだ」
「驚きだよね」
僕らの住む県で彼女が検索をかけると、百三十件もヒットした。更に市内、町内へと範囲を狭めていく。僕らは一件の捜索願に目星をつけた。
「へえ、フェレット飼ってる人がいるんだ」
椎名は実物を見たことがないと言い、それは僕も同じだった。五日前に、この公園を含む町内の家から、白いフェレットがいなくなったらしい。写真には、ペット用のハンモックから興味津々の顔でカメラを見つめる可愛らしいフェレットが写っている。さぞ飼い主は心配していることだろう。
「よし、この子を探そう」
椎名が器用にパチンと指を鳴らした。あまりに不純な動機により、僕らはフェレットを探すことにした。
「でも、どうやって」
「うーん。飼い主に聞きに行くわけにはいかないかな」
「それは、ちょっと難しいんじゃない」
思案したけど、目撃したわけでもないのに、悲しんでいる飼い主にペットについて突然尋ねるのは良心がとがめる。捜索に至る全うな理由があればいいのだが、謝礼目当てだなんて口が裂けても言えない。あそこで見かけて、なんて嘘を吐くのも気が引ける。
「……よし」
僕と違い、椎名は何かを思いついたらしい。勢いよく立ち上がると、僕を置いてすたすたと歩き出した。
慌ててついて行くと、彼女はブランコの周りに群がっている子どもたちに声を掛けた。
「おーい、ちょっとちょっと!」
既に顔見知りになっている小学三、四年生ぐらいの彼らは、彼女の呼びかけにわらわらと集まってくる。あっという間に七、八人の人だかりができた。
「みんなさ、暇だったら探偵ごっこしない?」
探偵ごっこ? 子どもたちの半分が目を輝かせ、半分が不思議そうに首をひねる。まさかと思ったが、そのまさかだった。
「このフェレットに見覚えのある子、いる?」
なんてこった。謝礼目当てに、子どもたちを使って人海戦術を行おうとしている。けれど、他に案のない僕は、呆気に取られてそれを見ているしかない。
子どもたちは椎名のスマホを覗き込み、口々に可愛いを連呼する。迷子になっていることを知り、可哀想と同情する優しい子までいる。
「おれ、隊長やりたい!」
右手を上げた子を、椎名はびしりと指さし宣言した。
「よし、まさくんを隊長に任命しよう!」
「ほうしゅうは?」
「うまい棒のコンポタ味! このフェレットちゃんはきっと近くにいるから、みんな、遠くに行ったら駄目だよ」
子どもたちはわいわい騒ぎながら、楽しそうに作戦を立て始めた。親に聞いてみると言い出す子もいる。
「さて」椎名は突っ立っている僕を振り向く。「なんて顔してんの、津守」
「呆れてるんだよ」
「失敬な。ただの情報収集の手段だよ」
そう言って、彼女は腰に両手を当てて満足げな顔をした。
翌日、更に翌々日、僕らは帰りに公園で子どもたちから話を聞いた。有益な証言はなかなか現れなかったけど、土日を挟んだ週明け、一人の女の子がうまい棒を頬張りながら教えてくれた。迷子のフェレットの飼い主は、彼女の伯母らしい。従兄弟を連れてもうすぐ公園に来るから、会わせてくれるそうだ。
「姪っ子のお友だちなら、そうそう怪しまれないよね」
ふふふと椎名が笑う。そりゃあ赤の他人がいきなり電話をかけるより、姪っ子から話を聞いてと切り出した方が全うに決まっている。どうやらこの場で苦い顔をしているのは僕だけのようだ。
幼児を連れてやって来た三十代中頃の伯母さんは、フェレットの話を持ち掛けるとため息をついた。
「この子の良い友だちだったのに」
視線の先で、男の子は従姉妹たちと砂場に山をこしらえている。
「ケージの掃除をしてる間、部屋に出してたんだけど、窓が開いてたのよね。そこから庭に出て逃げちゃったんだと思うの」
ふむふむと頷く僕らを見て、首を傾げる。その様子を見て、椎名が先手を打つ。
「みいちゃんからフェレットのお話を聞いて、ちょっと気になったんです。フェレットを飼ってるっていう人、周りにもいなくって。……ねえ、みいちゃん」
椎名が声を掛けたが、事前に話を合わせていた当のみいちゃんは、砂場遊びに夢中になっていた。うーんと生返事をしながら、スカートが汚れるのも構わず、プリンの空き容器に砂を詰めている。
