《page1》
〇とある街の酒場、飲んだくれるバーム
バーム「はあ……」
聖剣を手に入れられなかった日からバームは酒に溺れるような毎日を過ごしていた。
カランカランと酒場に誰か入る音が聞こえる。
店主「バーム旦那、奥さんがお見えだぜ」
フィナンシェ「違います」
店主の言葉をあしらってフィナンシェはバームの前に立つ。
《page2》
フィナンシェ「なに、してるの?」
フィナンシェは軽蔑の混じった表情でバームを見下ろす。
バーム「なんだよ、もうほっといてくれよ」
バームは自分の腕に顔をうずめる。
フィナンシェ「情けない、たかが聖剣が手に入らなかったからってそこまでうなだれることないでしょ?」
バーム「僕、分かったんだよ」
バームは腕から顔を少し出す。
フィナンシェ「何よ?」
バーム「僕は勇者じゃなかった」
フィナンシェ「知ってる」
《page3》
バーム「僕はただ、勇者に憧れただけだ。勇者という外枠に焦がれたたけの中身のない紛い物なんだ」
フィナンシェ「……」
バーム「本当の勇者は中身が伴って、気が付けば勇者になっているもんだ」
バームはコップに残った酒を飲み干す。
バーム「僕みたいな表面なところしか見えていない人間はなれるはずがないんだ」
そして新たに注がれた酒を口に移そうとしたところでフィナンシェがそのコップを取り上げる。
フィナンシェ「で、話しはそれだけ? 1ページ無駄にしたわ」
《page4》
フィナンシェ「じゃあ今まで誰よりも強く鍛錬してきたことは無駄だって? 人を助けてきたのが無駄だったって?」
バーム「それは……」
フィナンシェは強く机を叩く。
フィナンシェ「そんなわけない! 私が言わせてもらうけど、勇者なんて大したことない! モンドセレクション受賞くらいわりとどうでもいい証よ」
バーム「それは初耳なんだけど……」
フィナンシェ「それよりも結果よ、たとえ打算的でも、目的の近道でも、それで頑張って強くなったことは事実であり、成果でしょ?」
バーム「……フィナンシェ」
バームの目からたくさんの涙が溢れる。
《page5》
フィナンシェ「勇者なんかよりも、越えた先の正義の味方になりなさいよ」
バーム「うん」
バームは席から立つ。
バーム「ごめん、フィナンシェ」
バームは涙を服の袖で拭う。
フィナンシェ「これ、貸しだからね」
フィナンシェはバームの胸に拳を当てる。
《page6》
〇場面転換、翌日、街の出口
バーム「魔王を倒すぞ」
フィナンシェ「ええ」
出口の近くに看板が刺さっている。
看板にはこう書いてある ー 魔王城この先徒歩5分、命知らずの人間をお待ちしておりますby魔王ストロガノフ ー
バーム「近いな」
フィナンシェ「近いね」
バーム「そして軽いな、ノリが」
フィナンシェ「軽いね」
バーム「まあ行くか」
フィナンシェ「ええ」
《page7》
〇場面転換、魔王城前
二人は魔王城にたどり着く。
バーム「ほんとに徒歩5分だったな」
フィナンシェ「そうね」
そして魔王城の前には二足歩行のトカゲのような魔物が待ち構えていた。
トカゲ「待てい」
トカゲの魔物は二人を静止させる。
バーム「なんだ?」
バームは鋭い目つきでトカゲの魔物を睨む。
《page8》
トカゲ「お前たちはどっちだ?」
バーム「どっち?」
バーム(なんだ、何か問いかけでもされるというのか?)
