「また会えたね」と彼はにっこりと微笑む。
 確かに今日二度目だが「会えたね」というほど大袈裟なものでもなかろう。
 私は笑顔を返したがひきつっていない自信はなかった。
 高校二年生の新学期初日、私は二年H組の教室にいた。
 一学年八クラスあるから(りょう)と同じクラスにならなかったことはまだ納得できる。
 そしてまた気軽にお喋りできる友人がこのクラスにいなかったことも諦められるだろう。
 しかしこの男の挨拶を毎日受けとるのは気苦労が絶えない。学園の貴公子を自認する星川漣(ほしかわ れん)と同じクラスになってしまったとは。
 彼のファンには彼のまわりに咲き乱れる薔薇が見えるらしい。
 出くわす女子一人一人に彼は笑みを向け、時には首をわずかに傾げ、そして時には投げキッスを放ち、誉め称える。それが星川漣(ほしかわ れん)の日常だ。
 しかし私は去年この学園に入学して一月もたたないうちにうんざりしてしまった。
 彼の所作にはまるでリアリティがない。一部のファンにはフェミニストに思える彼の行いは全て嘘で固められている気がする。同学年の女子の大半は私と同じ思いだろう。
 だから誉められて悪い気もしないと割り切ることができる女子は適当にあしらっている。私もそうだった。
 それが同じクラスになったとしたらどうなっていくのか?
 悪い想像しかできない。
「運命を感じるよ」は? 何が?
「僕と君が同じクラス。しかも二年H組だなんて!奇蹟だ!」
「あの、そうなのかな?」私はぴくつく目を細めて訊いた。
「だってそうじゃないか。香月星(かづき せい)さんの『星』と僕星川の『星』、そしてH組。これからこのクラスは『星組』と呼ぼう」
 はああ?
 貴公子の提案は困惑の渦の中を確かにめぐり、そしてそのまま定着してしまった。
 かくして二年に歌劇団のごときクラスが誕生することとなった。
 ちなみに隣のG組は「げんき組」と名乗っている。おかしなクラスはうちだけではなかったようだ。

 そして一週間が過ぎた。
 友達ができるか不安を感じた私にも三人の友人ができた。
 私は誰とでも「おはよー」と挨拶できる陽キャを演じているが、実は本音を語れる友だちは少ない。広く浅い付き合いがすっかり定着してしまっていた。
 私には天から与えられたルックスの良さがある。
 私が愛嬌を振り撒くと男子たちは目を輝かせて寄ってくる。
 そういうのは期待していないのだけれどね。それにこれ、本物の私ではないから。
 ほんとうの私を知ったら皆私から離れていくに違いない。受け入れてくれるのは生まれたときから一緒にいる遼だけだ。
 そしてまた私に寄ってくる女子の多くは私より美貌の(りょう)が目当てだった。
 このクラスで初めてできた三人の友だちは確かに遼に興味津々な態度を隠しはしなかったが、実はポンコツの私を温かく見守ってくれる子たちだった。
 彼女たちの前では私は素になれる。だから私はグラウンドの隅で三人とダベっていた。
「お腹空いたよう。低血糖で寝てしまうよ」
「さっきも寝てたじゃない」
「何かお菓子とかないの?」
「さっきあげたクランチが最後だったよ」
「ひもじい」
「それだけ食べて太らないのは羨ましい」
「体質なんだよ、きっと」
「にしてもその格好、いくら短パンはいてるからって大股開き。男子が幻滅するよ」
「ダメなの?」
「星は学園の顔だからね」
「そんなことないよー」
 この三人の前ですっかり弛むのが私の息抜きになっていた。
 この姿を見ても彼女たちは私を受け入れてくれる。だから私も安息の時を堪能できるのだ。

 その時なぜか風がそよぎ、そしてキラキラした花びらが舞った気がした。
 私は顔を上げる。
 その私を見て三人も私の視線の先を見る。
 そこに「王子」がいた。
 いや王子に見えたのは一瞬だけだ。不覚!
 髪をかきあげる仕草がわざとらしい彼は紛れもなく星川漣だった。
 彼はいつもの微笑をたたえていつもの挨拶をした。
「また会えたね、ビューティフルガールズ」
 だからそれ止めてって。
 彼のまわりに薔薇の花が咲いているなんてあり得ない!
 私は強ばった笑みを返した。
「うん、また会えたね……」
 風がまたそよいだ。