チンという甲高い電子音が鳴り、エレベーターのドアが開く。亮は案内表示板にある『7F』にチラッと見て車椅子を漕ぎ出す。
看護師の話によると、どうやらこれから会いに行く『ガラス姫』という絶世の美少女(あくまでも亮個人的な意見である)は、入院していた患者の中で一番歴が長いらしい。
そして、彼女がいつもいる場所は7階にある談話室。だから、彼女を探すならあそこなんじゃない、と看護師の提案に従っているわけだが。
「けど、あのナース……最後に気になること言ったな」
別れ際の時の彼女との会話を、頭の中でリフレインする。
『よかった。これでガラス姫が笑顔のままで逝けたら万々歳だけど……。って、そんな上手く行くわけがないか』
ガラス姫が辿り着くのであろう結末を知っているかのような口振り。看護師が最後に見せた諦めた笑みが彼の頭から離れない。
この病院は普通ではない、と本能的に亮は思った。
「とりあえず、様子見ということで……。それにしても、静かすぎるな」
周囲の静けさに少し戸惑いを感じながらも、無人の廊下を進む。
他の場所に比べると、明らかに人の気配が薄い。彼が7階に着いてから一人ともすれ違わなかったことが何よりの証拠だ。
それに、この階自体が他の階とは少し違っていたかもしれない。
ピカピカな床に、高く広々とした天井。大きな窓からは、日光を採り入れる仕組みになっているようだ。一見患者の快適さを追求して設計した環境のように見えるが。
「あれ?」
彼は試しに窓を開けてみたが、少ししか開けなかった。計ってみると、丁度腕一本がギリギリ通る幅だった。
これは自殺防止用のためなのか、はたまた閉じ込めさせる用に作った仕組みなのか。明らかに前者の方ではあるが、この階の異質さにより亮がそれを分からなくなってしまったのだ。
人気のない廊下、高い天井、10cmしか開かない窓。
もしかしたら、この病院には何かあるかもしれない。
頭の中で警鐘を鳴らしているが、それを顔に出さず、そっと窓を閉めて車輪を回す手を再開させる。
やがて、彼は談話室のプレートが掛かっているドアに辿り着いたが、自分の口角はまだ上がっていないことに気がついた。
「おっと、いけない。笑顔笑顔」
一時的に心の懸念を隅に追いやって笑顔を作り、静かにハンドルを回す。
亮が談話室に足を踏み入れると、小さなドアの開閉音が静寂を破った。柔らかな光が壁の淡い色調を引き立て、穏やかな空間を演出している。部屋の中央には快適な椅子やソファが備えられ、壁にはテレビが掛けられているが、どちらも使用されていない様子。
窓辺に置かれたテーブルには整然とカップとティーセットが並べられていて。
香り高い紅茶がゆっくりと蒸気を立て、その芳醇な香りが室内に広がり、彼の鼻腔を心地良く刺激する。書物や雑誌はそっと積まれていたが、そのまま触れられずに置かれているようだ。
窓からは自然光が差し込み、その狭い隙間からぬるい風が入り込む。
白いカーテンが揺れ、その傍らに座っている一人の少女の長い白髪がそよいでいた。彼女の存在により、静謐な空気が広がる。
瘦せ細った身躯は長期入院患者としての苦闘を物語り、その碧眼には深遠な謎が宿っているように感じられた。
――やはり美しい。
窓辺にひっそりと空模様を眺めている彼女の姿はやはり、どこか幻想的で美しい。その光景に圧倒されて、亮の口からはただため息しか出てこなかった。
けれど、その硬質に引き締まっている顔は、また彼の心を締め付ける。
――美しい……けど、その顔にはそんな表情が似合わない。やはり、女の子には笑顔が一番だ。
彼女のことをもっと知りたい。だけど、それ以上に彼女を笑わせたい。
そんな下心で接近を試みる亮。
次第に向こうも彼の存在に気付いて、一瞬碧眼が見開いた。その些細なことに嬉しく思い、彼は更に笑みを大きく広げる。
まるで、ミュージカルの役者を彷彿させるような喋り方で、彼は高らかに言う。
