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二〇二三年十二月三十一日、午後四時半。
日没を前に栗丘たちが集まったのは、警視庁本部庁舎の前だった。
「うん。やっぱり、ここだけあやかしのニオイがとんでもないことになってる。『門』が開くのはここで間違いないよ」
マツリカが言った。
彼女はいつものパンク系ファッションの上から大きめのパーカージャケットを羽織っており、その内側には御影から渡された防弾チョッキが仕込まれていた。
「ありがとう、マツリカ。君を巻き込むのは不本意なんだけれどね」
掠れた声でそう弱々しく言う御影はまだ本調子ではなく、自力で立ち上がることもできないため、車椅子に身を預けていた。
「一番死にかけてる奴が何言ってんの? ていうか、こんな時まで仮面を被る必要ある? あんたの素顔はもうみんな知ってるのに」
彼女の言うように、御影はこの期に及んで狐の面を顔に貼り付けていた。
「だって気味が悪いだろう。体はどう見ても初老の男なのに、首から上だけは二十年前から何も変わっていないんだ。……あの事件で、門の向こう側からの干渉を受けたこの顔の皮膚は、当時のまま時間が止まってしまっている。どうせ奇異な目で見られるのなら、ふざけた面でも被っていた方が無難だよ」
門の向こうにある『あちらの世界』では、時間の流れがこちらとは異なるらしい。
その影響を受けた御影の顔は、当時負った傷とともに不変のものと化してしまったのだ。
しかしそれを抜きにしても、もともと女顔がコンプレックスだった御影は面を被ることを好み、素顔を隠すことで他者との会話が良くも悪くも適当になった——というのは、平泉からの評である。
「そういうわけだから、栗丘くん。君の父親も、おそらくは二十年前から姿は変わっていない。十年前もそうだったからね。私と違って全身に影響を受けている彼は、君の幼い頃の記憶に残る父親そのものだ。そんな彼を、君はためらいもなく撃つことができるのかな?」
御影は車椅子に腰掛けたまま、首だけを振り向かせて背後を見る。
すぐ後ろに待機していた栗丘と絢永はいつものスーツ姿だったが、腰に提げたポーチにはありったけの弾倉を詰め込んでいた。
「できます。きっと本人だって、それを望んでいるでしょうから」
「そうだね……。憑代となった彼の原動力である『恨み』の心も、きっと本人が正気なら否定したいだろうから。わざわざこの警視庁舎で門が開こうとしているのも、彼の意思が影響しているのかもしれない」
敷地の周りには他部署から応援で駆けつけた警察官たちが配置されているが、残念ながらあやかしを見ることのできない彼らは戦力外である。
もしも結界を破られれば、どれほどの被害が出るかはわからない。
「日の入り予定時刻まで、あと五分です」
絢永が腕時計を確認しながら言った。