深夜一時半――。
「白様、少しお時間よろしいですか?」
「嗚呼」
仕事に取り掛かる準備をしていた白は、視線をパソコンのモニター画面から智白に移す。
「碧海聖花の基礎戦闘能力を約二ヵ月程磨いてきましたが、我が身を自分で守り続けられるほどの実践能力は、まだまだ乏しいです。そこで、私どもの里、人里離れた森の奥にて、本格的な実践練習に移りたいと考えているのですが、いかがいたしましょう?」
「嗚呼、それで構わない。ただ大事にはするな」
「承知しています。では、明日から本格的な実践練習始めたいと思います」
「嗚呼」
真夜中に二人がそんなことを話していることなど知る由もない聖花は、自室のベッドでスヤスヤと眠っていた。
翌日――。
「ここは?」
白姫に連れられてきた地へと降り立った聖花は、共に来ていた智慧 白に問うた。
「深き闇夜が包みしとき、我らと縁を結びたき者よ。朱の龍の背中に乗せられしとき、我らとの道は開かんとす、深き闇が終わりを告げたとき、我らとヒトが繋がる道は、閉じられ続けたし」
「?」
「ここは我らの里より、少し離れた場所。まぁ、詳しい場所まで知らなくとも良いでしょう」
智白は頭の上にクエスチョンマークを浮かべている聖花に、補足でそう言葉を付け足した。
「……そうですか」
「大丈夫よ。必要な時は、私がいつでも連れてきてあげるから」
どこか腑に落ちないような相槌を打つ聖花に対し、白姫は明るい口調でそう言いながら、胸元に右手の平を当てる。
「白姫、軽率なことばかり言うものではありませんよ」
「ほんっとお堅いなぁ」
水を差されたように感じた白姫は、また父親の小言が始まったとげんなり顔だ。
「そちら側が軽すぎるんでしょう」
「柔軟性があると言って」
「物は言いようですね」
「……」
また小競り合いのコミュニケーションが始まったと、時が過ぎ去るのを待っていた聖花の耳に、新たな声が響く。
「白姫殿。智白殿」
少し幼さの残る声を響かせ、白髪の長い髪を揺らしながら、少女がこちらへかけてくる。
「白《しら》凪《なぎ》!」
白姫は嬉しそうに少女へ駆け寄り、勢いよく抱き締める。
「お久しぶりございます。里を出て年月が経っておりますが、お元気にしておられましたでしょうか?」
白凪と呼ばれる少女は、懐かしそうに目を細める。
白姫を映す光沢のある紫色の瞳は、スギライトを彷彿とさせた。
重めの前髪と胸下あたりまで伸ばされたストレートの白髪は風が吹くたび、サラサラと泳いでいる。
困り眉気味の眉と、ぷっくり二重が相まり、少し頼りなくも柔らかな優しさを感じさせた。
「もちろん。元気にしていたわよ。白凪も元気にしていた? いつの間にか天狐になってて驚いたわ」
「それは良うございました。私も元気にしておりました。私も三ヶ月前にようやっと、天狐の仲間入りを果たしたのでございます」
「そっかぁ。おめでと〜。可愛いく変化出来ているじゃない。変化があれほど苦手だと言っていたのに、凄いわ。随分と修行を積んだのね」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「懐かしまれているところ悪いですが、話しはそのくらいに」
智白は両掌通しを二回叩き、二人の話を止めた。
「白凪を呼んだのはパパ?」
「えぇ」
「ご無沙汰しております、智白殿。その後、お変わりなく?」
「えぇ。今日はありがとうございます」
「それは何よりでございます。そちらにおりますモノが、例の?」
「えぇ。碧海聖花。半黒妖狐ですが、凶暴さや横暴さは微塵もありません。自身の優しさで、自身を喰らうような性質の持ち主ですので、どうぞご安心を」
「さようでございますか」
白凪は智白の紹介に頷く。
散々な紹介をされた聖花は苦笑いを浮かべるが、それを否定することはなかった。どの言葉も嘘ではないし、自身も同感する所があるため、否定する言葉がないのだろう。
「えっと、初めまして。碧海聖花です」
聖花は白凪にペコリと頭を下げる。
「あい。私は白凪と申します。気軽に、白凪とお呼び下さい」
そう言って白凪は聖花に左手を差し出す。
「こちらこそ」
聖花はなんの疑いもせず、素直に白凪の左手に自身の右手を重ね、握手に応じた。
「痛っ⁉」
