そんなある日。
「ついに来たぞ、アイセル」
「はい、ついに来ましたね……!」
「ああ、キングウルフの討伐クエストだ――!」
冒険者ギルドの受付広間に大々的に張り出されたクエスト依頼書を見て、俺とアイセルは頷きあった。
参加資格はBランク以上のパーティ。
キングウルフが単独でBランク、群れになるとAランクに分類される魔獣だからまぁそんなところだろう。
このクラスの魔獣を相手にするのに、低ランクパーティは足手まといにしかならないからな。
「いくつかのパーティは協力して参加するみたいですね」
「今回は大きな群れが複数出没してるからな。普通にやるならある程度、数を揃えたほうがいいだろうな」
すでに旧知のパーティ同士で話し合いを始めている姿がいくつも確認できた。
「じゃ、じゃあわたしたちも早く一緒にクエストを攻略するパーティを探さないといけません!」
それを聞いたアイセルが慌てたようにギルド内を見回す。
「いや俺たちパーティ『アルケイン』は単独でやる」
「ふぇぇっ!? で、でも『アルケイン』はわたしたち2人だけですよ?」
「俺は戦力外だから実質はアイセルのソロだけどな。そう言うわけで頼んだぞ、絶対エース」
「いやあの、ですが……」
「まぁ待てアイセル、考えても見ろ。今の俺たちに腹を割って話せるやつはいるか?」
「えっと、いませんけど……」
「パーティ同士が協力するにはある程度の信頼関係が必要だろ? 互いに命を預けるわけだし」
「は、はい」
「よく見てみろ。今、作戦会議中のパーティは既にそれができている所ばかりだ」
「あ、確かに……他のパーティ同士なのに皆さん最初から仲が良さそうです」
一緒のテーブルでわいわい食事をしながらどの群れを狙うか、いつから動くか、そういった攻略の計画を練っている姿は、まるで一つのパーティであるかのようで。
「逆に今から急造でくっついたところで、プラスになるどころか下手したらマイナスになりかねない。これじゃ勝てるものも勝てなくなる、連携も何もないただの烏合の衆だからな」
「ですが、わたしたちだけではさすがに――」
「アイセルは今いくつになった?」
「えっと、15才ですけど」
「あ、いや年齢じゃなくてレベルな」
「はぅ、すみません……えっと、レベルは29になってます」
アイセルが下を向いて顔を赤くしながら言った。
子猫が縮こまってるみたいで、ちょっと可愛いな。
「そうだ。アイセルはもうどこに出しても恥ずかしくない、レベル29のエルフの魔法戦士だ。知ってるだろ、レベル30を越えれば誰もが認める一人前の冒険者なんだ」
アイセルはもうその寸前まで来ているのだ。
「それはそうかもなんですけど。短期間でどんどんレベルが上がったせいで、実感が全然ないと言いますか……」
「大丈夫。アイセルに実感がなくても、後ろで見ている俺はこれ以上なく成長を感じてるから」
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと。だから十分にやれるよ。いつも通り、なるべく1対1を作って囲まれないようにすれば、Aランク相当のキングウルフの群れが相手だろうが、まず負けはしないさ」
「ですが複数を相手にするとなると、万が一ケースケ様のほうに逃げられては……」
「ああ、それなら安心してくれ、この日のために奥の手を用意しておいた。抜かりはない」
自信満々で言った俺に、
「奥の手? 何ですか?」
アイセルがキョトンとした顔で首をかしげた。
「うーん、ちょっと言いづらいから詳細は今は聞かないでくれ。使わないに越したことはないし。でも効果は抜群だから。秘密兵器だと思っていてくれ」
「はぁ……」
「ま、そいつがあるからさ、アイセルは基本は自分のことだけを考えて戦ってくれて大丈夫だから」
「……わかりました」
「よし、話は終わりだ。早速、明日の朝一で出没地域に向かうぞ。狙いは街道沿いのB地点に出るって言う小さめの群れだ」
「街道沿いだと移動が楽なのと、わたしが1人でも戦いやすいよう小さい群れを狙うってことですね?」
「さすがアイセルは理解が早いな。今回は俺たちがのし上がるにはちょうどいいクエストだ。他のパーティが擦り合わせに時間をかけてる間に、俺たちは一番槍でサクッと美味しいところを持っていかせてもらおうぜ」
「はい!」
俺たちは宿に帰って明日の準備を整えると、いつもより早めに床に就いた。
これを見越して既にある程度用意はしてあったから準備といっても楽なもんだ。
明日の朝一番の馬車で近くまで行き、討伐クエストを開始する――!
