私たちは夕暮れの公園に着いた。
 遊んでいた子供たちは5時の音楽を聴いてあちこちに散らばって行った。
 私と柚月は公園のベンチに腰を下ろした。
「…さっきの、『柚月がお母さんを殺そうとした』って言うのは本当?」
 私が言うと、柚月が首を横に振った。
「…違う。その逆」
「えっ、じゃあ…」
 私は息を呑んだ。
「そう。私の元お母さん…良子は私を殺そうと…いや、虐待をした」
 私は『虐待』と言う言葉にびっくりした。
「え…柚月の元お母さんが…そんな…」
「ほんとだよ、結夏。だから、和彦の言ってることは嘘」
 私は呆気にとらわれながら言った。
「だから、叔母さんのところに逃げてきたの?」
「そうだよ。しかも、お金なかったし」
 柚月はそう言うと立ち上がった。
「私はどんなに荒れた家庭でも、誰になんと言われようと、私でいたい。強くて優しい、自分を持っていたい」
 そう宣言した柚月の背中は、華奢で美しい女の子のものだったけど、そこにはしっかりとした強さが潜んでいた。
「…私も、柚月のようになりたい」
 思わず、本音がこぼれてしまった。
「え?」
「私も、柚月のように、強く美しくありたい。どんな圧力にも押し潰されない自分を持っていたい。どんな時でも、自分を信じていたい…」
 柚月は私の言葉にうなづき、こう言った。
「そうだね。でも誰でも、弱くなる時はある。
圧力に押し潰されて、醜い自分に気づいて、弱い背中を見せてしまうことが、私にもある。でも…」
 柚月はゆっくりと言った。

「自分の醜いところと向き合って、弱いところをそっと撫でて。そうやって人は、強くあれるんだと思う」

 私は柚月の言葉をゆっくり噛み締めてうなずいた。
 すると、頬を美しい雫が伝った。
「柚月、私決めた」
 …私は柚月にそっと宣言をした。
 柚月の笑顔は、全て包み込むような優しい色をしていた。


 ガラリ、ドアを開ける。
 張り詰めた空気の中、できるだけ堂々と美由ちゃんの席に歩み寄った。
 隣には、柚月がいた。
「あのさ、話があるんだけど」
 私の声は、当たり前かのように無視される。
 それでも私は、勇気を振り絞って声を出した。
「ねえ、ちょっと聞いてるの?」
 美由ちゃんが、目を見開いた。
「なによ?気安く話しかけないでくれる?裏切り女」
 私はそれを無視して、大きく息を吐いた。

「私も、このグループ卒業するね」

 美由ちゃんが息を呑んだのがわかった。
「美由ちゃんが嫌いだから。美由ちゃんだけじゃなくて、凛花ちゃんも芽衣ちゃんも大っ嫌いだから。もう話しかけないで。さよなら」
 私はそう言って自分の席に戻った。
 それまでの醜いもう一人の私が、体から消えていくのがわかった。

 たとえ、弱くなる時が来るとしても。
 醜い自分に、気がついてしまう時があるとしても。
 私は、私でありたいから。
 どんな時でも、強く美しくありたいから。
 あの日見た、キミの背中のように。
 弱音を吐いたっていい。
 挫けそうになったっていい。
 そうやって、みんな強い大人になっていくんだ。
 あの日キミが、そう教えてくれたから。