ドンッ!! と腹を殴られ、俺は公園の茂みに飛ばされた。大した力だ。ワンパンで宙を舞う経験が出来るとは。

 カブトムシのバフで身体は平気だが、直ぐに出て行くのは面白くない。茂みの中で屈んで様子を窺っていると、二体のオーガは角っ子に用があるようだ。まだ地面に横たわる角っ子を見下ろしている。

「人間ノ血ガ混ザッタ紛イ物ガ」

「……わ、わぁの父親はお前達の頭領だぞ!」

「下ラン嘘ヲツクナ」

 オーガが角っ子を蹴り上げた。コロコロと面白いように転がる。

「冗談ヲ言エナイ体ニシテヤロウ」

 もう一体のオーガが、角っ子の顔を踏みつけるように足を置いた。そろそろか──。

「おい、糞鬼!」

 二体のオーガがゆっくりとこちらを向く。俺は一気に間合いを詰めた。

「油断んんん! 大敵いいい!!」

 体重の乗ったハンマーを横薙ぎにすると、一体には躱されたがもう一体の──。

 ドシャッ!! と脇腹にめり込んだ。呼吸が出来なくなったのか、オーガはひゅうひゅうと口から息を漏らす。

「死んどけッ!!」

 身体を回転させながらハンマーを引き抜き、くるりと反対側から顔をブン殴ると、オーガは冗談の言えない体になった。

 地面に膝をつき、そのまま前のめりに倒れる。

「貴様ァァ!」

 オーガの巨体が俺に迫り、鋭い貫手が放たれる。当たれば簡単に身体を抉られるだろう。当たればな……。

「クソッ! 何故ダ!」

 ハリガネムシのバフで自らを操ると、限界を超えることが出来る。動体視力さえも。

 空気を裂く音が聞こえる。それは俺の身体に届くことはない。虚しくすり抜ける。

 ゲハッ。

 ハンマーヘッドがオーガの腹に突き刺さった。巨体がくの字になり、頭が降りてくる。

「もう一丁!!」

 溜めた膝を一気に解放し、天に向かってハンマーを払う。オーガの顎が鈍い音を立て、嫌な感触が手に伝わってきた。そして重量に引かれるように、仰向けに倒れた。

 ──どうだ?

 コメント:ウオオオオオオー!!
 コメント:勝ったああああー!!
 コメント:ルーメン、強えええー!!
 コメント:はいはい。強い強い。それより角っ子だろ
 コメント:角っ子、はよ!!
 コメント:ルーメン、角っ子大丈夫!?

 コメント欄、角っ子好きすぎだろ! 全員、俺の勝利を讃えろよ! まったく!!

 視線を感じて振り向くと、地面にペタンと座る角っ子の姿がある。近くまで行ってしゃがむと、目を丸くしてこちらを見上げた。赤い髪の間から小さな角が二つ見える。

「よう。盗人。大丈夫──」

「お前、強いな! 気に入った! わぁと結婚しよう!!」

 ……結婚しよう? 聞き間違いか?

「なんと言った?」

「わぁは、結婚しようと言った! 子供は三人でいいか?」

 ちょっと冷静になろう。こういう時はコメント欄を見るに限る。

 コメント:角っ子きゃわわわわいいいー!!
 コメント:目がくりくりしてるるる!!
 コメント:角っ子、胸デカくね?
 コメント:ロリ巨乳きたあああああー!!
 コメント:これ、恋愛イベント発生だろ
 コメント:ルーメン! 許さんぞー!!

 ……全く落ち着かない。逆効果だった。しかし、同時接続数はうなぎ登り。角っ子、数字を持っているようだ。ここで切るには惜しい人材だ。

「結婚の話は一旦置いておこう。角っ子、お前の名前は?」

「わぁの名前はニコだ! お前は?」

「ルーメンだ。ところで、親は何処にいる?」

「お母さんは死んだ! お父さんは──」

 ニコは渋谷方面に向き直り、空を指差す。その先には駅前の高層タワーが微かに見える。

「あそこのてっぺんに居るってお母さんが言ってた!」

「……そうか」

「結婚の挨拶に行くんだな! 分かった!」

 ニコは元気よく立ち上がり、俺の腕にぶら下がるように絡み付く。

「邪魔だ」

「ひゃ! もー、照れとるのか?」

 ニコを振り解き、リュックを拾い上げる。さて、どうしたものか……。

「ニコ、あのタワーの近くに人間はいるのか?」

「ちょっと離れた所におるぞ! たいいくかんってところに閉じこもってる」

 代々木体育館だな。とりあえず行ってみるか。

「案内を頼めるか?」

「もちろん、いいぞ!」

 ニコは嬉しそうに俺の手を取り、ぶんぶん振りながら歩き始めた。