俺たちは街道の途中まで荷運び馬車に乗ってから、出没エリア周辺の草原の探索を開始した。
余談になるが、御者は途中までただの護衛が手に入ったと喜んで料金をまけてくれていた。
いい奴だな。
持ちつ持たれつ。
顔と名前は覚えたので機会があればまた利用させてもらおう。
話を戻そう。
俺のS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』で強化されたアイセルの『索敵レベル21』が、しばらくするとキングウルフの群れを補足する。
「2キロ少し先に多数のキングウルフがいます。正確な数はわからないですけど、おそらく15体から20体くらいかと」
「よくやったアイセル。よし、いつも通り左側、風下から回り込むように近づいて先制攻撃からの殲滅戦だ」
「了解です」
「慎重かつ大胆にな。教えたことを忘れなければ、今のアイセルなら十分に勝てるから」
「はい!」
元気に答えると風下の安全地帯をしっかり確保してから、アイセルは『光学迷彩』で姿を消してすっかりと手慣れた様子で先行していく。
俺はバフスキルの効果範囲から外れないだけの距離を保ちながら、静かにアイセルについていった。
ちなみに『光学迷彩』のスキルはパーティの仲間だけは、なんとなく居場所が分かるようになっている便利なスキルなのだ。
そして姿を現したアイセルが先制攻撃で1体のキングウルフが斬り捨てたことで、戦いがはじまった。
優に5メートルを超えるキングウルフの巨体を相手に、しかしアイセルは一歩も引かずに戦いを繰り広げていく。
そして俺はかなり離れた草むらの中に隠れ潜みながら、それを静かに見守っていた。
アイセルは『縮地』で一気に距離を詰め、『連撃』で複数を同時攻撃し、『残像』で翻弄し、切れ味鋭い魔法剣でバッタバッタとキングウルフをなぎ倒す。
「さすがレベル29のエルフの魔法剣士だな……俺のバフスキルによる強化もあるとはいえ、キングウルフの群れを相手にしてもまだまだ十分に余力があるぞ……」
エルフの魔法剣士という優遇職だからってだけではなく、努力家でいろんなことを率先して学び、決して油断をしない真面目な性格もその強さの一因なのだろう。
強くても調子に乗るタイプは、たいていポカをして痛い目を見るからだ。
そしてそれは往々にして取り返しがつかないことが多い。
でもアイセルに関しては、そういう心配はまったくなさそうだった。
「一流冒険者であるレベル60と言われても納得がいくほどの、凄まじい戦闘力だな……」
ピンチらしいピンチもなく次々とキングウルフの数を減らしていくアイセルを、俺は安心して見ていることができていた。
もし俺にこれだけの力があったとしたら。
バッファーというどうしようもない不遇職じゃなかったら。
アンジュは勇者じゃなくて、俺を選んでくれたかもしれなかったのだろうか――。
――と。
そんなことを考えていると、アイセルが討ち漏らしてしまった一匹が逃げるようにして偶然たまたま俺の方に向かって疾走してくるのが目に入った。
「やべっ、ついてないな――」
この場から逃げることはできなかった。
今の俺はアイセルからかなり距離をとっている。
今俺が逃げたら、アイセルがS級バフスキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』の効果範囲から外れてしまう可能性があった。
こんな状況で万が一にでもアイセルのあがり症が出てしまったら、まずいことになる。
というかアイセルが命を落とす。
そして前衛のアイセルが死ねば当然俺も死んでしまうわけで。
「頼むから、こっちくんなよ……」
俺は息を殺して草むらの奥に身を潜めた。
しかしそんな俺とキングウルフの目が、これでもかとバッチリとあってしまったのだ――!
「げっ!?」
アイセルの仲間だとすぐに理解したのだろう、キングウルフが猛然と俺に襲いかかってくる――!
「ああもうくそ! しゃーない、アレやるか!」
俺は覚悟を決めると腰のポーチから「秘密兵器」を取り出した。
小さなパイナップルのような形をしたアイテムだ。
そして俺は安全ピンを抜くと、自分の足元めがけてそれを投げつけた。
パン!
すると乾いた破裂音と共に煙がもうもうと立ち昇ってきて――直後に尋常ならざる異臭が俺の周りに立ち込める。
「キャウンッ!?」
それを嗅いだキングウルフがまるで子犬のような悲鳴をあげて、即座にひっくり返った。
泡を吹いてピクピクと痙攣したキングウルフは、白目を剥いて完全に気絶している。
「げほっ、ごほっ……見たか、これが秘密兵器のクサヤ・スカンク玉だ。ごほっ、人間よりはるかに鼻のいいキングウルフだ。クサヤ・スカンクのフンを濃縮したこのにおいにはとても耐えられないだろ、げほっ、ごほっ」
もちろんこれには使った俺も無事ではいられない。
猛烈な臭気に当てられて吐き気がするし、咳は止まらないし鼻がツーンとしてるし、涙は次から次へと流れっぱなしだし、目の前がクラクラして意識が飛びそうになってるし。
ついに俺は耐えきれなくなって膝をついた。
完全な自爆攻撃だった。
だけど生きてはいる。
「ふふっ……突き詰めればこれで死ぬようなもんじゃないからな……あまりの臭さに死にたくはなるけど……げほっ、ごほっ、やべっ、マジ吐きそう……うっ……」
しかしこの強烈な臭いの中にいる限り、キングウルフは臭すぎて近づいてこれないのだ。
しかもクサヤ・スカンク玉はまだもう1つ残ってる。
「さぁ来るなら来やがれ……来れるもんならな……」
俺はそれから数分の間、吐きそうなほどの臭気に必死に耐え続けた。
アイセルの戦いが勝利に終わるまで――。
心底情けないと思うかもしれない。
でもこれが不遇職バッファーにできる精いっぱいの戦い方なんだ。
身体を張って必死に戦う前衛のためにも、俺は俺にできることをし続けるのだった。
