人から見た目で判断されるのが嫌いだった。
——いやぁ、すげー美人さんだなぁ。今年の新卒で入って来たんだって? うちみたいな部署に配属されたら婚期が遠退いちまうぞ。なんつってな! ……え、何だって。女じゃなくて男? またまたぁ。そんな冗談が通るわけないだろ。
初対面の人物には大体同じような反応をされる。
こちらの顔を見て、一目で男だと判断できる人間はほぼいない。
二十年前。
警察学校でのカリキュラムを終え、新しい配属先へと顔を出した御影京介に対して、出迎えた先輩警官の反応もまさにこれだった。
性別を、あきらかに勘違いしている。
——おい栗丘。そいつはれっきとした男だぞ。間違えるなよ。
『栗丘』と呼ばれたその先輩警官は、後方から届いた上司の声に振り返る。
——え? はっ? なに言ってるんですか。冗談きついですよ。だって、こんな綺麗な顔した男がどこにいるっていうんですか。
——まさに目の前にいるだろ。そいつは御影京介。院卒の一発合格だから、年はお前とそう変わらないはずだ。ちなみにキャリア組だから階級はお前より上だぞ。覚えとけ。
見た目に反して名前はいかにもな男性名なので、フルネームを聞けば大抵の人間が驚く。
この栗丘という男も例に漏れず、上司の言葉に半信半疑といった様子でこちらの顔をまじまじと眺めてくる。
——御影京介です。よろしくお願いします。
そう最低限の挨拶を口にして頭を下げると、半ば呆然としていた栗丘はさらに驚いた顔をして、
——うわ。声、低っ!
と、遠慮のない感想を述べた。
正直言って、第一印象は最悪だった。
人を見た目で判断する上にデリカシーもない。
勉強もあまり出来る方ではないくせに、一丁前に結婚はしているようで、妻子の惚気話を職場で堂々と披露するような男だ。
こんな人間とは絶対に仲良くはなれないと、若き日の御影は思った。
それが、二〇〇三年の秋。
今から二十年前の、栗丘瑛太との初めての出会いだった。
◯
真夜中の病院は静かだった。
どこの部屋も照明は落とされており、廊下にある非常灯だけがぽつりぽつりと寂しげに点灯している。
薄闇の中、栗丘と絢永の二人は休憩所の長椅子に腰を下ろしていた。
同じ一つの椅子を使用してはいるが、それぞれ端と端に座り、間に出来たスペースが互いの今の距離感を表している。
この数時間、会話は一切ない。
一体何からどう話せばいいのか、栗丘はわからずにいる。
おそらくは隣で黙ったままの絢永もそうだろう。
それに何より、今は御影のことが心配だった。
あの小会議室で、栗丘を庇って銃弾に倒れた御影。
撃たれた背中からは止めどなく血が流れ出し、赤く染まった手のひらで、彼は栗丘の頬に触れて言った。
——君は……私の大事な、相棒の息子だからね。
思い出す度に、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
今まで散々こちらのことを振り回してきたくせに、あんな場面であんなことを言うなんて。
一体どういうつもりなのか、皆目見当もつかない。
やはり彼の回復を待って、本人から直接説明してもらうしかない。
そのためにも、彼には無事に手術を耐え抜いてもらわなければならない。