土曜日、私は久しぶりに自由気ままに街へ出た。
 あちこちの部活で助っ人や応援団活動をしている私は、土日も学校に行ったり市立体育館へ行ったりしてなかなか忙しい高校二年生なのだ。
 自慢になるが私はいつの間にか学園の顔みたいな存在になっていた。
 運動神経抜群の美少女。座学の成績こそ平均よりちょっぴり下だけれどそれはご愛嬌というものだ。
 そんな私だからこれまで男子生徒から告白めいたことを言われたエピソードは多々ある。大抵が年下の中等部男子で、「ファンです」といった他愛のないものであるのが少々気になるが、まあ仕方がないだろう。
 我が学園は校則で生徒同士の恋愛を禁止している。破ったからといって退学や停学の処分はないけれど生徒指導担当の教師から毎日呼び出されて意味のない話を聞かされるとあっては誰も大っぴらに付き合ったりしないだろう。
 中には校則の網の目をくぐるかのように他校の生徒と付き合う強者(つわもの)もいる。我が学園は比較的裕福な家庭の子女が通う元女子校で、可愛い女子がたくさんいると注目を集めているから他校の男子からの視線も熱い。実際、声をかけられて付き合う子もいる。私にはなかなか声がかからないが。
 それは私がひとりになることが少ないからだと思っていたが友人に言わせると私が高嶺の花過ぎるかららしい。
 単なるリップサービスだと思いつつ私はちょっぴり天狗になっていた。
 しかし声はかからずとも視線は浴びる。ストーカーかと思うくらい後をつけられたこともある。だから私は今日みたいに外をぶらつく時は、虫除け対策として(りょう)を連れていた。
 何だかんだ言いながら(りょう)は、私が誰かにつけられたなどと言うと心配してついてくる。いつも眠そうに瞼が少し落ちていて、喋ると理屈っぽいところを我慢すれば格好のボディーガードだった。なお遼は格闘技は専門外だ。
「ねえこのワンピ、かわいくない?」
「ああ、可愛い服だな」
「これとこれ、どっちが良いかな?」
「どちらも似合うんじゃないかな」
 遼はいつも私の服選びを退屈そうに付き合う。コメントも適当だ。私が何を着ようとどうでも良いのだ。
 そして遼の好みは年上の女性だった。それも颯爽とした極上の美女でありながらどこかドジなところがあるようなタイプに惹かれるようだ。
 服選びをしていて、およそこの手の店には似合わない清楚で物静かな店員がいた。どちらかといえば百貨店の紳士服売り場にいそうなひとだ。
 どこか人と喋るのを苦手としているようにも見えた。こちらをチラチラ窺っていて、あまり無闇に声をかけてはいけないだろうと憚っているようにも見える。少なくともグイグイ来るパリピよりも私は好感がもてた。
 どうせならあの人に服をみたててもらおうかと思っていたら遼が先に声をかけていた。
「おねえさん」ふだん女嫌いで学校でもボッチのくせにこういうときは速い。「この店の服よりもあちらの店のネイビーカラーのニットと黒のタイトスカートに黒タイツの方がシックでおねえさんには似合っていると思いますよ」
 店員だからかもしれないがその人はこの店のキャピキャピしたティーンが着るような明るい色のミニワンピを着ていた。それよりも別の店の服が似合うと遼は言ったのだ。
 確かにそうだがそれをここで言うか?
 おねえさんは顔を赤らめてドギマギしていた。「わ、私のことよりも彼女さんに似合うのを探しましょう」
「彼女? こいつは彼女じゃありませんよ」
「え、ええ?」
 私はとても恥ずかしくなって遼を店から引っ張り出した。
「何だ、(せい)。もう良いのか? それとも次の店に行くのか?」
 すでに私たちは人目を集めていた。
 確かに遼は虫除けには適しているが人目を引きすぎる。男のくせにその美貌は私の上をいくのだ。見方を変えれば遼の虫除けのために私がいるとも言える。
 疲れた格好で、とぼとぼ歩き、瞼が半分落ちたくらいでちょうど良いイケメンに見えるような美貌だった。
「年上の女性に目がないんだから」
「あくまで鑑賞の対象になりうる人に限る」
 私はへそを曲げて先を歩いた。しかしひとりで歩いたりすると面倒なやつに出くわす。
「可愛い彼女、どこ行くの?」と声がかかった。
 見るからに軽薄そうな茶髪男で私は思わず苦笑いした。それがそいつには微笑んだように見えたようだ。なんて自分勝手な性格をしているのだろう。
「見ない顔だね。良かったら案内するよ」
「結構です」
「遠慮するなよ」
 手をつかまれると思ったら遼が割り込んでいた。
「妹に何かご用で?」
 うは、そこは「俺の彼女に手を出すな!」だろうが。本当のことを言ってどうする。
 遼と私は双子の兄妹だった。二人揃って歩くと知らない人間には美男美女のカップルに見える……はずだ。
 おっちょこちょいの私に比べて頭脳明晰な遼は聡明さが滲み出ていて美貌に磨きがかかっている。眠そうな目がぱっちり開いたら女子どもは揃って失神するだろう。
「君、この子のお兄さん?」少し戸惑いつつも茶髪の兄さんは遼に訊いた。「妹さん、可愛いね。紹介してくれないかな」
「こいつはこんな姿(なり)してるが家ではポンコツだ。飯もろくに作れないから俺が毎日作っている。勉強もできないから俺がみている。すぐに眠くなるから暇さえあればヘソ出しで寝ている。夜には歯ぎしりがひどくて……」
 私は飛び上がって遼の頭を思い切り張り倒していた。
「いて! 何するんだよ」
「どの口が言うか!」
 路上で喧嘩を始めた私たちに呆れたのか茶髪男はどこかへ消えた。とんだ虫除けスプレーだ。
 しかし視線は絶えない。その中にはずっと前からしつこくつきまとう視線もあった。そしてその主が近寄ってきた。
 市内にある進学校の制服を着ていた。ネクタイも几帳面にしめて好感がもてる。こうして向き合ってみると、ちょっと良い感じの男の子かなと私は思ってしまった。
 するとその子が頬を少し赤らめて懐から封書を取り出した。これってラブレターなの?
 残念なことに私はその手のものをもらったことがない。さすがに進学校の男の子ともなると伝統を重んじた王道の告白を行うのかと私は感激してしまった。
「あの!」男の子が両手で手紙を持ち寄ってきた。
「何か?」遼が私の前に立つ。「俺の妹に用があるのか?」
 それ以上喋るな。
「ずっと好きでした。僕と付き合って下さい」
 男の子は遼に手紙を差し出した。そして涙目で遼を見つめた。
 そっちかい!
 私は勝手に舞い上がっていた自分が恥ずかしくなった。
「え、俺?」遼の膝が折れた。そしてゆっくりと私を振り返る。
「良かったじゃない。しっかりと受けとめてあげなきゃ」
 私は目を細め、にっと笑った。
 私は遼を置いて歩き出した。
 実に有意義な休日だった。
 そう思うことにした。