「あ、でもマジ気分悪い……おえっ……うぐっ……朝めしが出てきそう……うっ……」
「ケースケ様、申し訳ありませんでした! 2匹ほど取り逃してしまいましてそちらに向かったんですけど、ご無事だったみたいでなによりです――ってウ"グッ、オ"エ"ッっぷ!?」
アイセルは俺の近くに来るなり、鼻と口を抑えてエンガチョって感じで飛びのいた。
真っ青な顔で目を見開いていて今にも吐きそうな雰囲気だった。
その気持ちはほんと分かるんだけど、10才も離れた若い子にそういう態度をとられると若干傷つくよね……。
それでもそこはよくできたアイセルである。
今の態度はやっぱりまずいと感じたのか、決意も露わに再び俺の近くに来ようとして、
「げぷ、お"ぇ"ぇ"ぇ"ぇ"……、やっぱり無理です、今一瞬意識が飛びかけましたごめんなさい」
そう言うと俺から6,7メートルの距離まで逃げるように後ずさっていった。
「いや謝る必要はないよ、エルフは感度の高い種族だから余計に臭うだろうしな」
「ず、ずみまぜん……」
必死に鼻をつまんで吐き気をこらえながらも健気に謝るアイセルは、完全に涙目になってしまっていた。
「悪いなアイセル、大変臭いところを申し訳ないんだけど、そこで伸びてる2体を始末してほしいんだ。俺の力じゃ時間がかかり過ぎるからさ」
それだけ言うと俺はその場から距離をとる。
この強烈な異臭の爆心地は俺だから、俺が離れれば少しは臭いもマシになるだろうし。
「わ、わかりました……げほっ、ごほっ」
アイセルは鼻をつまみながら気絶している2体のキングウルフをさっくり始末すると、三度こっちに近づこうとして、
「げほごほっ、おえっぷ……うげぇ……。でもほんと一体なんなんですか、このとんでもない臭いは……」
やっぱり無理って顔をして立ち止まった。
「クサヤ・スカンクのフンを濃縮・発酵させたものをばらまいたんだ。キングウルフは鼻がいいから効果は抜群なんだよ」
「あ、昨日言ってた『この日のために用意した秘密兵器』って、これのことだったんですね……。納得です、ものすごく臭いです。あうっ、本気で吐きそう……うっ」
アイセルが口を押えて、こみ上げてきた何か(あえては言わない)をのどの奥に押し戻すような素振りを見せる。
「これでもだいぶマシになったんだぞ? 使った瞬間は俺もマジで死ぬかと思ったくらいでさ」
ちなみにかなり稀少なアイテムでその分値段も張るので、あまり多用はできないアイテムだった。
使い捨てだし。
「ううっ、これでマシになってるんですか? だいぶ熟成の進んだ肥溜めの中に落ちたみたいなこの強烈な臭いが? あ、ある意味、命がけですね……」
もはやアイセルは臭い俺に近づくのだけは死んでも嫌、みたいな顔をしていた。
分かるよ、その気持ちは良ーくわかるんだけど、やっぱりちょっとだけ傷つくよね……。
「なんにせよ、このキングウルフの群れは完全に駆逐した。討伐クエストは大成功だ。長居をしても仕方ない、とっとと帰るとしよう」
俺は猛烈な臭気を放ちながらも勝利宣言をした。
とりあえず帰りたい。
早く帰ってこの臭いのをどうにかしたかった、心の底から綺麗な身体になりたかった。
「他のキングウルフの群れはどうするんですか?」
帰りはじめてすぐにアイセルが尋ねてきた。
ちなみに俺からかなり離れた風上を歩いている……臭いからね、しょうがないよね、うん。
「とりあえずB地点の群れは討伐したから後はよそに任せよう。討伐報酬は貰えるし、間違いなく俺たちが一番乗りだ。パーティ『アルケイン』の名前も上がるからな、今回はそれで十分だ」
「あの、前から気になってたんですけど、パーティの名前が上がるとどうなるんですか? 結構こだわってますよね?」
「有名なパーティには、冒険者ギルドに特定のパーティを指名したクエストが入ってくるようになるんだ」
「指名クエスト……ですか? この前の絵のモデルみたいのですか?」
「ああ。それでそういうのはほとんどの場合、相手が金持ちなんですごく割がいい。しかもかかった経費は全部向こう持ちなことがほとんどだ。つまり名前を売れば楽して稼げるようになるってわけ」
「わわっ、そういうものなんですね。勉強になります!」
「世の中なにをするにしても金は要るからな。楽に稼げるに越したことはない」
金に困るとヒキコモリもできないこんな世の中じゃ、ポイズン……。
「ちなみに指名クエストって例えばどんなのがあるんでしょうか?」
「そうだな、隊商の護衛とか遺跡の調査とか、普通の討伐以来とか。まぁ色々あるんだけど一番楽なのは食事会だな」
「食事会……? 食事をするんですか?」
「ああそうだぞ。お金持ちのディナーにお呼ばれして、豪勢な食事を食べさせてもらうんだよ」
「……?? それのなにがクエストなんですか??」
アイセルが「よくわかりません」って顔をした。
短期間でレベルがどんどん上がって数々のクエストをクリアし、今やここのギルドで知らない冒険者はいない有名人のアイセルとはいえ、まだまだこの業界のことを深くは知らないからな。
仕方ない、ここは元・勇者パーティの俺が説明してあげよう。
「有名な冒険者パーティを食事会に呼べる俺スゲー、みたいな感じかな。そこで面白い冒険譚を話したりして気に入ってもらえたら、さらにお小遣いまでもらえるんだ。ポンと50万とか100万くらいくれたりする上に、また同じような食事会に呼んでもらえるんだ」
「そ、そんな世界があるんですね……とても冒険者の仕事とは思えません!」
アイセルがビックリして目をぱちくりさせていた。
「例えばだけどアイセルが駆け出しのころに荷物運びとかをして苦労した話は、多分受けるんじゃないかな」
美人で凄腕のエルフの魔法戦士が、実は最初の頃はへっぽこで日々の生活にも苦労してた――うん、これはセレブなオジサマ・オバサマ方に受けるぞ、間違いない!
