ある分家の繋がりで有名な大学病院に搬送され、綿密な検査を受けても、いずれも『原因不明』という結果が返ってきた。皮膚の上に赤黒く浮かび上がる薔薇の模様にちなんで『薔薇紋病』と命名。
念のため、まだ発見されたことがない病気という線で調査を進めるという話に落ち着いたのだが。一年後が経っても依然として『原因不明』と返ってきて、観察経過のために別の病院に転院することになった。
後から雅代が独自の調査で調べた結果、大学病院と繋がっていた分家というのは、分家の中で最も勢力がある、友禅寺家だ。そして『原因不明』の裏には、恐ろしい事実が判明された。
マスコミに察知されないように、大学病院の協力を得て薔薇紋病の究明のために極秘裏に組織された研究チーム。その研究はある人物に大金を支払われ、止められていたことが発覚。そして調査の結果、ある人物の名が浮上した。
友禅寺麗夏。
先代当主・一三氏が生前の頃、彼女の罠に嵌められた際に、『人の心がない悪魔だ』と評価したことが一度だけ。それ以来、彼女は当時一番勢力が弱い分家に嫁がせられることになったが、当時の彼女が妙に大人しかったのが印象的だった。
使用人の間では、一三氏が麗夏嬢を恐れているあまりに、彼女を分家に追い出した、という噂が流れていたのは、あながち間違っていないようだ。
そんな麗夏嬢の魔の手から離れるように、そしてこれ以上一姫を闘争に巻き込まれないように、雅代は敢えて都心から離れた病院を選ぶことにした。
辺境で尚且つ自然に囲まれて、静かに療養できる病院。
そんな理想的な転院先というのは、高山中央病院である。
薔薇紋病病の存在は、まだ世間に明かされていない。
そのために、一姫の病室は当時まだ誰も利用されていない北棟の7階の奥に位置した。これ以上一姫の心労を増やさないためにも、雅代が自分以外の華小路家の関係者を名乗る者との面会を謝絶にした。
一姫が転院した初日、雅代が彼女の病室に訪れた時。そこで彼女は、一姫の変化に直面した。
「……今度は私をここに監禁するんだ」
そう口にした一姫の双眼は、かつての光が失われていた。
小さい頃から姉たちに無視され、やっと一緒に問題を解決してくれる仲間を手に入れたと思ったら、今度は祖父を亡くし。
彼の者を亡くして間もなく、各々の自己利益のために、競うように派手な贈り物をする分家連中は無神経さに晒され。その対応に専属メイドが追われていたせいで、最初に交わした約束も果たせなかった。
家のことが嫌になってきた頃にやっと念願の学校に通えると思ったら、今度は薔薇紋病という訳の分からない病気に侵され。必ず治療法を見つけ出してみせる、という淡い希望を提示した研究チームにバクられ。そして、今回の転院。
大人の身勝手な事情に振り回され、自分のことに関する決定権が何一つも与えられず。彼女の人生の大半は、ただ監禁場所を転々とした生活を送っただけに過ぎない。
そして、そんな状況を作り出した原因の一つは、他でもない雅代だ。
ずっと良かれと思ってしてきたことが、逆に一姫の心を蝕む毒となってしまった。
自分はいつの間にか仕えるべき主人を履き違えていた、と今更ながら罪悪感が生まれてきた。
――約束を交わした相手は一姫お嬢様のはずなのに、いつの間にか華小路家に仕えていたようだ。
どこでズレたのか。どうしてあの時は華小路家を守ることを優先したのか。お嬢様だけを考えていればよかった。そうしたら、彼女はこうはならなかったのだろうか。
けれど、その思いも全て、何の意味も持たない虚しい後悔となった。
「 一日も早いご回復をお祈りしております。では、また明日」
別れの言葉ですら虚しく室内に響くだけ。
雅代が頭を上げた時、今度はそちらから声を掛けられた。
「……忙しいなら、もう来なくてもいいよ」
雅代の方を見ずに発言する一姫。しかし、雅代は彼女の鈍く光る碧の双眸を見ながら、もう一度心の中で誓った。
――今度こそ、こちらから約束を果たす番でございます。
