彼女との記憶を思い出していると、いつの間にか日が落ちかけていた。
「そういえば、今日でタイムカプセルを埋めてちょうど十年後か。時が経つのは早いな」
彼女は演奏を聴く楽しさを伝えたいという思いから、世界各地のコンサートをプロデュースする仕事に就いた。世界各地を飛び回っているため、忙しく過ごしていたようだ。なので、十年前の卒業式から今日まで会えていない。連絡も取っていない。果たして、彼女は約束を覚えているだろうか。
「よし、掘り起こしに行こう」
そう思い、あの桜の木の下へ向かう。そして、持ってきたスコップで丁寧に土を掘る。掘り終わる頃にはすっかり日が暮れていた。彼女に悪いと思いながらも、僕一人でタイムカプセルを開ける。彼女の手紙を手に取り、広げた。
『紫朗くんへ
お元気ですか。まず、私の高校生活を輝かせてくれてありがとう。紫朗くんに会えてなかったら、きっと、ただただ過ぎていく毎日に絶望していたと思う。だから、生きる希望を与えてくれてありがとう。そのおかげで、覚悟をもって生きていくことを決められました。きっと、タイムカプセルを開ける頃には私はこの世に居ないと思う。でも、紫朗くんに伝えたいことがあります。十年後も、二十年後も、ずっと、紫朗くんのことが好きです。ずっと隣に居られないことはわかっていたので、この気持ちは永遠にしまっておこうと思っていましたが、無理でした。だから、タイムカプセルの手紙で伝えました。今更言ったって遅いよね。困らせてしまってごめんなさい。でも、死んでも、私は永遠に紫朗くんの心の中で生きているよ。だから、前を向いて私の分まで生きてね。
藤野麗桜』
手紙を読み終わる頃には、涙が溢れて止まらなかった。ずっと背を向けていた現実。彼女は七年前にこの世を去った。僕は、この事実をずっと受け入れずに生きていた。なぜなら、彼女が居ない世界で生きていける自信が無いからだ。でも、この手紙に記されている彼女の意思は『前を向いて、私の分まで生きてほしい』だった。彼女の願いを聴きいれるのが、僕にできる唯一のことだ。彼女は自分の死の運命を受け入れ、毎日を懸命に生きた。だから、僕ももう、現実から目をそらさない。すぐには無理かもしれない。けど、彼女の死を受け入れる。前を向いて生きれる自信は正直、無い。でも、覚悟をもって懸命に生きた彼女が、僕の心の中で生きている。その事を思い出すと、僕も覚悟をもって生きていける気がする。どれだけの時間が経っても、この喪失感が無くなることは無い。でも、桜が散る今日、少しだけ、前を向けた気がする。