「そんなものなんですね」
「ちなみに俺は割といろんな話ができるぞ。仲間の戦いをただ後ろで見てるばかりのバッファーは、つまり常に戦場全体を俯瞰して見ているわけだからな」
「えっと、はい、そうかも、ですね……?」
俺のやや自虐の入ったネタに、アイセルは言葉を濁してそっと目をそらした。
「まぁこれに関してはバッファーという職業の特権というか、勇者パーティの戦闘中に起こったあれやこれやを一番間近で見てきたからな」
なので食事会や講演会の依頼があればいつでもお受けしますので、なにとぞよろしくお願いします!
「ふへぇ……わたしの知らないことばかりなんですね……勉強になります!」
――その後。
臭い俺のせいで通りかかった馬車にすら乗せてもらえなかったために一晩野営してから、俺たちは翌日の夕方に冒険者ギルドへと帰り着いた。
報告をアイセルにしてもらって(臭い俺はギルドの中に入れてもらえなかった)、俺は2時間ほどかけて必死に身体を洗ってクサヤ・スカンクのフンの臭いをあらかた洗い流してから、やっとの思いで宿へと戻ったのだった。
「ああ……臭くないっていいな、うん……人間に戻った気がする……」
この段階まで来てやっとこさ、俺はホッと一息つくことができたのだった。
【ケースケ(バッファー) レベル120】
・スキル
S級スキル『天使の加護――エンジェリック・レイヤー』
【アイセル(魔法戦士) レベル29→32】
・スキル
『光学迷彩』レベル21
『気配遮断』レベル7
『索敵』レベル21
『気配察知』レベル28
『追跡』レベル1
『暗視』レベル1
『鍵開け』レベル1
『自動回復』レベル1
『気絶回帰』レベル7
『状態異常耐性』レベル7
『徹夜耐性』レベル7
『耐熱』レベル7
『耐寒』レベル7
『平常心』レベル1
『疲労軽減』レベル28
『筋力強化』レベル28
『体力強化』レベル28
『武器強化』レベル28
『防具強化』レベル28
『居合』レベル28
『縮地』レベル28
『連撃』レベル28
『乱打』レベル28
『会心の一撃』レベル28
『武器投擲』レベル28
『真剣白刃取り』レベル28
『打撃格闘』レベル28
『当身』レベル28
『関節技』レベル28
『受け流し』レベル28
『防御障壁』レベル14
『クイックステップ』レベル28
『空中ステップ』レベル28
『視線誘導』レベル28
『威圧』レベル14
『集中』レベル28
『見切り』レベル28
『直感』レベル28
『心眼』レベル28
『弱点看破』レベル14
『武器破壊』レベル1
『ツボ押し』レベル28
クサヤ・スカンクの臭いを落としてすっかり身綺麗になった俺は、むしろ石けんの清潔な香りに気持ちよく包まれながら、宿のベッドで手足を伸ばしてだらーっと寝転がっていた。
「あ"ぁ"ー……馬車に乗れなくて歩き詰めだったせいで、足が棒みたいだ……」
『体力強化』も『疲労回復』スキルも持たないバッファーは、こういう時にも漏れなく不遇職っぷりを発揮する。
「ヒキコモリ生活で筋肉も体力も落ちてたしなぁ……。アイセルと冒険するようになってだいぶ戻したとはいえ、こりゃ筋肉痛が確定だな……」
一応、冒険者に復帰するにあたって腕立てや腹筋、スクワットとかの各種筋トレは毎日してたんだけどな。
というのもアイセルが、
「全然知りませんでした、さすがですケースケ様!」
「そうなんですね、すごいですケースケ様!」
などなど事あるごとに尊敬の目で俺を見つめてくるんだもん。
だから俺も元・勇者パーティのメンバーとしてあまりカッコ悪いところは見せられなくて、最低限は動けるようにと身体づくりはしてきたんだけど。
「さすがに復帰して3カ月かそこらじゃ、付け焼き刃なのは否めないか……」
一度獲得すれば死ぬまで残るスキルを持ってさえいれば、苦労も少ないんだけどなぁ……。
なにせバフスキル以外は1つもスキルを獲得しないというのが、不遇職のバッファーであるからして……。
「しかも帰りは2日も歩き詰めだったからそりゃ疲れるよな……」
無事にキングウルフ討伐クエストを完了した充実感と、やっと臭いがとれて真人間に戻れた気持ちよさが、今日はもう何もしなくていいんだよと俺にささやいてくる。
「いつもより早いけど昨日今日と頑張って疲れたし。うん、もう寝るか」
でも立ちあがって部屋の明かりを消すのがダルイな~、もうこのまま寝ちゃう?