「流行ってはいるけど、まだ珍しいわよね」うんうんと伯母さんは頷く。「事故なんかに遭ってなかったらいいんだけど……見かけたら教えてね」
電話番号を教えてくれ、僕らはそれとなく質問を重ねた。フェレットの名前や好きな食べ物等を聞き取り、頭の中にメモを取る。
みいちゃん達と別れてから、僕は自分の記憶と椎名の記憶から照合した話をノートにまとめた。フェレットのシロちゃん。好物はソーセージ。人懐こく、好奇心旺盛。夜行性で、一日のほとんどを寝て過ごしている。
「もうちょっと有力な手がかりが欲しいな」
「しょーがない。あとは足で探すしかないね」
僕のぼやきに、椎名は自分の足をぽんぽんと叩いた。
またしても、子どもたちから有益な情報が上がった。
学区を隔てる川の土手で、友人が白い生き物を見たらしい。最初は蛇かと思ったが、毛むくじゃらの動物には丸い耳がついていて、ぴょこんと跳ねながら草地に消えていったそうだ。
「これはシロちゃんに間違いない!」
興奮する椎名と共に、僕らは川原に向かった。教わった橋の下には草がぼうぼうと生い茂り、蛇がいてもおかしくない様相だった。そこにいるかもしれないフェレットを、僕らは探している。
途中のスーパーで割り勘して買ったソーセージをちぎり、数か所に分散して仕掛ける。食べている現場を目撃できなくとも、数日続ければ、餌を貰える場所としてシロちゃんが認識するかもしれない。僕らは手分けしてソーセージを仕掛け、張り込みを続けた。
「警部、シロちゃんは見つかりましたでしょうか」
仕掛けた餌を見回り、同じように戻って来た椎名に敬礼すると、彼女は顔の前で腕をクロスしてばってんを作った。
「津守、これは長いヤマになるぞ」
「餌はなくなっていましたが、向こうでカラスがソーセージを食べていました」
「不届き者め……ソーセージは高いのに」
仕掛けた餌は、翌日にはいつもなくなっていた。シロちゃんならいいのだが、恐らく横取りの犯人は猫やカラスだろう。それでも僕らは熱心に白いフェレットの姿を探した。
「全国にこんなにいるんだ」
「驚きだよね」
僕らの住む県で彼女が検索をかけると、百三十件もヒットした。更に市内、町内へと範囲を狭めていく。僕らは一件の捜索願に目星をつけた。
「へえ、フェレット飼ってる人がいるんだ」
椎名は実物を見たことがないと言い、それは僕も同じだった。五日前に、この公園を含む町内の家から、白いフェレットがいなくなったらしい。写真には、ペット用のハンモックから興味津々の顔でカメラを見つめる可愛らしいフェレットが写っている。さぞ飼い主は心配していることだろう。
「よし、この子を探そう」
椎名が器用にパチンと指を鳴らした。あまりに不純な動機により、僕らはフェレットを探すことにした。
「でも、どうやって」
「うーん。飼い主に聞きに行くわけにはいかないかな」
「それは、ちょっと難しいんじゃない」
思案したけど、目撃したわけでもないのに、悲しんでいる飼い主にペットについて突然尋ねるのは良心がとがめる。捜索に至る全うな理由があればいいのだが、謝礼目当てだなんて口が裂けても言えない。あそこで見かけて、なんて嘘を吐くのも気が引ける。
「……よし」
僕と違い、椎名は何かを思いついたらしい。勢いよく立ち上がると、僕を置いてすたすたと歩き出した。
慌ててついて行くと、彼女はブランコの周りに群がっている子どもたちに声を掛けた。
「おーい、ちょっとちょっと!」
既に顔見知りになっている小学三、四年生ぐらいの彼らは、彼女の呼びかけにわらわらと集まってくる。あっという間に七、八人の人だかりができた。
「みんなさ、暇だったら探偵ごっこしない?」
探偵ごっこ? 子どもたちの半分が目を輝かせ、半分が不思議そうに首をひねる。まさかと思ったが、そのまさかだった。
「このフェレットに見覚えのある子、いる?」
なんてこった。謝礼目当てに、子どもたちを使って人海戦術を行おうとしている。けれど、他に案のない僕は、呆気に取られてそれを見ているしかない。
子どもたちは椎名のスマホを覗き込み、口々に可愛いを連呼する。迷子になっていることを知り、可哀想と同情する優しい子までいる。
