藤野さんと出会った翌日、学校に行ってみると、なんと、僕の隣の席に藤野さんが座って読者をしていた。
物凄い神々しさを放っている彼女に、クラスメイト全員…いや、この学校の生徒全員に留まらず、先生までも魅了されていた。
しかし、あまりの美しさに誰も話しかけることは出来ずにいた。
窓際で陽の光が当たっているのもあってか、はたまた彼女の美しさが陽の光を引き付けてしまうのか、彼女の長い絹のような黒髪は陽の光を反射し、艶々と輝いている。伏している目は、長いまつ毛の下にビー玉のような丸い瞳があり、鮮やかな桃色の唇は厚すぎず薄すぎず、上唇と下唇の比は正に黄金比。肌は雪のように白く、本を持つ細長い手はすぐに壊れてしまうような儚さを感じる。
本当にこの世の者かと疑うほどの美貌を持つ彼女の隣に座るのは、心臓に悪い。しかし、もうすぐホームルームが始まるので、席に着かなければならない。
深呼吸をして席に着く。すると、僕の気配を感じ取ったのか、藤野さんは目線をこちらに移した。
「おはよう。紫朗くん。昨日ぶりだね」
「おはようございます。藤野さん」
驚いた。まさか、昨日のことを覚えていてくれたなんて。
挨拶を終えると、藤野さんは再び本へ視線を移した。
その後は特にこれといって目立つ出来事は無かった。何せ、藤野さんの容姿と所作に慣れた人々が彼女の周りにいて、会話をするタイミングがなかったからだ。
彼女が美しいのは容姿や所作だけでなく、勉強も運動神経も性格も完璧だった。彼女に出来ないことなんてこの世に存在するのかと疑うくらい、なんでもこなしていた。そんな彼女が出来ないことを知ったのは、夏休み明けの九月だった。
だいぶ学校に慣れてきた頃、僕は放課後の音楽室で一人、ピアノを弾くのが習慣になっていた。特にやりたいことがなかったので、部活には入らなかった。つまり、暇なのである。どうやって暇つぶしをするか悩んでいた時、ふと音楽室のピアノを思い出した。特技と言えるほどでは無いが、祖父の影響で長年ピアノを弾いているため、今では趣味となっている。家にグランドピアノが無いので、音楽室のグランドピアノを弾きたいという気持ちがあった。少しだけ弾こうと思い、放課後の音楽室にこっそり入った。うちの学校には音楽系の部活が無いので、放課後の音楽室はもぬけの殻だ。見つからないかという不安と緊張の中で弾くピアノは背徳感があり、なかなか楽しかった。しかし、少しのつもりが、いつの間にか日が落ちかけるほど弾いていたため、音楽教師に見つかってしまった。怒られると思いきや、先生は僕の演奏を絶賛した。さらに、放課後は自由に音楽室に出入りしてもいいという許可まで出してくれた。
そして、夏休みが明けた九月。いつも通りピアノを弾いていると、すぐ隣の音楽準備室から物音がした。恐る恐るドアを開けてみると、そこには藤野さんがいた。
「どうしてここにいるんですか」
「準備室に忘れ物をしてしまって、取りに来ていたの。そんなことより、紫朗くん、ピアノ弾けるんだね。すごい」
普段表情があまり動かない藤野さんが、驚いたような表情をしていた。
「小さい頃から嗜んでいて、人並みに弾けるだけですよ」
「そんなことない。演奏を聴いている時、紫朗くんの奏でる世界に吸い込まれていったもの」
「そんなに褒められるほどのものじゃないですよ。でも、そう言っていただけて光栄です」
「ねぇ、毎日放課後に音楽室に来てピアノを弾いているの?」
「はい。そうです」
「それなら、私も毎日音楽室に来て演奏を聴いてもいい?」
「はい?」
「もちろん、演奏の邪魔はしない。ただ、聴いているだけだから。だめ、かな?」
正直、人に聴かせられるほどの演奏クオリティではないので遠慮して欲しいが、他でもない藤野さんに頼まれると、断れない。