でも俺、暗くないと寝ても疲れが残っちゃうタイプなんだよな。
――とかなんとか、そんなどうでもいいことをグダグダと考えていると、部屋の扉がコンコンと小さくノックされた。
「夜分に申し訳ありません、アイセルです。ケースケ様、まだ起きてますか? 入ってもよろしいでしょうか?」
扉の向こうからはアイセルの声が聞こえてくる。
今回の討伐クエストの祝勝会&反省会(つまり今回の冒険の話で盛り上がりながら、ちょっと奮発した晩ご飯を食べた)をさっきやったばかりだけど、なにか伝え忘れたことでもあったのかな?
「まだ起きてるから入っても大丈夫だよ」
もはや上半身を起こすのすらダルかった俺が、「ラッキー。アイセルが出ていく時についでに部屋の明かりを消してもらおう」とか思いながら、寝ころんだまま行儀悪く答えると、
「で、では、し、失礼します――」
なぜか変に緊張した声と共に、アイセルがドアを開けてしずしずと入ってきた。
入ってきたんだけど――、
「ブフゥ――ッッ!?」
アイセルの姿を見た俺は思わずベッドから上半身を起こすと、吹き出してしまっていた。
というのもだ!
「えへへ、来ちゃいました……」
そう言ってはにかんだアイセルは裸だった――わけではないんだけど。
むしろ裸の方がマシだったかもしれないというか。
アイセルは超ミニマムな布地で、しかもスケスケでエロエロなアダルトなネグリジェを着ていたからだ――!
まさかアイセルがこんないやらしいネグリジェを着て寝ていたとは……。
ふと俺は、アイセルの魔法剣を買った時に店主からアイセルが何かを受け取っていたのを思いだした。
あの時アイセルはなにを買ったのか教えてくれなかったけど、あの時の反応を見るにもしかしなくても「これ」だったのか……。
スケスケを通して見えるアイセルの肌は、真っ白で綺麗できめ細やかだった。
さらに出るところもしっかりと出ていて、それがほとんど隠されていないときたもんだ。
そういうわけだったので俺はすぐにアイセルから視線を逸らした。
まぁ当然の行為だ、俺は年長者だからな。
「おいこらアイセル、年頃の娘が男の部屋に来るってのに、なんちゅうカッコしてるんだ。親しき中にも礼儀あり、男はみんな狼なんだからな?」
そして年長者の義務として俺はやんわりと教育的指導を行ったんだけど、
「えへへ……すみません」
分かってるのかいないのか、アイセルは曖昧に笑いながら謝ってきた。
そしてアイセルはと言うとなぜか何も言わずに部屋の明かりを消すと、俺の隣にひっつくようにして座ってきたのだ。
さらには俺の左腕を、自分の胸にぎゅっと押し当てるようにしながら抱えてきて――
「えーっとアイセル、どうしたんだ……?」
俺が尋ねても、
「えへ、えへへ……」
相変わらず要領を得ない作り笑いで言葉を濁すだけのアイセル。
月明かりが窓からそっとさし込むだけの、銀色に彩られた小さな宿の一室で。
俺とアイセルはベッドに二人並んで座っている。
もし俺が普通の男だったらこの時点で下半身を月に向かっておったてて、獣のごとく本能のおもむくままにアイセルに襲いかかっていたことだろう。
アイセルは顔も可愛いし、押し付けられている胸もかなりの大きさだ。
性格も素直な頑張りやさんで、なにより笑顔がすごく素敵な女の子なんだから。
そんなどこに出しても恥ずかしくない魅力的な女の子であるアイセルが、月明かりだけがさし込む部屋でエロいネグリジェを着て誘ってきたら、そりゃたいていの男は狼にフォームチェンジしてしまうだろう。
けど――俺はそうはならなかった。
「えっと、アイセル……? ほんとにどうしたんだ? っていうか近くないか?」
俺は興奮の欠片も見せることなく、極めて冷静なままでアイセルに問いかけた。
「だってわたしとケースケ様は2人きりのパーティのメンバーなんですもん。これくらい普通ですよ」
「うーん、それはどうなんだろうな? 親しき中にも礼儀ありって言うか? まぁそれは今はいいや。じゃあ次の質問、なんで明かりを消したんだ?」
暗視スキルを持つアイセルと違って、俺は暗がりだと見づらいわけで。
細かい表情とかもよく見えないし、話をするのなら明るい方が断然いい。
すると、
「わたし、ケースケ様にお礼をしたいんです……へっぽこだったわたしを拾って面倒を見て育ててくれたケースケ様に、恩返しがしたいんです……」
アイセルははにかみながらそんなことを言ってきた。
「うーん……アイセルの気持ちはありがたいんけど、それと明かりを消すことに何の関係が――」
「もう、ケースケ様は普段は気が利いて優しいのに、こういう時は意地悪なんですね! だからあの、わたしを……」
「アイセルを?」
「わ、わたしをケースケ様の女にしてください!」
アイセルは目をつぶって言いながら、自分の胸を俺の腕へさらにぎゅっと押し付けてきた。