トカゲ「お前たちは、魔王様に挑戦に来たのか、それとも……」
トカゲの魔物は顎を上げてこちらをより見下すように睨みつけて来る。
バーム「そ、それとも……」
バームたちは生唾を飲み込み、身構える。
《page9》
トカゲ「魔王軍採用試験の面接に来たのか?」
バーム「は、はぁ~⁉」
トカゲ「いやはや、近年魔王軍も人手不足、いや魔物手不足か、とにかく人間の手も借りたいのだ」
バーム「そ、そうか、魔物も大変なんだな」
バームは困惑した顔で冷や汗を流す。
トカゲ「で、どっちだ」
バーム「挑戦だ」
トカゲ「わかった。なら、入る前にこの誓約書を書いてもらう」
トカゲの魔物は一枚の紙を渡してきて、バームは紙を奪い取る。
《page10》
バーム「なになに……もし、魔王軍に負けた場合、魔王軍の従業員として一生強制労働になります」
バームは手をプルプルさせ、紙にしわを入れる。
バーム「なんだこれは!」
バームはトカゲの魔物に紙を叩きつける。
トカゲ「文面の通りだ、こっちも暇じゃないんだ。ただ魔王様と会えると思うなよ」
トカゲの魔物は淡々と紙を拾い上げ、バームの胸に押し付ける。
バーム「む、むむむ」
トカゲ「で、どうするんだ?」
《page11》
バーム「僕は行く。フィナンシェ、お前は無理について来る必要はないぞ」
フィナンシェ「何言ってるの、行くに決まってるでしょ」
そう言って、フィナンシェは紙に署名する。
バーム「あ、おい」
フィナンシェ「はい、これ」
フィナンシェはトカゲの魔物に二人の署名が入った紙を渡す。
トカゲ「承りました。それでは魔王軍の世界へ行ってらっしゃーい!」
そう言ってトカゲの魔物は入り口の扉を開ける。
バーム「アトラクションの案内かよっ!」
《page12》
〇場面転換、魔王城内、大広間
二人が大広間に出ると二階の展望席に4つの影が。
?「とうっ!」
すると4つの影は飛び下りてくる。
四天王「我らは、魔王四天王!」
影の正体が分かる。
左から二足歩行のカエル、頭が鶏のムキムキマッチョメン、デカいカタツムリ、あとロブスターのモンスターだった。
カエル「本来一人ずつ相手するところだが」
鶏「我らは迅速にも人員が欲しい」
カタツムリ「だから4対1、卑怯と笑うまい」
ロブスター「なぜなら、誓約書の裏には」
バームは誓約書の写しの裏を見る。
《page13》
四天王「しっかりと四天王全員と戦うことが書かれているからだ、はっはっは!」
フィナンシェ「狡っすいな」
フィナンシェはごみを見るような目で四天王たちを見る。
カエル「フハハ! 人間には魔物労働基準法はない!」
フィナンシェ(魔物にもそういうのあるんだ)
鶏「故に、いくらでもこき使える素晴らしき人的、いや魔的資源」
カタツムリ「労働時間、朝の6時からの夜12時の16時間労働休憩なし」
ロブスター「人間を殺す時代は終わった!」
《page14》
四天王「是非、わが社に入社どうぞぉ!」
そう言って四天王たちは前にいたバームに襲いかかる。
バームは冷静に剣を抜いて、ニヤリと笑う。。
バーム「魔物のお前たちにいいことを一つ教えてやる。それは、人間の法律には魔物の殺生に関する記述はない」
カエル「それがどうした!」
真っ先にバームにたどり着いたのはカエルだ。
バームは剣を水平に構える。
バーム「先代勇者の力、借ります」
剣が光輝く始める。
《page15》
バーム「初代勇者の技、スターロード!」
バームの剣から星のエフェクトを出しながら、迫り来るカエルモンスターを一刀両断する。
カエル「ぐへぇ!」
四天王残り「な、何!?」
他の四天王たちは思わず後退りする。
フィナンシェ(バームは歴代99人の勇者の必殺技を全て使える。昔から勇者を研究し尽くしてきた生粋の勇者オタクの力。雑兵に敵うわけがない)
鶏「怯むな! やつは四天王の中で最強……あれ? やばくね? まあいい死ねい!」
なりふり構わなくなった鶏マッチョがバームに殴りかかる。
《page16》
バームは飛び上がり、鶏マッチョの真上に位置取る。
バーム「28代勇者の技、無限多角斬」
すると、同時に無数の斬撃が鶏マッチョを襲い、一瞬で細切れにしてしまう。
