……近い。近いぞ。

 幾つもの声が耳に入ってくる。一方の声は悲壮感に満ち、もう一方は愉悦に満ちている。

 一方は男と女。もう一方は……なんだ? この声は。

 フナムシのバフが三多重になり、身体は飛ぶように進む。ボロボロになったアスファルトが踏み込みによって砕け、左右の森が流れて行く──。

 うんっ!?

 慌てて足を止めると、危なく身体が吹っ飛びそうになった。咄嗟に瓦礫に前蹴りをして、なんとか踏み留まる。

 さて、何を見つけたかって? それはひっくり返ったリヤカーだ。地面には馬鹿でかいポリタンクも転げている。これは……事件のかほり。

 ──嫌やややあああ!!

 上かっ! 

 見上げた先は森に侵食されたデパートのような建物。そこから若い女の悲鳴がした。

「行くっきゃねーなっ! 第一未来人だ!」

 俺は蔦を掻き分けてデパートに侵入する。声は……まだ上だな。しかし、妙だ。この声は……!?

 十段飛ばしで階段を上がり、声のするフロアにたどり着く。かつては紳士服を置いていたのか、男性のマネキンがそこここに転がっている。そして、血塗れの男も。

「嫌あああ! お父さん!!」

 お父さんと呼ばれた男は蹴り上げられ、俺の目の前まで転がって来た。蹴った相手は……。

「何ダァ。オ前ハ? オデノ邪魔ヲスルノカ?」

 片言の日本語で喋る豚の頭を持ったバケモノだった。例えるなら──。

 コメント:!?!?!?!?!?
 コメント:オークじゃんー!!
 コメント:逆転だ! 異世界転移きたあぁぁぁぁー!!
 コメント:ウオオオオオオー!!
 コメント:オークありがとう!
 コメント:サンキューオーク!!アイラブユー!!

 おい! お前ら何で喜んでいるんだよ!? 人間がバケモノの襲われているんだぞ!! そんなにここが未来の日本だと信じたくなかったのか……?

「助けてください!!」

 若い娘、高校生ぐらいか? が縋るような瞳を俺に向ける。助けて貰えなければ、父親は死に、自分もどんな目に遭うか分からない。そう思って必死なのだろう。

「いいだろう。ただし条件が──」

「オ前、フザケテルノカ!」

 ブンッ! と振るわれた棍棒を躱し、すれ違いざまに足を引っ掛けると、オークは無様に転んだ。情けなく背中を震わせている。

「……テイク・ツーだ。ただし条件がある。俺のチャンネルにがっつり出演してもらうぞ? まぁ、今も映っているけどな」

「……チャンネル?」

「そうだ。ルーメンチャンネルに顔出しで出演してもらうぞ? いいか?」

 オークが立ち上がろうとする。

「よく分からないけど、いいです! だから助けて下さい!!」

「ブイイイイィィ!」

 オークの振るう棍棒が俺の前髪を揺らす。ひどくご立腹のようで動きが無茶苦茶だ。

「いいだろう。お前達を助けてやる」

「無視スルナアアアアア!!」

 オークが闇雲に棍棒を振り回す。当たれば頭が弾けるのだろうが、単調な攻撃は丸見えだ。なんの脅威も感じない。

「ブイイイイ!!」

 痺れを切らし、大上段に構えた。……ここだな。

 ブンッ! と振るわれた棍棒をパドルで流し──。

「オラァッ!!」

 ──硬く握った拳をオークのアホ面にねじ込む。……手応えあり。フナムシとカブトムシのバフは強力だ。かろうじて首は胴体と繋がっているが、それだけ。オークは膝を折って倒れ、ピクリともしない。

「……えっ」

「ほら、助けてやったぞ。ぼさっとしてないで父親をなんとかしろ」

「あっ、お父さん!」

 娘は父親に駆け寄り、怪我の止血を始める。腕は折れているようだが、命に別状はないように見える。オークはゆっくりといたぶるつもりだったらしい。

「……あ、ありがとうございます。助かりました」

 娘に肩を借りた父親がやっとのことで立ち上がった。

「なに。こちらも助かった。同時接続、五万人は素晴らしい。投げ銭も随分と稼いだ」

「同時接続?」
「投げ銭?」

 親子は不思議そうな顔をする。この退廃した日本にはネットがないらしい。

「気にするな。こちらの話だ。ところで、二人は何処に住んでるんだ? 人間の集落が何処かにあるのか?」

 親子は俺を警戒しているのか、口を開こうとしない。

「ふん。わざわざ命を助けた奴等をどうにかすると思うか?」

「い、いや、そんなつもりでは……」

 布で額の怪我を押さえながら父親が言う。

「まぁ、いい。どうせこの周辺だろう。しらみ潰しに──」

「案内します!」

「お、おい……」

 父親が娘をたしなめる。

「お父さん! 大丈夫よ!! 少なくともモンスターより!」

 比較対象! 

「心配するな。俺は人間には興味はない」

「えっ、じゃ、何に興味があるんですか?」

「ゲテモノだ! 虫とか」

 二人が目を見開く。

「……お父さん。やっぱり案内するのはやめて……」

「……そうだな」

「もう駄目だぞ! 一度案内すると言ったじゃないかっ!」

 それからもしばらく問答は続き、やっとのことで俺は集落へと案内して貰えることになった。