弾力と柔らさが両立した形のいいふくらみが、俺の二の腕を挟んで包みこんできて――。
得も言われぬ極上の感触を前に、だけど俺は、
「……それはできない。俺たちはパーティの仲間だろ」
優しく小さな声で諭すようにそう答えたのだった。
「ですがパーティのメンバー同士で男女の関係になることは少なくないと、聞きました」
「まぁ……そう、かもな……」
良いことも悪いことも、楽しいことも苦しいことも分かち合い、時には生死すら共にするのがパーティのメンバーだ。
その過程で愛情が育まれるのは不思議なことでもなんでもない。
だからそれはまったく不思議なことじゃないんだ――。
「――でしたらわたしに恩返しをさせてはもらえませんか? わたしはケースケ様に喜んでもらいたいんです」
「安心しろアイセル。俺はアイセルと一緒に冒険をできて、十分に楽しいし嬉しいよ」
アイセルを見ていると10年前、冒険者になったばかりの頃の自分を見てるみたいで、俺はそんなアイセルをいくらでも応援してあげたくなるんだから。
「えへへ、そう言っていただけると嬉しいです」
「なら――」
「でもそれと同時に。パーティのメンバーという関係からもう少しだけケースケ様の方に行けたらいいなって、最近は思うようになったんです」
「それってどういう――」
「わたし、ケースケ様のことが好きです。大好きなんです」
突然の告白は小さな声でおずおずと控えめに。
だけど強い思いが込められたものだった。
そしてアイセルの手は、覚悟を決めたように俺のパンツの中に強引に不法侵入してくると、太ももの付け根や局部をやわやわさわさわとまさぐりだしたのだ。
止めようとしても、後衛不遇職のバッファーの筋力では最優遇職のエルフの魔法戦士にはとても敵いはしない。
「アイセル、やめてくれ……俺はそんなつもりでアイセルとパーティを組んだわけじゃないんだ」
「いいえ、やめません……だってわたしはケースケ様に恩返しをしたいんです。ケースケ様のことが好きで好きで大好きで。施されるだけじゃなくて、どんなことでもいいからなにかお返しをしたいんです」
吐息のような切ない声が俺の耳元に吹きかけられる。
「それがこれってことか――」
アイセルは色んなことをやってきた。
だけど俺の身体は、アイセルにナニをどうされても全くの無反応のままで。
アイセルはしばらく懸命な愛撫を続けてから――いい加減どうしようもなくなって。
最後は諦めてうつむいたまま、俺のパンツの中から手を引き抜きぬいた。
「すみま……せんでした……。わたし、勝手なことをしてしまって……」
そして涙声でそう言うと、アイセルはそのままうなだれるように下を向いた。
鼻をすすって懸命に涙をこらえている。
その気持ちはよくわかる。
えっちなネグリジェを着て、ベッドの上で胸を押し付けながら前戯に及んで。
これだけ直接的に迫ったというのに、俺の身体はアイセルの行為と好意にピクリとも反応しなかったのだから。
「そう、ですよね……わたしなんかにこんなことされてもケースケ様はぜんぜん嬉しくなんかないですよね……全然気持ちよくなんて、ならないですよね……」
「……」
「ごめんなさい、勝手なことをしてしまって……」
涙を必死にこらえながらアイセルが俺に謝罪をする。
俺が全くの無反応だったことで、女の子としての魅力が自分にはないのだと感じて、アイセルはショックを受けたことだろう。
「そういうわけじゃないんだ」
「いいえ……気を使っていただかなくても大丈夫ですから、えへ、えへへ……」
俺の言葉にアイセルは少しだけ顔を上げると、泣き笑いのような顔を見せた。
だけど本当にそうじゃないんだ。
だって俺が勃たなかった原因はアイセルには全くないのだから――。
そう。
これはただただ俺自身の問題だった。
アイセルに性的に迫られている間、俺の頭の中にはアンジュが勇者と結合している光景が鮮明に思い出されていたのだから――。
アイセルとの冒険が楽しくて。
アイセルの成長を見るのが嬉しくて。
だからここ最近はめっきり思い出すことが減っていた、あの日の出来事。
勇者に一突きされて蕩けるような表情で甘い声をあげるアンジュの姿が。
熱いモノをアンジュに注ぎ込む、そのオスとしての最高の快楽にブルリと身を震わせる勇者の姿が。
何度も何度もなんどもなんども、何度もなんどもナンドモナンドモ、俺の頭の中でリピートされているんだ──。
あぐ……っ、だめだ。
考えれば考えるほど明瞭に思い出されるあの夜のトラウマに、身体が震えて目眩がして、目の前がくらくらしてくる――。
「うっ――かはっ」
ついには猛烈な吐き気が込み上げてきて、俺は思わず口元を覆っていた。
「ケースケ様っ!? えっと、あの、どうされましたか!?」
突然苦しみだした俺を見てアイセルがあたふたし始めた。
だけど今の俺は自分のことで手一杯で、取り繕う余裕すらなくて。
アンジュ、なんで?