すっとバームが着地したとき、バームの周囲には紫色の煙で満たされている。
カタツムリ「けけ、毒で苦しめい!」
バーム「……56代勇者の魔法、パーフェクトヒール。毒は治癒した」
バームの体が一瞬緑色に光り、ついでにまわりの毒は消え失せる。
《page17》
カタツムリ「な⁉ あれほどの魔法を詠唱なしで⁉」
動揺するカタツムリモンスターにゆっくりと接近するバーム
カタツムリ「だ、だが、この私に物理攻撃は効かんぞ!」
バーム「なら、63代勇者の魔法、雷電」
バームがそう言って、指を鳴らすと、カタツムリモンスターに強力な雷が落ち、カタツムリもろとも辺りは焼け焦げている。
バーム「残るは一匹」
バームは冷たい目でロブスターモンスターの方を見る。
《page18》
ロブスター「こ、こっちに来るな!」
ロブスターモンスターはハサミから圧縮された水の弾を次々飛ばしてくる。
バーム「69代勇者の技、衛星オートリフレクター」
バームの周囲に結晶版のような物体が浮遊し、水の弾を防御している。
そして、手元に転送してきた弓を持ち、一本の燃え盛る矢を構える。
バーム「85代勇者の技、爆炎カグヤ」
放った矢はロブスターに直撃し、巨大な火柱を上げる。
《page19》
バーム「終わった。魔王に会おうか」
バームはケロッとした様子で最奥の扉に手を掛ける。
フィナンシェ「ええ」
フィナンシェ(問題はここから)
魔王の部屋の扉を開ける。
〇場面転換、魔王の部屋
部屋の中は真っ暗だったが、突然スポットライトが照らされ、その中に牛の頭を持つモンスターミノタウロスがスーツを身にまとって立っていた。
《page20》
ストロガノフ「ブラボー、まさにブラボー。私の部下たちをこうもあっさり倒すとは、さすがは勇者、と言ったところか」
ストロガノフは大きな拍手で二人を迎える。
バーム「残念だが、僕は勇者じゃない。正義の味方だ」
ストロガノフ「ほう、なんとも奇怪な。では、そんなあなたたちの全力見せてもらいたい」
バームたちは身構える。
ストロガノフ「と、言いたいところですが、誰であろうと客人はしっかりもてなすのが私の流儀」
ストロガノフは指を鳴らす。すると、照明がつき部屋が内装が分かる。
豪華な様相で、中央に大きなテーブル。テーブルの上にはこれまた豪勢な料理が揃えられてある。
《page21》
バーム「敵の飯を食えというのか?」
ストロガノフ「毒は入っていません。腹が減っては何とやら、客人には満足していただいてから全力を出していただきたいのです」
バーム「先に四天王けしかけてきた奴が何を言う?」
バームはストロガノフを睨む。
ストロガノフはゆっくりと頭を下げる。
ストロガノフ「それは失礼いたしました。しかし、あの程度で音を上げる輩は客人とは言えませんので、これは私なりのリスペクトというやつです」
ストロガノフは手のひらで料理を指す。
フィナンシェ「今、調べたけど本当に毒は入っていないわ」
フィナンシェは魔法で一通り料理を調べ上げたようだ。
ストロガノフ「さあ、せっかくの料理が冷めてしまいます」
そう言って、ストロガノフは先に席に着く。
《page22》
バーム「……わかった。食べる、食べればいいんだろう?」
そう言って、バームは席に座る。
ストロガノフ「ええ、ええ、共に食事を楽しみましょう」
バームたちは食事を始める。
バーム「く、くそ、旨い、どれ食べても旨すぎる」
バームは悔しそうな顔で次々と料理を口に運ぶ。
フィナンシェ「ええ、本当に美味しい」
フィナンシェから笑顔がこぼれる。
ストロガノフ「良き、食べっぷりです」
ストロガノフは嬉しそうだ。
《page23》
バーム「食通かよ、魔物癖に」
ストロガノフ「ええ、食事は生物の本懐です。ですので腕のある料理人をたくさん抱えています」
バーム「人間もいるんだろ?」
バームは鋭い目つきでストロガノフにホークを向ける。
ストロガノフ「ええ、ですが、彼らにはそこらの魔物以上の好待遇をしています」
バーム「随分と寛大じゃないか」
ストロガノフ「私は有能なものを買っているだけです」
バーム「それ以外は?」