「僕のような素人の演奏で良ければ、いつでもどうぞ」
物凄い神々しさを放っている彼女に、クラスメイト全員…いや、この学校の生徒全員に留まらず、先生までも魅了されていた。
しかし、あまりの美しさに誰も話しかけることは出来ずにいた。
窓際で陽の光が当たっているのもあってか、はたまた彼女の美しさが陽の光を引き付けてしまうのか、彼女の長い絹のような黒髪は陽の光を反射し、艶々と輝いている。伏している目は、長いまつ毛の下にビー玉のような丸い瞳があり、鮮やかな桃色の唇は厚すぎず薄すぎず、上唇と下唇の比は正に黄金比。肌は雪のように白く、本を持つ細長い手はすぐに壊れてしまうような儚さを感じる。
本当にこの世の者かと疑うほどの美貌を持つ彼女の隣に座るのは、心臓に悪い。しかし、もうすぐホームルームが始まるので、席に着かなければならない。
深呼吸をして席に着く。すると、僕の気配を感じ取ったのか、藤野さんは目線をこちらに移した。
「おはよう。紫朗くん。昨日ぶりだね」
「おはようございます。藤野さん」
驚いた。まさか、昨日のことを覚えていてくれたなんて。
挨拶を終えると、藤野さんは再び本へ視線を移した。
その後は特にこれといって目立つ出来事は無かった。何せ、藤野さんの容姿と所作に慣れた人々が彼女の周りにいて、会話をするタイミングがなかったからだ。
彼女が美しいのは容姿や所作だけでなく、勉強も運動神経も性格も完璧だった。彼女に出来ないことなんてこの世に存在するのかと疑うくらい、なんでもこなしていた。そんな彼女が出来ないことを知ったのは、夏休み明けの九月だった。
だいぶ学校に慣れてきた頃、僕は放課後の音楽室で一人、ピアノを弾くのが習慣になっていた。特にやりたいことがなかったので、部活には入らなかった。つまり、暇なのである。どうやって暇つぶしをするか悩んでいた時、ふと音楽室のピアノを思い出した。特技と言えるほどでは無いが、祖父の影響で長年ピアノを弾いているため、今では趣味となっている。家にグランドピアノが無いので、音楽室のグランドピアノを弾きたいという気持ちがあった。少しだけ弾こうと思い、放課後の音楽室にこっそり入った。うちの学校には音楽系の部活が無いので、放課後の音楽室はもぬけの殻だ。見つからないかという不安と緊張の中で弾くピアノは背徳感があり、なかなか楽しかった。しかし、少しのつもりが、いつの間にか日が落ちかけるほど弾いていたため、音楽教師に見つかってしまった。怒られると思いきや、先生は僕の演奏を絶賛した。さらに、放課後は自由に音楽室に出入りしてもいいという許可まで出してくれた。
そして、夏休みが明けた九月。いつも通りピアノを弾いていると、すぐ隣の音楽準備室から物音がした。恐る恐るドアを開けてみると、そこには藤野さんがいた。
「どうしてここにいるんですか」
「準備室に忘れ物をしてしまって、取りに来ていたの。そんなことより、紫朗くん、ピアノ弾けるんだね。すごい」
普段表情があまり動かない藤野さんが、驚いたような表情をしていた。
「小さい頃から嗜んでいて、人並みに弾けるだけですよ」
「そんなことない。演奏を聴いている時、紫朗くんの奏でる世界に吸い込まれていったもの」
「そんなに褒められるほどのものじゃないですよ。でも、そう言っていただけて光栄です」
「ねぇ、毎日放課後に音楽室に来てピアノを弾いているの?」
「はい。そうです」
「それなら、私も毎日音楽室に来て演奏を聴いてもいい?」
「はい?」
「もちろん、演奏の邪魔はしない。ただ、聴いているだけだから。だめ、かな?」
正直、人に聴かせられるほどの演奏クオリティではないので遠慮して欲しいが、他でもない藤野さんに頼まれると、断れない。
「僕のような素人の演奏で良ければ、いつでもどうぞ」