アンジュ、なんでだよ?
なんで、なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで――――っ!
「あぐっ……あがっ、はぁっ、はぁっ、う……」
マグマが噴火したかのように不快感が激しく吹き上げてくる。
堪えきれなくなった俺は、ビクッ!ビクビクッ!とついには身体を小刻みに震わせてしまっていた。
「ケースケ様、呼吸が乱れてすごく顔色が悪いです――!」
突然激しく苦しみだした俺を見てアイセルが慌てた声をあげる。
「あ、ぐ……はぁはぁ……うぐ、うっ……」
勇者と結合するアンジュを呆然と見つめていた、あの時の惨めすぎる自分の姿。
アンジュの蕩けるような表情。
勇者の見下したような目。
それらを思い返すだけで、俺は心が2つに張り裂けてしまいそうになるんだ――!
俺は本当にアンジュを愛していたのに――。
アンジュと一緒ならなんだってできるって信じていたのに――。
バッファーなんて超不遇職でも、誰になんと思われようともアンジュと一緒ならいくらでも頑張れたのに――。
なのになんでおまえは、勇者に突かれてあんなに気持ちよさそうな声をあげてたんだよ――!
なぁアンジュ。
なんで俺じゃあダメだったんだ?
最初の頃は俺のバフスキルのおかげで格上の相手とも楽に戦えるって、喜んでくれたじゃないか。
『ケースケがいてくれるおかげだよ、ありがとう』って嬉しそうに言ってくれたじゃないか。
「なのになんでなんだよ!」
「け、ケースケ様? 急にどうしたんですか?」
アイセルが何か言っていたけど、自分のことでいっぱいいっぱいな今の俺の耳にはほとんど届いていなかった。
なぁアンジュ、俺が不遇職のバッファーだったからか?
優遇職の魔法戦士であるアンジュにとって、途中からはバフスキルなんて必要なかったからか?
それとも勇者の方が細マッチョのイケメンで巨根で絶倫だったからか?
俺がクサヤ・スカンクを使うたびに悪臭に包まれていたからか?
「なんで、なんで、なんで――!」
ぎゅっと目をつぶっても、頭の中では勇者がアンジュの中でブルリと果てる光景が、何度も何度も繰り返されるばかりで。
嵐の日の風車のように、思考がグルグルと同じところを高速で回り続ける。
「もう俺は嫌なんだよ! あんな思いをすることだけはもう嫌なんだよ――! 俺はもう、裏切られるのは嫌なんだよ!」
俺は癇癪を起こした子供のように泣いてわめきながら、慟哭の叫びをあげた。
「ケースケ様、少し落ち着きましょう、ね、ねね?」
アイセルのそっといたわるような優しい声は、しかし俺の心にはわずかも響かなかった。
俺の顔を覗き込んでくるアイセルを直視できなくて、俺は逃げるように目を背ける。
結局、俺はあれから何も変わっていなかったのだ。
そりゃあそうだろう。
ヒキコモリをすることでただただ現実から目を背けてきた敗北者の俺に、変わりようなどあるはずがないのだから――。
元・勇者パーティのメンバーだとアイセルに持ち上げられても、実際の俺は今もあの時となんら変わらず、惨めで無様な寝取られバッファーのままなのだから。
アイセルに――10才も年が離れたたった1人のパーティのメンバー相手にこんな醜態をさらけ出してしまうような、情けないだけの無価値男なのだから――。
「そうだよな……アイセルだって恥ずかしいまでに哀れでみすぼらしい俺の姿を、こうやって間近で見せられたんだ。ははっ、俺への好意や情熱もすっかり薄れたよな」
「そんなことありません! ケースケ様はいつだってどこだって、今だって最高にステキなままです!」
「気を使わなくたっていいんだよ。そうでなくたってアイセルはエルフの魔法戦士なんだ。そう遠くないうちに俺のバフスキルなんて必要がなくなるんだ。遠からず俺はお払い箱になる」
「そんなことわたし、しませんもん!」
「まぁそれならそれで別にいいんだ。そうさ、もうどうだっていいんだ。どうだって、どうだっていいんだよ――」
言い捨てるように投げやりに言いながら俺は頭を抑えた。
気分が悪い。
頭がガンガンする。
酸っぱい胃液が喉の奥から込み上げてきて今にも吐きそうだ。
呼吸が荒くて、なにより心が惨めで空しくて、そしてなにもかもがしんどかった。
頬を濡らすのは涙だ。
25歳にもなるいい年した男が、目を真っ赤に腫らして泣いているのだからほんと笑えない。
俺はどうしようもないゴミクズだった。
そのことが改めてよく分かった。
あの日のトラウマを思い出してしまった俺は、もう完全に自暴自棄になっていた。
すると――、
「うう、わたし、えっと、どうすれば――って、そうです、こういう時は!」
急に喚き散らした俺を前にテンパりかけていたアイセルが、急にポンと手を叩くと俺の背中を優しくさすりはじめたのだ。
優しい温もりが俺の背中を慈しむように上下する。
そしてアイセルは呪文を唱えた。