ストロガノフ「カスです」
ストロガノフは即答する。
《page24》
バーム「世界を征服した暁には何をする気だ?」
ストロガノフ「ふむ、手が足りないのは事実、皆殺しはない。よって、有能な者は引き抜き、それ以外は使い捨ての労働力といったところですかね。カスに食わすほどこの世界の食料は潤沢ではないので」
ストロガノフは意気揚々と語る。
バーム「そうか……ご馳走様」
バームは立ち上がり、フィナンシェは急いでスイーツを口にかきこみモグモグさせながら、立つ。
バーム「さあ、殺るか」
バームはストロガノフに笑みを向ける。
ストロガノフ「ええ、勝ってわが軍門に加えます」
ストロガノフは上品に席を立つ。
フィナンシェ「もぐも、もぐもぐ」
《25》
ストロガノフは手袋を脱ぎ捨てる。
ストロガノフ「私はもっぱらステゴロ派でね、君の得物は何かな? 剣、槍、弓、それとも魔法かな?」
バームは無言で鞘に収まった剣を床に置いて、拳を構える。
ストロガノフ「フェアですか、これも一興」
少し笑みを見せたストロガノフは一瞬でバームと距離を詰め、殴り飛ばす。
フィナンシェ(速い! 身構える隙も与えない)
フィナンシェは杖をもってただそこに立ち尽くすのみだった。
吹き飛ばされた先、めり込んだ壁からバームは瓦礫をどけて出てくる。
そして、ほこりを払ったのちストロガノフを見て、笑みを浮かべる。
《page26》
すると、ストロガノフは大きく両手を広げて、来いと言わんばかりだ。
バーム「お構いなく」
バームはストレートにストロガノフの腹にめり込むほどのパンチを入れる。
ストロガノフは口を血を吐きながら、笑いバームを抱きしめる。
メキメキとバームの体から音が鳴り、そのまま床に叩きつけられる。
舞った砂埃が落ちるより先にバームは飛び上がる。
そしてストロガノフの首の後ろに回りこんで両脚で首を挟み、角を掴んで首を折りにいく。
《page27》
ストロガノフ「ふ、ふふ、ふふふふ!」
ストロガノフは笑いながらバームを掴みに行く。
しかし、その前にバームはストロガノフの頭上に逃げ、そのまま連続キックをお見舞いする。
ストロガノフ「美しい! 合理的な戦闘、これほど楽しいことはないぞ!」
ストロガノフは空中のバームに向け連続パンチを繰り出す。
それをバームは体の回転でいなしながら地面に着地、迫るストロガノフにバク転をしながら顎を蹴り上げる。
バームはバランスを崩したストロガノフの胸に乗ってジャンプする。
《page28》
バーム「勇者合技」
バームは空中で右拳を構える。それと同時にバームの周囲に炎、水、雷、岩、風、光、闇の玉が発生する。
七つの玉はバームの右拳に集まり、凄まじい光を放つ。
バーム「七光拳!」
バームの拳はストロガノフの胸に直撃し、周囲を吹き飛ばす。
フィナンシェ「もう、レベル違いすぎ」
フィナンシェはただその場に踏ん張って、細目で結末を見届ける。
《page29》
ストロガノフ「嗚呼、悲しきかな、悲しきかな」
フィナンシェ「⁉」
写った光景とは、胸が大きく抉れ、そこから紫の玉を露出させるストロガノフに首を掴まれたバームの姿だった。
ストロガノフ「あなたが真に勇者であれば私を殺せたものを……実に悲しき幕切れだ。つくづく、くだらないシステムだな。魔王と勇者とは」
ストロガノフはつまらなそうな顔でバームをさらに持ち上げた、その時。
ストロガノフ「うぐっ⁉」
ストロガノフはバームを放し、膝をついて腹を押さえる。
《page30》
フィナンシェ「効いた?」
フィナンシェはバームの元に駆けつけて治療しながらストロガノフを見る。
しかし、ストロガノフは別の意味で苦しんでいる。
ストロガノフ「は、腹が、腹から浄化される。ま、まさか⁉」
ストロガノフは扉の方を指差す。
ストロガノフ「この料理を作ったやつを出せ!」
《page31》
すると、魔王の部下が炊十を連れて来る。
炊十「どうも、私が作りました」
炊十はケロッとした表情で何が起こっているか分かっていない様子だ。
ストロガノフ「ゆ、ゆるせん、何よりも、素晴らしき食事に毒を混ぜたその行為がな! 死で贖え!」