「おれ、隊長やりたい!」
右手を上げた子を、椎名はびしりと指さし宣言した。
「よし、まさくんを隊長に任命しよう!」
「ほうしゅうは?」
「うまい棒のコンポタ味! このフェレットちゃんはきっと近くにいるから、みんな、遠くに行ったら駄目だよ」
子どもたちはわいわい騒ぎながら、楽しそうに作戦を立て始めた。親に聞いてみると言い出す子もいる。
「さて」椎名は突っ立っている僕を振り向く。「なんて顔してんの、津守」
「呆れてるんだよ」
「失敬な。ただの情報収集の手段だよ」
そう言って、彼女は腰に両手を当てて満足げな顔をした。
翌日、更に翌々日、僕らは帰りに公園で子どもたちから話を聞いた。有益な証言はなかなか現れなかったけど、土日を挟んだ週明け、一人の女の子がうまい棒を頬張りながら教えてくれた。迷子のフェレットの飼い主は、彼女の伯母らしい。従兄弟を連れてもうすぐ公園に来るから、会わせてくれるそうだ。
「姪っ子のお友だちなら、そうそう怪しまれないよね」
ふふふと椎名が笑う。そりゃあ赤の他人がいきなり電話をかけるより、姪っ子から話を聞いてと切り出した方が全うに決まっている。どうやらこの場で苦い顔をしているのは僕だけのようだ。
幼児を連れてやって来た三十代中頃の伯母さんは、フェレットの話を持ち掛けるとため息をついた。
「この子の良い友だちだったのに」
視線の先で、男の子は従姉妹たちと砂場に山をこしらえている。
「ケージの掃除をしてる間、部屋に出してたんだけど、窓が開いてたのよね。そこから庭に出て逃げちゃったんだと思うの」
ふむふむと頷く僕らを見て、首を傾げる。その様子を見て、椎名が先手を打つ。
「みいちゃんからフェレットのお話を聞いて、ちょっと気になったんです。フェレットを飼ってるっていう人、周りにもいなくって。……ねえ、みいちゃん」
椎名が声を掛けたが、事前に話を合わせていた当のみいちゃんは、砂場遊びに夢中になっていた。うーんと生返事をしながら、スカートが汚れるのも構わず、プリンの空き容器に砂を詰めている。
「流行ってはいるけど、まだ珍しいわよね」うんうんと伯母さんは頷く。「事故なんかに遭ってなかったらいいんだけど……見かけたら教えてね」
電話番号を教えてくれ、僕らはそれとなく質問を重ねた。フェレットの名前や好きな食べ物等を聞き取り、頭の中にメモを取る。
みいちゃん達と別れてから、僕は自分の記憶と椎名の記憶から照合した話をノートにまとめた。フェレットのシロちゃん。好物はソーセージ。人懐こく、好奇心旺盛。夜行性で、一日のほとんどを寝て過ごしている。
「もうちょっと有力な手がかりが欲しいな」
「しょーがない。あとは足で探すしかないね」
僕のぼやきに、椎名は自分の足をぽんぽんと叩いた。
またしても、子どもたちから有益な情報が上がった。
学区を隔てる川の土手で、友人が白い生き物を見たらしい。最初は蛇かと思ったが、毛むくじゃらの動物には丸い耳がついていて、ぴょこんと跳ねながら草地に消えていったそうだ。
「これはシロちゃんに間違いない!」
興奮する椎名と共に、僕らは川原に向かった。教わった橋の下には草がぼうぼうと生い茂り、蛇がいてもおかしくない様相だった。そこにいるかもしれないフェレットを、僕らは探している。
途中のスーパーで割り勘して買ったソーセージをちぎり、数か所に分散して仕掛ける。食べている現場を目撃できなくとも、数日続ければ、餌を貰える場所としてシロちゃんが認識するかもしれない。僕らは手分けしてソーセージを仕掛け、張り込みを続けた。
「警部、シロちゃんは見つかりましたでしょうか」
仕掛けた餌を見回り、同じように戻って来た椎名に敬礼すると、彼女は顔の前で腕をクロスしてばってんを作った。
「津守、これは長いヤマになるぞ」
「餌はなくなっていましたが、向こうでカラスがソーセージを食べていました」
「不届き者め……ソーセージは高いのに」
仕掛けた餌は、翌日にはいつもなくなっていた。シロちゃんならいいのだが、恐らく横取りの犯人は猫やカラスだろう。それでも僕らは熱心に白いフェレットの姿を探した。