「痛いの痛いの飛んでいけ~。遠いお空に飛んでいけ~」
って。
それはよくある子供だましのおまじないだった。
「痛いの痛いの飛んでいけ~。お山の向こうに飛んでいけ~」
俺の背中を優しくさすりながら、アイセルは一生懸命におまじないの言葉を紡ぐのだ。
「痛いの痛いの飛んでいけ~」
それは子供だましの、何の特別な効果も持たないただのおまじない。
物理的にはなんの効果もない。
だけど不思議と胸に染み入るように、その言葉に込められたアイセルの優しい想いとともに俺の中にすとんと入ってきて。
想いの結晶となって俺の心に染み入ってきて――。
「はぁ……ふぅ……はぁ、ふぅ。……うん、少し落ち着いた」
自分でも信じられないくらいにあっさりと、俺の心は平常を取り戻していた。
「えへへ、落ち着いてくれて良かったです。昔、お祖母ちゃんがセキをした時とか、こうやって背中をさすってあげたんですよ。そしたらお祖母ちゃんはいつも、元気になったよ、もう大丈夫だよって言ってくれて」
「そっか……アイセルは昔から優しい子だったんだな。えらいぞ」
「えへへ、ケースケ様に褒められちゃいました」
アイセルはそこで少し言葉を切ると、わずかなためらいを飲みこみながら意を決したように言葉を続けた。
「ケースケ様、さっきは出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありませんでした。どうしても好きって気持ちが抑えられなかったんです。でも強引に迫ったせいで、ケースケ様をすごく不愉快な気持ちにさせてしまいました……」
「いや、アイセルが謝ることじゃないから」
「それにケースケ様は大人の男性ですもんね……わたしみたいな子供じゃあ、興奮とかされないですよね、えへへ」
「そういうわけでもないんだよ。本当にアイセルは何も悪くないんだ」
「いえ、気を使っていただかなくて大丈夫ですから、えへ、えへえへ……えへ……」
「ああもう泣くなって。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」
「すみません……わたし、最近何でも上手くいってるから調子に乗り過ぎちゃって……それでこんな馬鹿なことをしちゃったんです……」
「だから言ってるだろ。アイセルが悪いんじゃない、悪いのは全部俺なんだから」
「そんな、ケースケ様が悪いわけないじゃないですか。悪いのはどう考えたって、強引に迫ったわたしです」
俺がどれだけ言ってもアイセルは自分が悪いと言って聞かなかった。
このままだと一生残る心の傷をつけてしまうかもしれない。
あの日、勇者と結合するアンジュを見て俺の心が粉々に壊れてしまったように――。
だから俺は行動しようと思った。
バッファーなんて超不遇職で、幼馴染を寝取られてヒキコモったこんなどうしようもない俺でも、真実を伝えて誤解を解くことくらいはできるはずだから。
大切なパーティのメンバーであるアイセルの心を守るために、俺は全てを打ち明ける覚悟を決めた。
「アイセルも理由がわからないと、本音のところでは納得できないと思うんだ。だから今からそのあたりのことを全部説明しようと思う。俺が性的に興奮しなかったことも、勇者パーティじゃなくなったことも、今から全部アイセルに話す」
俺はそう言うと、アイセルの頭を俺の胸へと抱きかかえた。
「はわっ!? えっとあの、ケ、ケースケ様?」
突然抱き抱えられたアイセルがテンパった裏声をあげる。
「いやその、なんだ。これから話すことはほんと情けなすぎてさ。アイセルの顔を見てるとちょっと話しづらいんだよ。だから少しだけこうさせてくれないかな?」
「それはもちろん構いませんけど……でもあの、言いにくいことでしたら無理に言う必要は――」
「いや、アイセルには全部聞いてもらいたいんだ。俺のダメなところをさんざん見られたアイセルになら、もう少しくらい情けないところを見せても、愛想をつかされたりはしないかなって思ってさ」
「そんな! わたしはケースケ様に愛想を尽かしたりなんて絶対にしません! わたしがバカやったりして、逆はあるかもですけど……」
「俺こそ、アイセルみたいないい子に愛想をつかすことなんてないよ。そこはまぁ安心してくれ。アイセルが思っている以上に、俺はアイセルのことを大切に思ってるんだぞ?」
「ケースケ様がわたしのことを大切に……えへへ、ありがとうございます。ケースケ様がそう言うのなら、はい、信じます」
「ありがとうアイセル。俺もアイセルに信じてもらえて嬉しいよ」
言いながら俺はアイセルの髪をそっと撫でた。
「えへへ――っ」
アイセルがくすぐったそうに小さく身を震わせる。
抱き寄せたアイセルの頭をしばらくそっと撫でてから、その柔らかい感触に浸ってから。
俺はズバリ結論を言った。
「アイセル。俺はさ、メンタル・インポテンツ――心因性の勃起不能なんだ」