これまで紳士的な印象を抱かせるストロガノフとは打って変わって、激怒した様子で炊十に襲い掛かる。
炊十「ちょ、一旦落ち着けって!」
そう言って、炊十は聖剣の包丁を及び腰ながら差し出す。
聖剣がストロガノフに掠る。
《page32》
ストロガノフ「グワァァァァ!」
すると、ストロガノフは光となって消える。
〇場面転換、1時間後、街に戻って来た三人。
住民たち「わっしょいわっしょい! 魔王が死んだ! 100代目の勇者が暗殺したぞ!」
炊十、バーム、フィナンシェの三人は魔王城徒歩5分の街の人たちから胴上げをされていた。
炊十「なあ、俺ってば、一体何が起こったのか分かってないんやが?」
炊十は首を傾げる。
バーム「せやな、僕もわからん」
バームは憑き物が取れたような顔で笑った。
〇とある街の酒場、飲んだくれるバーム
バーム「はあ……」
聖剣を手に入れられなかった日からバームは酒に溺れるような毎日を過ごしていた。
カランカランと酒場に誰か入る音が聞こえる。
店主「バーム旦那、奥さんがお見えだぜ」
フィナンシェ「違います」
店主の言葉をあしらってフィナンシェはバームの前に立つ。
《page2》
フィナンシェ「なに、してるの?」
フィナンシェは軽蔑の混じった表情でバームを見下ろす。
バーム「なんだよ、もうほっといてくれよ」
バームは自分の腕に顔をうずめる。
フィナンシェ「情けない、たかが聖剣が手に入らなかったからってそこまでうなだれることないでしょ?」
バーム「僕、分かったんだよ」
バームは腕から顔を少し出す。
フィナンシェ「何よ?」
バーム「僕は勇者じゃなかった」
フィナンシェ「知ってる」
《page3》
バーム「僕はただ、勇者に憧れただけだ。勇者という外枠に焦がれたたけの中身のない紛い物なんだ」
フィナンシェ「……」
バーム「本当の勇者は中身が伴って、気が付けば勇者になっているもんだ」
バームはコップに残った酒を飲み干す。
バーム「僕みたいな表面なところしか見えていない人間はなれるはずがないんだ」
そして新たに注がれた酒を口に移そうとしたところでフィナンシェがそのコップを取り上げる。
フィナンシェ「で、話しはそれだけ? 1ページ無駄にしたわ」
《page4》
フィナンシェ「じゃあ今まで誰よりも強く鍛錬してきたことは無駄だって? 人を助けてきたのが無駄だったって?」
バーム「それは……」
フィナンシェは強く机を叩く。
フィナンシェ「そんなわけない! 私が言わせてもらうけど、勇者なんて大したことない! モンドセレクション受賞くらいわりとどうでもいい証よ」
バーム「それは初耳なんだけど……」
フィナンシェ「それよりも結果よ、たとえ打算的でも、目的の近道でも、それで頑張って強くなったことは事実であり、成果でしょ?」
バーム「……フィナンシェ」
バームの目からたくさんの涙が溢れる。
《page5》
フィナンシェ「勇者なんかよりも、越えた先の正義の味方になりなさいよ」
バーム「うん」
バームは席から立つ。
バーム「ごめん、フィナンシェ」
バームは涙を服の袖で拭う。
フィナンシェ「これ、貸しだからね」
フィナンシェはバームの胸に拳を当てる。
《page6》
〇場面転換、翌日、街の出口
バーム「魔王を倒すぞ」
フィナンシェ「ええ」
出口の近くに看板が刺さっている。
看板にはこう書いてある ー 魔王城この先徒歩5分、命知らずの人間をお待ちしておりますby魔王ストロガノフ ー
バーム「近いな」
フィナンシェ「近いね」
バーム「そして軽いな、ノリが」
フィナンシェ「軽いね」
バーム「まあ行くか」
フィナンシェ「ええ」
《page7》
〇場面転換、魔王城前
二人は魔王城にたどり着く。
バーム「ほんとに徒歩5分だったな」
フィナンシェ「そうね」
そして魔王城の前には二足歩行のトカゲのような魔物が待ち構えていた。
トカゲ「待てい」
トカゲの魔物は二人を静止させる。
バーム「なんだ?」
バームは鋭い目つきでトカゲの魔物を睨む。
《page8》
トカゲ「お前たちはどっちだ?」
バーム「どっち?」
バーム(なんだ、何か問いかけでもされるというのか?)
