──ママァァァァアア!!

「やっぱりルーメンのことをママって呼んでる!」

「うるさい! 俺じゃない! 俺はママじゃない!!」

 バシャバシャと水が跳ねる音の合間に、ナメクジに身体を乗っ取られた人間達の声が響く。地上の悪夢から逃れたと思ったら、地下でも悪夢だ。全く、嫌になる。

「ルーメン、前にもいる!!」

 ニコの夜目が前方の人影を捉えた。

「突破する!」

 立ち塞がる人間の腹を蹴飛ばすと、「レロレロ」言いながら口からナメクジを吐き出す。

「うわわわわわっ! きもいきもいきもい!!」

「いいから行くぞ!」

 横穴からはどんどんナメクジ人間が這い出てきている。どうする……? キリがないぞ……。

 ──ポタッ。ポタッ。ポタポタポタポタッ!!

 水路の天井から何かが落ちる。その量は夥しくキリがない。一体……。

「ルーメン! ナメクジ降ってる!!」

 ……マジかよ。ナメクジの雨なんてホラー漫画でもないぞ……。ミイデラゴミムシが手元にあれば一掃できる可能性はあるが、残念ながら用意がない。いよいよ不味い……。

「ねぇ、ルーメン……」

「なんだ!」

 前はナメクジの雨。後はナメクジ人間。前門の虎、後門の狼の方がマシな状況だ。一体どうすれば。

「服を脱いで」

「なっ、何を言ってるんだ! こんな時に!?」

 あれか? 生命の危機にテンションが上がってあれやこれやしたくなるというやつか?

「今着ている服が原因だから」

「どういう意味だ?」

「もう! いいからとっとと脱いで!!」

 ニコの剣幕に押され、慌ててリュックを下ろしてアウトドアジャケットを脱ぐ。そしてそのままインナーも脱ぎ捨て、上半身裸だ。

「えいっ!!」

 俺の着ていた服が後方のナメクジ人間へと投げられる。すると──。

 ──ママァァァァァァァァ!! と大騒ぎして俺の服にナメクジ人間が群がる。そして前方のナメクジ達も俺達を素通りして服の方へ……。

「どういうことだ?」

「血は水よりも濃いってこと! あの服には親ナメクジの血が付いてたでしょ? だからルーメンはママって呼ばれてたのっ!」

 暗がりの中、ニコが得意げな表情をしているのは感じとれた。また変な言い回しを使っていたが、絶対コメント欄だな。

 とはいえ、助かった。

「よし。進もう」

「うん!」

 俺は上半身裸のまま、水路をひた走った。


#


「外だ! 森だ! 湖は何処だ!!」

 久しぶりに外の空気を吸い込み、ニコが叫ぶ。

「長かったな」

 水路を何キロ進んだか分からないが、とにかく酷い道のりだった。もうナメクジは勘弁だ。

 水路を抜けた先は深い森の中で、静謐な空気からは水の気配を感じる。多摩湖は近い。


 特に当てもなく進んでいたのだが、俺かニコの運が良かったらしい。視界に入ってきたのは緑がかった青色の湖面だった。

「ルーメン! これがタマコか!?」

「あぁ、そうだ。やっと着いたな」

「どわーふを探すそう! どわーふ!」

 ニコはお使い先のドワーフに興味深々らしい。「どわーふはどんなやつだ?」とエルフのアンスラに熱心に聞いていた。

 自分も半分異世界の血が入っているから、異世界の住人に興味があるのだろう。


 ニコが先頭立ち、湖に沿ってドワーフの住処を探して歩く。なんとなく洞窟をイメージするが、どうなのだろう?

「ルーメン! あれは何?」

 ニコが指差した先にあったのは……土管? 直径三メートルはあるような巨大なコンクリートの筒が多摩湖の畔に鎮座している。土管の端は木製の板で塞がれ、扉までついている。まさかあそこに……。

 好奇心旺盛なニコが土管に駆け寄り、扉を叩く。

「どわーふさん! いますか!!」

「……おらん」

 土管の中からしゃがれた男の声が聞こえる。これは……いるな。

「いるでしょ! 出てきなさい!!」

 ニコが追い討ちをかけるようにもう一度、扉を叩いた。

「五月蝿い! 叩くな!」

 ──土管の扉が開いた。