亮が中年女性と掛け合ってから二日後、談話室にゲーム機が実装された。
最新機種の据え置きのゲーム機の前で亮とみおが大はしゃぎしている隣に、7階唯一の患者である姫は何が起きたのか全く分からず、キョトンとした。実際、彼女はゲームおろか、ゲーム機を見るすら今回が初めてで。嬉しさより戸惑いの方が勝ったのだろう。
三人の手にコントローラーが行き渡って、みおのチョイスでレーシングゲームを遊ぶことに。
そして、試合開始てから約二分が経った頃、談話室内は様々な声が飛び交っていた。
「うおおおお。うおおおお」とエンジン音の真似をしながら、ゲーム内の車が曲がる方向に身体を傾くみお。その隣で姫は操作に不慣れながらも順調に進んでいる、が。姫の右隣、亮だけが目をかっぴらいていて画面を凝視。
「うおおおお、行け! 進め、進むんだ、カミカゼ号! お前はここで怖気づくような車ではないはずだ!」
いくら彼がゲーム内の車にエールを送り続けても、スタート地点から一歩も動いていないようでは最早試合にすらならない。「……お先」と共に、彼の車体を追い越す姫のを見て、亮はビックリして大袈裟にのけ反った。
「っな?! そんなバカな! 一体、どうなってるんだ……! ッ、そうか! 分かったぞ! 二人は私のコントローラーに何かを仕掛けたということか! なんて卑怯なッ!
しかぁーしッ! この試練を乗り越えてこそ、一流のエンターテーナーになるしょ――」
「……コントローラーを傾くばかりでボタンを押していないからなのでは」
「あ、ほんとだああぁぁ! お前は神か! 否、姫ダッ! 行くぞッ、我が相棒、カミカゼ号ぉぉ!
前方ヨーシ! 後方ヨーシ! 右も左もヨォーシ! 発車ッ!!」
姫はふふふ、と小さく笑い出し、ゲームに戻った。
そんな三人の様子をドア付近から眺める中年女性が一人。雅代が彼女に近付いて「お久しぶりです、看護師長さん」と挨拶する。
「滅多にこちらに来ない貴女が姿を現しただなんて、一体、どういう風の吹き回しですか?」
「やれやれ、その減らず口は相変わらずですね、華小路家のメイド長さん。これでもあの子の担当ですからね。時々様子を見に来ないと」
「時々、ね……」
看護師長の顔を見ながら、嫌味たっぷりの挑発口調で呟いた。
実際、当初の頃、彼女は『姫の担当看護師』という役柄を利用して、今の地位につこうとした。だけど、その目論見は当の姫に見破られてから、罪悪感で病室に訪れる頻度も少なくなったが。そのことに雅代は今でも根に持っていることを、無論彼女は知っていた。
知っていた上で、ここに戻ってきたのだ。少年との約束を果たすために。
看護師長はもう一度三人に目を向けて、安堵の笑みが深まった。
「『実にいいものを見せてもらいました』、とそう彼に伝えてくれませんか?」
「かしこまりました」
雅代に見送られる中、彼女は音を立てずにドアを開け、去り際にもう一度振り返る。
深褐色の瞳孔に映る姫の顔には、かつての面影はほとんど見られなかった。
最新機種の据え置きのゲーム機の前で亮とみおが大はしゃぎしている隣に、7階唯一の患者である姫は何が起きたのか全く分からず、キョトンとした。実際、彼女はゲームおろか、ゲーム機を見るすら今回が初めてで。嬉しさより戸惑いの方が勝ったのだろう。
三人の手にコントローラーが行き渡って、みおのチョイスでレーシングゲームを遊ぶことに。
そして、試合開始てから約二分が経った頃、談話室内は様々な声が飛び交っていた。
「うおおおお。うおおおお」とエンジン音の真似をしながら、ゲーム内の車が曲がる方向に身体を傾くみお。その隣で姫は操作に不慣れながらも順調に進んでいる、が。姫の右隣、亮だけが目をかっぴらいていて画面を凝視。
「うおおおお、行け! 進め、進むんだ、カミカゼ号! お前はここで怖気づくような車ではないはずだ!」
いくら彼がゲーム内の車にエールを送り続けても、スタート地点から一歩も動いていないようでは最早試合にすらならない。「……お先」と共に、彼の車体を追い越す姫のを見て、亮はビックリして大袈裟にのけ反った。
「っな?! そんなバカな! 一体、どうなってるんだ……! ッ、そうか! 分かったぞ! 二人は私のコントローラーに何かを仕掛けたということか! なんて卑怯なッ!
しかぁーしッ! この試練を乗り越えてこそ、一流のエンターテーナーになるしょ――」
「……コントローラーを傾くばかりでボタンを押していないからなのでは」
「あ、ほんとだああぁぁ! お前は神か! 否、姫ダッ! 行くぞッ、我が相棒、カミカゼ号ぉぉ!
前方ヨーシ! 後方ヨーシ! 右も左もヨォーシ! 発車ッ!!」
姫はふふふ、と小さく笑い出し、ゲームに戻った。
そんな三人の様子をドア付近から眺める中年女性が一人。雅代が彼女に近付いて「お久しぶりです、看護師長さん」と挨拶する。
「滅多にこちらに来ない貴女が姿を現しただなんて、一体、どういう風の吹き回しですか?」
「やれやれ、その減らず口は相変わらずですね、華小路家のメイド長さん。これでもあの子の担当ですからね。時々様子を見に来ないと」
「時々、ね……」
看護師長の顔を見ながら、嫌味たっぷりの挑発口調で呟いた。
実際、当初の頃、彼女は『姫の担当看護師』という役柄を利用して、今の地位につこうとした。だけど、その目論見は当の姫に見破られてから、罪悪感で病室に訪れる頻度も少なくなったが。そのことに雅代は今でも根に持っていることを、無論彼女は知っていた。
知っていた上で、ここに戻ってきたのだ。少年との約束を果たすために。
看護師長はもう一度三人に目を向けて、安堵の笑みが深まった。
「『実にいいものを見せてもらいました』、とそう彼に伝えてくれませんか?」
「かしこまりました」
雅代に見送られる中、彼女は音を立てずにドアを開け、去り際にもう一度振り返る。
深褐色の瞳孔に映る姫の顔には、かつての面影はほとんど見られなかった。