トカゲ「お前たちは、魔王様に挑戦に来たのか、それとも……」
トカゲの魔物は顎を上げてこちらをより見下すように睨みつけて来る。
バーム「そ、それとも……」
バームたちは生唾を飲み込み、身構える。
《page9》
トカゲ「魔王軍採用試験の面接に来たのか?」
バーム「は、はぁ~⁉」
トカゲ「いやはや、近年魔王軍も人手不足、いや魔物手不足か、とにかく人間の手も借りたいのだ」
バーム「そ、そうか、魔物も大変なんだな」
バームは困惑した顔で冷や汗を流す。
トカゲ「で、どっちだ」
バーム「挑戦だ」
トカゲ「わかった。なら、入る前にこの誓約書を書いてもらう」
トカゲの魔物は一枚の紙を渡してきて、バームは紙を奪い取る。
《page10》
バーム「なになに……もし、魔王軍に負けた場合、魔王軍の従業員として一生強制労働になります」
バームは手をプルプルさせ、紙にしわを入れる。
バーム「なんだこれは!」
バームはトカゲの魔物に紙を叩きつける。
トカゲ「文面の通りだ、こっちも暇じゃないんだ。ただ魔王様と会えると思うなよ」
トカゲの魔物は淡々と紙を拾い上げ、バームの胸に押し付ける。
バーム「む、むむむ」
トカゲ「で、どうするんだ?」
《page11》
バーム「僕は行く。フィナンシェ、お前は無理について来る必要はないぞ」
フィナンシェ「何言ってるの、行くに決まってるでしょ」
そう言って、フィナンシェは紙に署名する。
バーム「あ、おい」
フィナンシェ「はい、これ」
フィナンシェはトカゲの魔物に二人の署名が入った紙を渡す。
トカゲ「承りました。それでは魔王軍の世界へ行ってらっしゃーい!」
そう言ってトカゲの魔物は入り口の扉を開ける。
バーム「アトラクションの案内かよっ!」
《page12》
〇場面転換、魔王城内、大広間
二人が大広間に出ると二階の展望席に4つの影が。
?「とうっ!」
すると4つの影は飛び下りてくる。
四天王「我らは、魔王四天王!」
影の正体が分かる。
左から二足歩行のカエル、頭が鶏のムキムキマッチョメン、デカいカタツムリ、あとロブスターのモンスターだった。
カエル「本来一人ずつ相手するところだが」
鶏「我らは迅速にも人員が欲しい」
カタツムリ「だから4対1、卑怯と笑うまい」
ロブスター「なぜなら、誓約書の裏には」
バームは誓約書の写しの裏を見る。
《page13》
四天王「しっかりと四天王全員と戦うことが書かれているからだ、はっはっは!」
フィナンシェ「狡っすいな」
フィナンシェはごみを見るような目で四天王たちを見る。
カエル「フハハ! 人間には魔物労働基準法はない!」
フィナンシェ(魔物にもそういうのあるんだ)
鶏「故に、いくらでもこき使える素晴らしき人的、いや魔的資源」
カタツムリ「労働時間、朝の6時からの夜12時の16時間労働休憩なし」
ロブスター「人間を殺す時代は終わった!」
《page14》
四天王「是非、わが社に入社どうぞぉ!」
そう言って四天王たちは前にいたバームに襲いかかる。
バームは冷静に剣を抜いて、ニヤリと笑う。。
バーム「魔物のお前たちにいいことを一つ教えてやる。それは、人間の法律には魔物の殺生に関する記述はない」
カエル「それがどうした!」
真っ先にバームにたどり着いたのはカエルだ。
バームは剣を水平に構える。
バーム「先代勇者の力、借ります」
剣が光輝く始める。
《page15》
バーム「初代勇者の技、スターロード!」
バームの剣から星のエフェクトを出しながら、迫り来るカエルモンスターを一刀両断する。
カエル「ぐへぇ!」
四天王残り「な、何!?」
他の四天王たちは思わず後退りする。
フィナンシェ(バームは歴代99人の勇者の必殺技を全て使える。昔から勇者を研究し尽くしてきた生粋の勇者オタクの力。雑兵に敵うわけがない)
鶏「怯むな! やつは四天王の中で最強……あれ? やばくね? まあいい死ねい!」
なりふり構わなくなった鶏マッチョがバームに殴りかかる。
《page16》
バームは飛び上がり、鶏マッチョの真上に位置取る。
バーム「28代勇者の技、無限多角斬」
すると、同時に無数の斬撃が鶏マッチョを襲い、一瞬で細切れにしてしまう。
すっとバームが着地したとき、バームの周囲には紫色の煙で満たされている。
カタツムリ「けけ、毒で苦しめい!」
バーム「……56代勇者の魔法、パーフェクトヒール。毒は治癒した」
バームの体が一瞬緑色に光り、ついでにまわりの毒は消え失せる。
《page17》
カタツムリ「な⁉ あれほどの魔法を詠唱なしで⁉」
動揺するカタツムリモンスターにゆっくりと接近するバーム
カタツムリ「だ、だが、この私に物理攻撃は効かんぞ!」
