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 約束の時間ピッタリに行くと誠は校門の前で待っていた。
 3月に入り、ほんわかと暖かくなってきたものの夜はまだ寒い。普段は長ズボンを履いて過ごしているが、今は丈の短いスカートを履いている。

 誠から「学校に来る際は制服を着用すること」と指示を受けたのだ。
 校門の前で待ち合わせをするため、怪しまれないように制服を着ていくのかと思ったが、待っていた誠はスーツを身に纏っていた。大学の入学式の際に買ったのだろう。

「合格おめでとう!!」
「ありがとう。てか、あんなに早く報告して来ないでよ。誠のメッセージで自分の合格を知ったんだからね」
「ごめんごめん。でも、どのみち合格だったんだから良かったじゃん」
「そりゃそうだけどさ。なんて言うか、呆れの方が強くて感動が薄れちゃったな」
「まあまあ、今度何か奢ってあげるから勘弁してよ」
「海外旅行でチャラにしてあげる。それで、こんなところに呼んで何するの? しかも、私だけ制服って」
「ああ、そのことなんだけどね」

 誠は持っていたカバンを探り、中からあるものを取り出した。
 細長い筒。蓋の部分に赤いリボンが括り付けられている。私はそれを見てハッとした。 
 去年、誠からの受け取りを拒否した私の卒業証書だ。

「去年、卒業式に来なかったじゃん。だからさ、今から卒業式を行おうと思って。とは言っても、卒業証書授与だけだけど。さあ、俺の目の前に来て」

 誠は筒から賞状を取り出すと、角の方にカバンと筒を置く。
 私はそそくさと誠の前へと歩んでいった。誠は賞状を広げ、綺麗な声を出すため咳払いをする。賞状から手を離したことで丸まっていき、慌てて広げる。おっちょこちょいなやつだ。

「えー、柊 香恋。あなたは本校において普通課程を卒業したことを証します」

 両手でうまく賞状を反転させ、私に差し出す。私は左手右手と順に賞状に手を添え、誠に向けて一礼をした。先ほどまで照れ臭い感情に包み込まれていたが、賞状を受け取った瞬間、心がジーンとするのを感じた。

「香恋、泣いてる?」

 顔を上げて誠と目が合うと、彼は驚いた様子で私を見る。
 そこで頬を伝った涙が手に当たる。寒さのせいか涙は暖かかった。
 気づいてからはとめどなく涙が流れてきた。拭うも拭うも湧き出る涙。それを誠に見られるのが恥ずかしかった。

「おかしいな。こんなことになるなんて」

 卒業証書を受け取ったことで、今まで抱えていたものがすべて精算された気分だった。
 受験が終わった安堵、志望校に受かった歓喜、大学への羨望。それらすべてが一気に心を満たしていき、溢れ出た不安や憤りが涙となって現れる。

 いつしか誠に怒った時とは真逆のことが私の中で起こっていた。
 ただただ涙する私を誠は優しげな表情で見つめる。だから安心して泣くことができた。
 
 1年遅れの卒業式。
 去年参加していたら、きっとここまで泣くことはなかっただろう。
 すべてを終えることで私はようやく心から卒業することができた。これからはまた別の環境で新しい生活を営むことになる。

「香恋、本当に卒業おめでとう」
「誠、卒業式を開いてくれてありがとう」

 夜空に光る満月は私たちだけの卒業式を祝福するように綺麗に輝いていた。