図書室の臭いは好きじゃなかった。
 埃と紙が生み出すのだろうか? 古めかしい空気がこもったような独特の臭い。

 そんな臭いの満ちる図書室の窓側の席で、私は欠伸をかみ殺した。

 高校三年生の三学期に図書委員をしたからか、今ではその香りがしっくりなんとも心地よく、懐かしい。

 十七時を告げるチャイムが聞こえて、私は開いていた読みかけの本をパタンと閉じた。最後まで読めなかったのが少し心残り。図書館で借りようかな。

 本を元の場所に戻そうと背伸びして、私はなんとなく後ろを振り返ってしまった。
 私、早瀬夕璃の身長は百四十八センチと低い。
 図書委員の仕事で本を直すのに苦労していると、時々後ろから手が伸びてきたのを思い出した。背の高い男子だった。はにかむような笑顔が視界に入るのは一瞬で、すぐに彼は立ち去ってしまうのだった。知らない男子ではなかったと思う。でも、結局お礼を言えないままになってしまったな。

「夕璃!」

 親友の一条 茜が図書室に入ってきた。

「図書委員てまだ仕事あったの?」
「仕事はもうないよ。もう一、二年生に仕事は引き継いでる。今日は私が最後だから鍵を閉めるだけ」
「そっか。それで持田君はいないのね」
「うん」

 持田君は三年生のときの同級生で、図書委員を一緒にしていた男子だ。

「それにしても図書室苦手だって言ってた夕璃がここの常連になるんだもんねえ」
「そうだね。長く過ごした分、愛着が湧いたのかも」

 図書室のドアを閉めて私たちは並んで歩き出す。うす暗い廊下に私たちの足音が響いた。茜が窓の方を見た。

「今日は曇ってるけど明日はどうかな?」

 明日は私の通う私立春之宮高校の卒業式だ。

「晴れるといいね」

 私が返すと、

「晴れてもらわなくちゃ!」

 と茜は笑った。
 明日、きっと茜は金井君と帰るんだろうな。
 ちょっぴり寂しくはあるけど仕方ない。
 明日は特別な日なんだから。