それから雅代はどれだけ忙しくても、必ず時間を作って一姫の見舞いに行っていた。けれど、一姫の顔が晴れることは一度もなかった。
念のため、まだ発見されたことがない病気という線で調査を進めるという話に落ち着いたのだが。一年後が経っても依然として『原因不明』と返ってきて、観察経過のために別の病院に転院することになった。
後から雅代が独自の調査で調べた結果、大学病院と繋がっていた分家というのは、分家の中で最も勢力がある、友禅寺家だ。そして『原因不明』の裏には、恐ろしい事実が判明された。
マスコミに察知されないように、大学病院の協力を得て薔薇紋病の究明のために極秘裏に組織された研究チーム。その研究はある人物に大金を支払われ、止められていたことが発覚。そして調査の結果、ある人物の名が浮上した。
友禅寺麗夏。
先代当主・一三氏が生前の頃、彼女の罠に嵌められた際に、『人の心がない悪魔だ』と評価したことが一度だけ。それ以来、彼女は当時一番勢力が弱い分家に嫁がせられることになったが、当時の彼女が妙に大人しかったのが印象的だった。
使用人の間では、一三氏が麗夏嬢を恐れているあまりに、彼女を分家に追い出した、という噂が流れていたのは、あながち間違っていないようだ。
そんな麗夏嬢の魔の手から離れるように、そしてこれ以上一姫を闘争に巻き込まれないように、雅代は敢えて都心から離れた病院を選ぶことにした。
辺境で尚且つ自然に囲まれて、静かに療養できる病院。
そんな理想的な転院先というのは、高山中央病院である。
薔薇紋病病の存在は、まだ世間に明かされていない。
そのために、一姫の病室は当時まだ誰も利用されていない北棟の7階の奥に位置した。これ以上一姫の心労を増やさないためにも、雅代が自分以外の華小路家の関係者を名乗る者との面会を謝絶にした。
一姫が転院した初日、雅代が彼女の病室に訪れた時。そこで彼女は、一姫の変化に直面した。
「……今度は私をここに監禁するんだ」
そう口にした一姫の双眼は、かつての光が失われていた。
小さい頃から姉たちに無視され、やっと一緒に問題を解決してくれる仲間を手に入れたと思ったら、今度は祖父を亡くし。
彼の者を亡くして間もなく、各々の自己利益のために、競うように派手な贈り物をする分家連中は無神経さに晒され。その対応に専属メイドが追われていたせいで、最初に交わした約束も果たせなかった。
家のことが嫌になってきた頃にやっと念願の学校に通えると思ったら、今度は薔薇紋病という訳の分からない病気に侵され。必ず治療法を見つけ出してみせる、という淡い希望を提示した研究チームにバクられ。そして、今回の転院。
大人の身勝手な事情に振り回され、自分のことに関する決定権が何一つも与えられず。彼女の人生の大半は、ただ監禁場所を転々とした生活を送っただけに過ぎない。
そして、そんな状況を作り出した原因の一つは、他でもない雅代だ。
ずっと良かれと思ってしてきたことが、逆に一姫の心を蝕む毒となってしまった。
自分はいつの間にか仕えるべき主人を履き違えていた、と今更ながら罪悪感が生まれてきた。
――約束を交わした相手は一姫お嬢様のはずなのに、いつの間にか華小路家に仕えていたようだ。
どこでズレたのか。どうしてあの時は華小路家を守ることを優先したのか。お嬢様だけを考えていればよかった。そうしたら、彼女はこうはならなかったのだろうか。
けれど、その思いも全て、何の意味も持たない虚しい後悔となった。
「 一日も早いご回復をお祈りしております。では、また明日」
別れの言葉ですら虚しく室内に響くだけ。
雅代が頭を上げた時、今度はそちらから声を掛けられた。
「……忙しいなら、もう来なくてもいいよ」
雅代の方を見ずに発言する一姫。しかし、雅代は彼女の鈍く光る碧の双眸を見ながら、もう一度心の中で誓った。
――今度こそ、こちらから約束を果たす番でございます。
それから雅代はどれだけ忙しくても、必ず時間を作って一姫の見舞いに行っていた。けれど、一姫の顔が晴れることは一度もなかった。