バーム「なら、63代勇者の魔法、雷電」
バームがそう言って、指を鳴らすと、カタツムリモンスターに強力な雷が落ち、カタツムリもろとも辺りは焼け焦げている。
バーム「残るは一匹」
バームは冷たい目でロブスターモンスターの方を見る。
《page18》
ロブスター「こ、こっちに来るな!」
ロブスターモンスターはハサミから圧縮された水の弾を次々飛ばしてくる。
バーム「69代勇者の技、衛星オートリフレクター」
バームの周囲に結晶版のような物体が浮遊し、水の弾を防御している。
そして、手元に転送してきた弓を持ち、一本の燃え盛る矢を構える。
バーム「85代勇者の技、爆炎カグヤ」
放った矢はロブスターに直撃し、巨大な火柱を上げる。
《page19》
バーム「終わった。魔王に会おうか」
バームはケロッとした様子で最奥の扉に手を掛ける。
フィナンシェ「ええ」
フィナンシェ(問題はここから)
魔王の部屋の扉を開ける。
〇場面転換、魔王の部屋
部屋の中は真っ暗だったが、突然スポットライトが照らされ、その中に牛の頭を持つモンスターミノタウロスがスーツを身にまとって立っていた。
《page20》
ストロガノフ「ブラボー、まさにブラボー。私の部下たちをこうもあっさり倒すとは、さすがは勇者、と言ったところか」
ストロガノフは大きな拍手で二人を迎える。
バーム「残念だが、僕は勇者じゃない。正義の味方だ」
ストロガノフ「ほう、なんとも奇怪な。では、そんなあなたたちの全力見せてもらいたい」
バームたちは身構える。
ストロガノフ「と、言いたいところですが、誰であろうと客人はしっかりもてなすのが私の流儀」
ストロガノフは指を鳴らす。すると、照明がつき部屋が内装が分かる。
豪華な様相で、中央に大きなテーブル。テーブルの上にはこれまた豪勢な料理が揃えられてある。
《page21》
バーム「敵の飯を食えというのか?」
ストロガノフ「毒は入っていません。腹が減っては何とやら、客人には満足していただいてから全力を出していただきたいのです」
バーム「先に四天王けしかけてきた奴が何を言う?」
バームはストロガノフを睨む。
ストロガノフはゆっくりと頭を下げる。
ストロガノフ「それは失礼いたしました。しかし、あの程度で音を上げる輩は客人とは言えませんので、これは私なりのリスペクトというやつです」
ストロガノフは手のひらで料理を指す。
フィナンシェ「今、調べたけど本当に毒は入っていないわ」
フィナンシェは魔法で一通り料理を調べ上げたようだ。
ストロガノフ「さあ、せっかくの料理が冷めてしまいます」
そう言って、ストロガノフは先に席に着く。
《page22》
バーム「……わかった。食べる、食べればいいんだろう?」
そう言って、バームは席に座る。
ストロガノフ「ええ、ええ、共に食事を楽しみましょう」
バームたちは食事を始める。
バーム「く、くそ、旨い、どれ食べても旨すぎる」
バームは悔しそうな顔で次々と料理を口に運ぶ。
フィナンシェ「ええ、本当に美味しい」
フィナンシェから笑顔がこぼれる。
ストロガノフ「良き、食べっぷりです」
ストロガノフは嬉しそうだ。
《page23》
バーム「食通かよ、魔物癖に」
ストロガノフ「ええ、食事は生物の本懐です。ですので腕のある料理人をたくさん抱えています」
バーム「人間もいるんだろ?」
バームは鋭い目つきでストロガノフにホークを向ける。
ストロガノフ「ええ、ですが、彼らにはそこらの魔物以上の好待遇をしています」
バーム「随分と寛大じゃないか」
ストロガノフ「私は有能なものを買っているだけです」
バーム「それ以外は?」
ストロガノフ「カスです」
ストロガノフは即答する。
《page24》
バーム「世界を征服した暁には何をする気だ?」
ストロガノフ「ふむ、手が足りないのは事実、皆殺しはない。よって、有能な者は引き抜き、それ以外は使い捨ての労働力といったところですかね。カスに食わすほどこの世界の食料は潤沢ではないので」
ストロガノフは意気揚々と語る。
バーム「そうか……ご馳走様」
バームは立ち上がり、フィナンシェは急いでスイーツを口にかきこみモグモグさせながら、立つ。
バーム「さあ、殺るか」
バームはストロガノフに笑みを向ける。
ストロガノフ「ええ、勝ってわが軍門に加えます」
ストロガノフは上品に席を立つ。
フィナンシェ「もぐも、もぐもぐ」
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ストロガノフは手袋を脱ぎ捨てる。
ストロガノフ「私はもっぱらステゴロ派でね、君の得物は何かな? 剣、槍、弓、それとも魔法かな?」
