「もっとも、最初から私の話を聞きたくないのであれば、無理に聞く必要はないよ。真実を追い求めることだけが正解ではないという場合もある。この世の真実なんてロクでもないものばかりだし、知らない方が幸せなことだってたくさんある。夢や憧れ、美しい思い出なんかを余計な真実で汚されたくないという人もいるだろう。都合の悪いことから目を逸らすのも、健全に生きる上では大切なスキルだからね」
「俺は、目を逸らしたくなんかないんです!」
栗丘が声を張り上げると、途端に黙り込んだ御影は、キュー太郎の頭をゆっくりと持ち上げて、栗丘の顔をじっと見つめた。
「俺は真実が知りたいんです。都合の良い嘘なんていりません。たとえ、どれだけ認めたくない真相がそこにあったとしても……受け入れなきゃいけないと思ってます。でないと俺は、俺の両親と本気で向き合えていない気がするんです」
そこまで聞き終えてから、御影はふふっと鼻を鳴らすように笑った。
「本当に君は、父親に似てまっすぐなんだね」
「え?」
「わかった。君の覚悟を確認したから、私も話すよ。心の準備はいいね?」
最後の確認といわんばかりに改めて問われ、栗丘は思わず息をのむ。
「は……はい!」
栗丘の威勢の良い返事に、御影の操る白い獣は、こくりと一つ頷いてから言った。
「単刀直入に言うと、君の父親はまだ生きている」
「…………は?」
のっけから想定外の言葉が飛んできて、栗丘は思わず固まった。
「生きてる? 俺の、父さんが?」
「そう。生きている。けれど、この世にはいない」
「ん? え? この世にはいないって、それって、死んでるってことじゃ……?」
混乱する栗丘を宥めるように、キュー太郎はテーブルから栗丘の膝に飛び移ると、後ろ足だけでその場に立ち上がってじっと見つめてくる。
「まだ死んでないよ。こちらの世界にはいないだけで、彼はあちらの世界で生きている」
あちらの世界、という呼び名を聞いて初めて、栗丘はハッとした。
「二十年前、君の父親は例の巨大なあやかしと対峙し、敗北した。死は免れたものの、あやかしに憑かれて憑代と化した彼は、そのままあちらの世界へ連れて行かれてしまったんだ。……そして十年前、彼は憑代として、再びこちらの世界へと戻ってきた。この意味がわかるかい?」
十年に一度現れる、強大な力を持った恐ろしいあやかし。
その憑代となった人間の取る行動といえば、考えられるのは一つしかない。
「……まさか」
わずかに全身を震わせる栗丘に、御影は真実を語る。
「十年前に絢永くんの家族を殺したのは、君の父親である栗丘瑛太なんだよ」