「嗚呼! 先程、私とガチンコした美少女ではありませんカ!」
看護師の話によると、どうやらこれから会いに行く『ガラス姫』という絶世の美少女(あくまでも亮個人的な意見である)は、入院していた患者の中で一番歴が長いらしい。
そして、彼女がいつもいる場所は7階にある談話室。だから、彼女を探すならあそこなんじゃない、と看護師の提案に従っているわけだが。
「けど、あのナース……最後に気になること言ったな」
別れ際の時の彼女との会話を、頭の中でリフレインする。
『よかった。これでガラス姫が笑顔のままで逝けたら万々歳だけど……。って、そんな上手く行くわけがないか』
ガラス姫が辿り着くのであろう結末を知っているかのような口振り。看護師が最後に見せた諦めた笑みが彼の頭から離れない。
この病院は普通ではない、と本能的に亮は思った。
「とりあえず、様子見ということで……。それにしても、静かすぎるな」
周囲の静けさに少し戸惑いを感じながらも、無人の廊下を進む。
他の場所に比べると、明らかに人の気配が薄い。彼が7階に着いてから一人ともすれ違わなかったことが何よりの証拠だ。
それに、この階自体が他の階とは少し違っていたかもしれない。
ピカピカな床に、高く広々とした天井。大きな窓からは、日光を採り入れる仕組みになっているようだ。一見患者の快適さを追求して設計した環境のように見えるが。
「あれ?」
彼は試しに窓を開けてみたが、少ししか開けなかった。計ってみると、丁度腕一本がギリギリ通る幅だった。
これは自殺防止用のためなのか、はたまた閉じ込めさせる用に作った仕組みなのか。明らかに前者の方ではあるが、この階の異質さにより亮がそれを分からなくなってしまったのだ。
人気のない廊下、高い天井、10cmしか開かない窓。
もしかしたら、この病院には何かあるかもしれない。
頭の中で警鐘を鳴らしているが、それを顔に出さず、そっと窓を閉めて車輪を回す手を再開させる。
やがて、彼は談話室のプレートが掛かっているドアに辿り着いたが、自分の口角はまだ上がっていないことに気がついた。
「おっと、いけない。笑顔笑顔」
一時的に心の懸念を隅に追いやって笑顔を作り、静かにハンドルを回す。
亮が談話室に足を踏み入れると、小さなドアの開閉音が静寂を破った。柔らかな光が壁の淡い色調を引き立て、穏やかな空間を演出している。部屋の中央には快適な椅子やソファが備えられ、壁にはテレビが掛けられているが、どちらも使用されていない様子。
窓辺に置かれたテーブルには整然とカップとティーセットが並べられていて。
香り高い紅茶がゆっくりと蒸気を立て、その芳醇な香りが室内に広がり、彼の鼻腔を心地良く刺激する。書物や雑誌はそっと積まれていたが、そのまま触れられずに置かれているようだ。
窓からは自然光が差し込み、その狭い隙間からぬるい風が入り込む。
白いカーテンが揺れ、その傍らに座っている一人の少女の長い白髪がそよいでいた。彼女の存在により、静謐な空気が広がる。
瘦せ細った身躯は長期入院患者としての苦闘を物語り、その碧眼には深遠な謎が宿っているように感じられた。
――やはり美しい。
窓辺にひっそりと空模様を眺めている彼女の姿はやはり、どこか幻想的で美しい。その光景に圧倒されて、亮の口からはただため息しか出てこなかった。
けれど、その硬質に引き締まっている顔は、また彼の心を締め付ける。
――美しい……けど、その顔にはそんな表情が似合わない。やはり、女の子には笑顔が一番だ。
彼女のことをもっと知りたい。だけど、それ以上に彼女を笑わせたい。
そんな下心で接近を試みる亮。
次第に向こうも彼の存在に気付いて、一瞬碧眼が見開いた。その些細なことに嬉しく思い、彼は更に笑みを大きく広げる。
まるで、ミュージカルの役者を彷彿させるような喋り方で、彼は高らかに言う。
「嗚呼! 先程、私とガチンコした美少女ではありませんカ!」