バームは無言で鞘に収まった剣を床に置いて、拳を構える。
ストロガノフ「フェアですか、これも一興」
少し笑みを見せたストロガノフは一瞬でバームと距離を詰め、殴り飛ばす。
フィナンシェ(速い! 身構える隙も与えない)
フィナンシェは杖をもってただそこに立ち尽くすのみだった。
吹き飛ばされた先、めり込んだ壁からバームは瓦礫をどけて出てくる。
そして、ほこりを払ったのちストロガノフを見て、笑みを浮かべる。
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すると、ストロガノフは大きく両手を広げて、来いと言わんばかりだ。
バーム「お構いなく」
バームはストレートにストロガノフの腹にめり込むほどのパンチを入れる。
ストロガノフは口を血を吐きながら、笑いバームを抱きしめる。
メキメキとバームの体から音が鳴り、そのまま床に叩きつけられる。
舞った砂埃が落ちるより先にバームは飛び上がる。
そしてストロガノフの首の後ろに回りこんで両脚で首を挟み、角を掴んで首を折りにいく。
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ストロガノフ「ふ、ふふ、ふふふふ!」
ストロガノフは笑いながらバームを掴みに行く。
しかし、その前にバームはストロガノフの頭上に逃げ、そのまま連続キックをお見舞いする。
ストロガノフ「美しい! 合理的な戦闘、これほど楽しいことはないぞ!」
ストロガノフは空中のバームに向け連続パンチを繰り出す。
それをバームは体の回転でいなしながら地面に着地、迫るストロガノフにバク転をしながら顎を蹴り上げる。
バームはバランスを崩したストロガノフの胸に乗ってジャンプする。
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バーム「勇者合技」
バームは空中で右拳を構える。それと同時にバームの周囲に炎、水、雷、岩、風、光、闇の玉が発生する。
七つの玉はバームの右拳に集まり、凄まじい光を放つ。
バーム「七光拳!」
バームの拳はストロガノフの胸に直撃し、周囲を吹き飛ばす。
フィナンシェ「もう、レベル違いすぎ」
フィナンシェはただその場に踏ん張って、細目で結末を見届ける。
《page29》
ストロガノフ「嗚呼、悲しきかな、悲しきかな」
フィナンシェ「⁉」
写った光景とは、胸が大きく抉れ、そこから紫の玉を露出させるストロガノフに首を掴まれたバームの姿だった。
ストロガノフ「あなたが真に勇者であれば私を殺せたものを……実に悲しき幕切れだ。つくづく、くだらないシステムだな。魔王と勇者とは」
ストロガノフはつまらなそうな顔でバームをさらに持ち上げた、その時。
ストロガノフ「うぐっ⁉」
ストロガノフはバームを放し、膝をついて腹を押さえる。
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フィナンシェ「効いた?」
フィナンシェはバームの元に駆けつけて治療しながらストロガノフを見る。
しかし、ストロガノフは別の意味で苦しんでいる。
ストロガノフ「は、腹が、腹から浄化される。ま、まさか⁉」
ストロガノフは扉の方を指差す。
ストロガノフ「この料理を作ったやつを出せ!」
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すると、魔王の部下が炊十を連れて来る。
炊十「どうも、私が作りました」
炊十はケロッとした表情で何が起こっているか分かっていない様子だ。
ストロガノフ「ゆ、ゆるせん、何よりも、素晴らしき食事に毒を混ぜたその行為がな! 死で贖え!」
これまで紳士的な印象を抱かせるストロガノフとは打って変わって、激怒した様子で炊十に襲い掛かる。
炊十「ちょ、一旦落ち着けって!」
そう言って、炊十は聖剣の包丁を及び腰ながら差し出す。
聖剣がストロガノフに掠る。
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ストロガノフ「グワァァァァ!」
すると、ストロガノフは光となって消える。
〇場面転換、1時間後、街に戻って来た三人。
住民たち「わっしょいわっしょい! 魔王が死んだ! 100代目の勇者が暗殺したぞ!」
炊十、バーム、フィナンシェの三人は魔王城徒歩5分の街の人たちから胴上げをされていた。
炊十「なあ、俺ってば、一体何が起こったのか分かってないんやが?」
炊十は首を傾げる。
バーム「せやな、僕もわからん」
バームは憑き物が取れたような顔で笑った。