「…?」
―――――なんだ、こいつ。どっから湧いて出たんだ。

相手は何も言わない。だからユウリはかすかに頭を傾けた。
野生の勘がそうさせるのか、急に現れた怪しいやつにユウリはいつもの「ああ、こんにちは」みたいな雰囲気は出せなくて、しばらく沈黙が流れた。
しかし、わざわざ声をかけてくるぐらいだから、悪い人とは限らない。でもいったいどこから来たのやら、そこそこ深い森の中から現れるなんて、ユウリにとってそいつは怪しい以外の何物でもなかった。

強盗、脱走、いやそれにしてはやはり服がきれいだな……。

一人で悶々と考え始めると、周りのことは目に入らなくなるのは癖だ。

「・・・おい、お前失礼なこと考えているだろ。」

男はいきなり口を開いたかと思うと、腕を組んでじっとこちらに目線をよこしながら、ユウリの心の中を見抜いたかのようにぶっきらぼうにそう言った。

「いや、失礼じゃない、多分」

「多分って、それは考えていたってことと一緒だろ」

男はクスクス笑う。
咄嗟にユウリは嘘をつこうとしたが、ユウリは嘘をつくことが苦手であったことを思い出す。言っていることと顔が一致していないのだとか。
だからユウリが嘘をつくと、嘘はうそにしか聞こえないのだ。男は何が面白かったのか、さらに笑いを強める。

「まあ、俺のことはどうでもいい、ところで、お前はどうしてこんな森の中にいるんだ?」

「そんなこと」と軽い言葉で終わらせるものでもない気がするが、ユウリは早く家につきたいと思っていたので、ひとまず気にすることをやめる。見たところ害のある人でもない。

まあ害があったところでやり返せばいいか。
ユウリは頭で考えるよりも行動するほうが得意だ。
足は負傷しているものの動かせないわけではないし、しっかりと剣は背中にあることを確認する。そう判断するとユウリはいまだ笑っている男に家まで連れて行ってくれるように頼んだ。

「じゃあつまりこまっているということであっているか?」

「ああ!だから手を貸してほしい!お礼はしっかりする!」

困っているって初めから言っているのに聞いてなかったのか?
男は話を聞いていなかったのか腕組みをしながら、頼ってもらえてうれしいとでもいうような顔で言う。
ユウリはその態度に少しイラっとして、叫ぶように男に返事をした。そのうえ、イラっとしたせいもあって普段から釣り気味できついと評される目が少しばかしきつくなってしまった。

変な笑い顔を向けるこの男が自分の表情一つで断るような狭量なやつだとは思わなかったが、いろんな人に関わるほど断られることだって少なくないのだ。そんな風に考えながらこの男と話すのが初めてではないくらい気軽なことに気づく。

―――俺が今までいろいろな人ととってきたコミュニケーションの中でうまくいったものはあったっけ?

近所の女の子に顔が怖いって言われたこともあったし、初対面の人は必ず眉間にしわを寄せてユウリの態度にまず怒りを覚える。つまり俺のこんな顔にも優しく答えるこの男はきっといいやつなんだ。そう自己完結する。

ここで人を逃したらきっとしばらく、もしくは当分来ない。なにせここは人里から少し離れた森の中だ。ユウリは仕方がないので今さっきの態度を改めるべく愛想笑いでもして機嫌を取ろうと決心した。しかし普段から表情筋を動かさないせいか、頬の筋肉を動かすことができない。どんな時も練習が必要だと皆は言うが笑顔の練習なんてユウリはしたことはなくて、咄嗟に頬の筋肉に力を込めた。

人が機嫌悪くなる理由は愛想が悪いからだ。

(俺だっていつまでもむかしのままじゃねえ。ちゃんと笑顔の練習だってしてるし。)

そう思ったユウリの顔は傍から見れば無理に力を入れすぎてこめかみがピクピクしていて喧嘩でも売っているのかと思うような顔になってしまっていたのだが。
男はそれを見ると笑っていた顔をさらに笑いを深めて、ますます大きな笑い声をあげた。

「はははっ!そんなに言わなくてもわかってる、お前を連れて行けばいいんだろ?」

一生懸命なユウリの気持ちが伝わったのか男は、そういうと手を木のほうにかざし、まるで腕のように枝を動かし始めた。

「俺は優しいからな」

木から何本か枝を受け取ると器用にユウリの足に巻き付けて固定した。
どうやらこの男は植物と仲がいいらしい。魔法は大体みんな詠唱するが、得意なものに関しては詠唱をしないでする人もいる。ユウリはこんな風に大胆に魔法を使う人を初めて見た。しかも植物となんて、めったに見れるもんじゃないなと得をした気持ちになった。

男はユウリに手を差し伸べると軽々と背負った。
一応成人した男であるユウリにとって広い背中は何か負けた気がした。