「あっぶねぇ!」

 背後から飛んでくる触手の攻撃を躱しながら線路を駆け抜ける。

「待テェェェェ!!」

 触手に掴まれたら最後、怒り狂う巨大ナメクジに何をされるか分からない。絵的に美味しくもないだろ。断固拒否だ。

「子供達ノ恨ミイイィィィィ!!」

「お前もさっきから踏み潰してるだろっ!」

 そう。巨大ナメクジは怒りで我を忘れているらしく、線路を這う自分の子供達を容赦なく踏み潰しているのだ。

「貴様ノセイダァァァァ!!」

「無茶苦茶だな!」

 ──ヒュン! ヒュン!
 ──斬ッ! 斬ッ!

 振り返り、迫り来る触手をサバイバルナイフで斬り落とすと断面から青色の血が噴き出す。

「嗚呼ッ!」

 巨大ナメクジが身震いし、触角の先の目が一瞬だらしなく弛んだ。……気持ち悪い。ダメージを与えた筈なのに、こちらの方がやられた気分だ。さっさと撒いてしまおう。

 ギアを上げて駆け出すと、巨大ナメクジも流石に追ってくる。ずっと震えていればいいものを……。

 視界の先では線路が途切れてしまっている。もう道標はない。どちらに進む? そういえばニコは何処に行った?

「ルーメン!」

 うん? ニコの声だが一体何処から?

「ルーメン! こっちこっち!!」

 首を振って周囲を見渡すと、蓋のないマンホールからニコが顔を出していた。なるほど。地下か。悪くない手だ。

「今行く!」

 ニコが首を引っ込めたマンホールへ滑りこむ。迫り来る触手を撃退しながらなんとかステップを降りると、そこは意外に開けた空間だった。

 ニコが寄ってきて、俺の身体を足元から舐めるように見る。

「ルーメン、大丈夫? 服が青いよ?」

「これは奴の血だ。俺は無傷だよ。大丈夫」

「貴族ってやつだな。なるなる」

 また変な知識を仕入れている……。コメント欄の影響か……。

「これからどうするの? 奴がいなくなるまでここで待つ?」

「いや、進もう。あの執念深さだ。いつまでだって待っているぞ。アイツは」

 どうやらこの地下の空間は元々用水路だったようだ。下に薄く水が流れている。これを遡って行けば多摩湖に着くかもしれない。

「よし、あっちだ!」

「うん」


#


 ニコの夜目とスマホのライトを頼りに地下の用水路を進む。足元の水嵩は徐々に増し、足首までが浸かるぐらいになっていた。

 最初はザブザブと音を鳴らしてはしゃいでいたニコだったが、疲れたのだろう。今はすっかり静かだ。そして、それが幸いした。

「……ルーメン、何か音がする」

「何も聞こえないが……」

 スマホのライトでニコを照らすと、真剣な表情だ。本当に何か聞こえるらしい。

「……たくさんいる」

 不吉な台詞。一体、何が?

 ──ズリッ。ズリッ。ズリ。

 突然、俺の耳にも不穏な音が届いた。それは少し上の方から聞こえる……。

「あっ、人だ」

 ニコが指差した先は少し高い位置にある用水路の横穴だった。照らすと男が顔を出している。……こんなところに人が住んでいるのか? 確かに地上はナメクジ野郎のせいで危険かもしれないが、他に行けばいいだろうに……。

「騒がしくして済まない。すぐに通り過ぎるから気を悪くしないでくれ」

「ウッ、ウウ」

 ……様子がおかしいな。酔っ払っているのか? 観察していると、等間隔にある横穴から次々に人間が顔を出す。どいつもこいつも小さく唸り、正気とは思えない。

「ルーメン……こいつら」

「あぁ。まともじゃないな」

 ──ママァァ!

 最初に顔を出した男が叫んだ。それは連鎖し、用水路にこだまする。

「ルーメン、ママなの!?」

「いや、ニコだろ!?」

「わぁはまだ、ママじゃない!」

 ──オ、オ、オエエェェェ!

 最初の男がえずく。その口から何かが吐き出された。それは──。

「ナメクジだ!」

「ニコッ、逃げるぞ!!」

 悪夢はまだ終わりそうにない。