「白姫、ちょっとええ?」
 聖花は大学の課題を終えて一休憩取っていた白姫に、そっと声をかける。
「どうしたの?」
「聞きたいことがあるんやけど……ええ?」
「智慧の家系に生まれた女が、どうして戦っているのかって?」
「⁉」
 今から聞こうとしていたことを言い当てられ、聖花はおとぼけ顔を晒す。


「白凪が話していたことは、ぜ~んぶ聞こえていたもの。全く! 白凪のお喋りさんなんだから」
「智白さんと言い合っていたのに……」
「誰と何を話していても、周囲の音や匂いとかの気配は把握しているし、センサーを働かせているわ。敵はいつ何処でどう攻撃してくるか分からないもの」

「そう、なんやね。凄いな」
「人を感心するばかりじゃ駄目よ。聖花にもそうなってもらわなきゃ困るわ」
 白姫は先生が生徒に忠告するように言った。
「さ、最善を尽くします」
「よろしい」
 白姫は大きく頷き、ふふふと微笑む。


「それで、何故私が戦っているのか、だったわね」
「うん」
 聖花は白姫が話してくれるであろう話に、引き続き耳を傾けた。


「智恵の家系に生まれた私は、蝶よ花よと育てられたわ。特にパパは俗にいう、大和撫子のような娘に育て上げたかったみたい。それと、優秀な知恵を持つモノとして。パパは智慧の家系の中で、トップに君臨している人だから。一人娘の私は、後継者問題も含めて、色々叩きこまれてきたのよ」
「智白さんってそんなに凄い人やったんや。あ! いや、凄くない人やったとは思ってないんやけど」
 聖花は慌てて顔の前で両掌を、左右にブンブンと振りながら、言葉を補足させた。
「言葉の意味を分かっているから大丈夫よ。そんなパパだから、長は白様の右腕にしたのよ。半端な人では成り立たないもの」
 と、白姫は首を竦めて見せる。
「よかった。そうやんなぁ。あの恭稲さんの右腕やもんな」
「えぇ。力の家系に生まれたモノを守護するモノは、智慧の家系に生まれ育ち、そこでトップになったモノになるというのが、古来からの決まりなのよ」
「ということは、白姫はほんまにお嬢様の家系やったってことやね」
「残念なことにね」
 白姫はげんなり顔で首を竦める。


「それは、残念なことなん?」
「私からすればよ。智慧の家系に生まれた女性は、清く正しく、しなやかに慎ましく、男性を三歩後ろから支える存在。けして男性より前に出てはいけないし、男性より強くなってはいけない。その為に、護身用の武器しか持ってはならない。ましてや、武器を振り回して戦うことなど論外。産まれたモノの特性や性質や想いを無視する、古い考え方よ」
 微苦笑を浮かべる白姫は、小さな溜息を溢す。


「それなのに、どうして武器を?」
「私には、強くならないといけない理由があった。成し遂げたいことがあったから」
「聞いても大丈夫?」
「えぇ。白妖弧の世界でも、半妖弧に寛容なモノとそうじゃないモノがいる。権力が持つモノや長年生きているモノ達が、そういう傾向にあるわ。それで、白樹は幼い頃からイジメの標的にされていた。それを守っていたのが、パパや白様よ」
 聖花は相槌を打つように控えめに首を上下させ、白姫の話に耳を傾け続ける。


「そして私は、より権力を持ちたいごく一部のモノ達から、パパの娘であることを理由にやっかまれ、イジメの対象になっていた。幼い頃はそれに屈して生きるしか出来なかった。だけどずっと、権力に立ち向かうだけの強さを欲していたわ。
 女性は慎ましく、戦闘能力よりも良き知恵を身につけ、男性を支えるべきだと言う周りの常識や、一般論ばかりを口にするモノ達を理解できなかった。同じ血統が流れる白樹を初めとする半白妖弧達を、のけ者にする理由もね。
 だから私は、それらの意見を述べるモノ達を跳ね除け、ただひたすらに強さを求め、修行を重ね続けた。そのおかげで、里の女性の誰よりも強くなった。
 周りより力がないなら、その分の知恵や瞬発力を身につければいい。男性の特性を生かした戦い方が出来ないのなら、女性が持ち得る視点や、繊細さや、協調性。受容能力を生かした戦い方もあるはずでしょ? 男とか女とか、純血とか半白妖弧だからとか関係ない。私は私がありたい自分で生きてゆきたいだけよ。そして、皆がありたい自分で生きてゆける世界を作っていきたい。
 だからまずは、知の家系かつ女性であったとしても、ココまで来ることが出来ると示せる先人になろうとした。先人がいれば、あの子が出来たのだから、私にも出来ると言う気持ちがわく。色々な希望が持てる――!」
 歩んできた追憶を思い超すように話していた白姫は、聖花の顔を見てギョッとする。


「ちょ、なんで泣いているのよ⁉ しかも号泣ッ?」
 白姫の言葉通り、聖花は突っ立ったまま、ボロボロと涙を溢し、ずぴずぴと鼻水を啜っていた。

「だって、凄い話し過ぎて……ずずっ」
 聖花は話し終える前に鼻水が落ちそうになり、自らの力で鼻水を啜って元に戻す。品性の欠片もない。

「き、汚い。もぉ~、鼻水くらいちゃんと噛みなさい! 涙も拭って」
 白姫は苦笑いを浮かべ、勉強机の上に置いてあった筒状のティッシュケースから何枚かティッシュを取り、聖花に手渡した。

「ぁ、ありがど~ゔぅ」
 聖花は濁点が多めのお礼を言いながらティッシュを受け取って、涙を拭い、鼻水をずぴーっと噛んだ。
 白姫は苦笑いを浮かべながら、聖花の目の前にダストボックスを差し出した。

「何から何までおせわになりまず」
 と言ってティッシュを捨てる聖花の鼻先は赤い。
「聖花って泣き虫よね」
「愛莉にも言われた」
「そっか。皆が公認なものなのね」
「そないなことに公認されたあらへん」
 聖花は幼子のように不貞腐れる。
「まぁまぁ。良いじゃない。それだけ純粋だってことでしょ? それに、泣けることはある種の強さよ」
「どこがよ?」
 聖花は幼子が拗ねるように、口を尖らかせる。
「自分の感情を受け止め、感情を外に出したり、他人に晒すことは強い人がすることよ。その感情が繊細で綺麗なものであればあるほどにね」
「……私は、白姫のような強さが良い」
「なら、修行しないとね」
 白姫はそう言ってウィンクをした。


「白姫は先人になるため戦い続けて、修行を続けていて、へこたれることはなかったん? だって、最初は味方も、そんなおらへんかったやろ?」
「そりゃぁ、何度もへこたれたわよ。力の家系のモノ達からボロボロにされる日々。家族や同族家系の当たりも強かった。友であった白樹は、姫は姫らしくしていちゃいけないの? ボロボロになることないんだよ。どうして自らハードな道を選ぶの? 姫が傷つくのは見ていられないよ。僕がどんなに力を得ても、純血白狐達には勝てないし、姫を守ることは出来ないんだよ。とかなんとか言われちゃうし。他の知の家系の男性からは、やっかみにあうし。だけど、白様は、白様だけは、初めっから味方でいてくれたのよ」
 白姫はそう言って微笑む。
「恭稲さんが? 智白さんじゃなくて?」


「えぇ。パパは女性に武器なんて持たせたくないモノよ。それが娘であれば尚更ね。だけど、白様がパパに言ってくれたの。『子供の人生は子供のモノだ。例え血を分け合ったもの通しで在ろうとも、けしてコントロールは出来ない。そうなって欲しいと思うのは親のエゴで、子供を一人の人間として尊重していない。

 子供は親の言いなりになるものではないし、親も子供の言いなりになるものではない。人は一人一人の世界を持ち、人生を生きている。いかなる理由が在ろうとも、自分以外の世界を自分の物にすることは出来ない。それが宇宙の通り。

 子を一人の存在として受け入れ、尊重してみろ。この世で一番強い絆は“信じる”ことと思わぬか。我が子を信じ、好きなようにさせるがいい。何より、我が子を信じた自分の選択を信じることだ。それで子がどうなろうと、それは子の責任だ。その者の持つ世界で起きたことだ。親は子をサポートは出来るが、それも一生は続かぬ。子の自立精神が芽生えた時から、子が持つ船は動き出している』ってね」

「相も変わらず凄いね」
「うん。一見無責任で冷酷にも聞こえるけど、白様は全てのモノや者達を、一人の存在として受け止めているの。だから、他者に介入しすぎることもないし、介入させることもしない。パパには親のエゴを捨てて、私を一人の存在として認め受け入れることで、子離れさせようとした。
 私には、私がどんな選択をして、どう行動しようとも、親が全ての責任を取ってくれるわけではない。自分の世界では自分が航海士であり、舵をとるものであり、キャプテンで在らねばならない。それが、自分と自分の人生に責任を持ち、信じるということだと言われているように感じたわ」

「な、なるほど……」
 聖花は白の放った言葉達に圧倒されたように、どもりながら頷く。


「それと、私が知の家系のモノ達からイジメに合い、力の家系の純血白妖弧達や同族家系のモノ達から傷めつけられ、身も心もボロボロになっていたとき、白様が救ってくれた。私を傷つけていたモノ達を蹴散らし、そのモノ達にこう言ったの。
『嫉妬ややっかみほど、無駄なエネルギーを流失させているものはない。その感情を抱くというのは、己もそうありたい。そうあれる。と心中で思っているからだ。白姫に無駄な時間を費やすくらいなら、本当にありたい己のために時間やエネルギーを使えばいい。

 自分の力や権力を誇示するためだけに戦うもの、己のためだけに、己の力を振るうもの、意味もなく戦うもの達は、強い意志を持ちて進んだものの上には立てぬ。例え、力で白姫に勝利したところで、それは本当の勝利にもトップの座に君臨しているとも言えぬ。人は独りだけではどうにもならぬときがくる。自分の力におごり過ぎるな。そして、白姫を甘く見ぬほうが身のためだ。白姫はいずれ、大きく化けることになるからな』

 そう、言ってくれたの。あの時の白様の背中や言葉は、本当に頼もしくて心強くて、カッコ良かったわ。白様の言葉があったから、私と私の未来を信じてくれる白様がいてくれたから、独りぼっちじゃなかったから、私は私の信念を貫き通し、ココまでやってこれたの。けして独りぼっちでは無理だったわ。

 だから、白様には本当に感謝しかない。なんだかんだ言いながらも、私を認め、私を信じ、家族の中で一番に信じてくれていたパパにもね。だからこそ、私に出来ることがあるのなら、白様の力になり続けたい。

 それと、聖花を独りにはさせないし、独りで戦わせない。私は聖花と聖花の未来を誰よりも信じ、サポートしてゆくと決めているの。私は私の船しか操縦できない。それは聖花も同じことよ。だけど、私達は友であり、仲間にはなれるから。友として、仲間として力になることは出来るから」


「しらき~。ながぜんといでよ~」
 聖花は白姫の言葉に、新たな涙をボロボロと溢す。
 白姫はしょうがない子ね、とでも言うようにティッシュを手渡し、赤子をあやすように聖花を抱き締め、優しく背を擦り続けるのだった。