手の平にチクリとする痛みを感じ、聖花は慌てて自身の手を自分の元に引き戻す。掌を確認すれば、小指と薬指の下に、針で刺されたような赤い斑点ができ、そこから血液が細い糸を垂らしていた。
「ど、どうして?」
聖花は意味が分からないとばかりに、視点をさ迷わせる。
「貴方の判断能力と冷静さの乏しさが原因です。マイナスです」
「?」
「誰であれ、初めて出会う相手にはあれほど気をつけなさい、と教えたはずですよ」
「ぇ……敵、ですか?」
「敵か味方かと問われれば、味方です。ですが、敵に敵ですかと聞いて、おいそれと、私は敵ですよ。と答えるはずがないでしょうに。発する言葉達にもよくよく気をつけることです。更なるマイナスですね。先が思いやられます」
「パパ~。聖花をそんなにイジメないでよ。純粋で正直者の所が聖花の良い所じゃない」
白姫は手厳しすぎる父親に、すかさずフォローをいれる。
「その良い所とやらで命を落とすことになってもいいと?」
「命を落とすのは困るわよ。ありえないわ。だけど、そうならないように私達が傍についているんでしょう?」
「私達ばかりを頼るだけの姫君状態では困ります。もっと成長してもらわないと、この先の未来がお陀仏状態です」
「聖花殿、こちらへ」
白凪は小競り合いを始める二人の元から少し離れ、聖花を手招きする。
「……」
聖花は先程のことがあるため、おいそれと誘導に応じることを躊躇する。
「私はもう、聖花殿に危害を及ばせることはいたしませぬ。ですが、恐れるのならば、武器を手に」
白凪はそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。
智白と白姫は未だ小競り合い中だ。
「……。解」
しばし考える聖花はネックレスを外し、親指と人差し指と中指、塩を一つまみ。のような形で峰を握って、そう唱える。
金属だったはずのネックレスは一瞬で白く発光し、本物の長刀へと姿を変えた。
デザインは何一つ変わらぬままだが、峰以外の部分が一般的な日本刀より幅が広い。小顔の聖花が横を向けば、刀の部分に隠れることができる。
聖花はいつでも戦闘に入れるようにして、おずおずと白凪の傍に歩み寄った。
†
「聖花殿。先程は失礼した。私の指先に針を仕込ませ、聖花殿に握手を求めるよう、智白殿から指示を出されていたゆえ」
白凪はそう言って、自身の左手の平を聖花に見せる。
そこには、中指と薬指の隙間に挟むようにして、細い針が仕込まれていた。
「どうして?」
「智白殿も、聖花殿のことが心配なのでしょうな。それ故、聖花殿を試すようなことをしたり、厳しくしたりするのでしょうな。甘さだけでは、人は成長せぬゆえ」
「……」
聖花は未だ娘と小競り合いをする智白を流し見て、穏やかに微笑む。
「聖花殿、怪我してしまった手を私に見せてはくれぬか?」
「はい」
「痛い思いをさせてしまい、悪ぅございました。直ちに修復いたすゆえ」
「修復?」
白凪の言葉の意味が分からぬ聖花は小首を傾げた。
白凪はそんな聖花に微笑み、自身の左手で支えるように、聖花の左手の平の甲を持ち、開かれている手のひらに、自身の右手を空洞が出来るように重ねる。
「?」
一体何をされているのかわからない聖花は、頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「汝、我が手に重ね見える痛みを癒したし」
白凪がそう呪文を唱えた瞬間、白凪の手の平から心地の良い温度感の白い光が出て、聖花の傷を覆い隠す。
ほどなくして、聖花の傷は綺麗さっぱり元に戻っていた。
「な、治ってる……?」
聖花は修復された傷口を感心したように見る。
「どうして?」
「これが、私の持つ癒しの力」
「癒しの力? こうして怪我を治せると言うことですか?」
「いかにも。私には戦闘能力や多大なる智慧。強力な変化の力。そういった物は備わっておりませぬ。当たり前ですな。そもそもの属性が違うのです」
「属性?」
聖花はより深い説明を求めるように、小首を傾げる。
「私達は生まれによって、得意不得意とするものが変わります。白様は長の家系に生まれ落ちたゆえ、知恵や変化能力など、色々な面で万能でございます。だがやはり、戦闘能力に長けておられます。それはもう、敵に回したくないほどでございます」
白凪の話に耳を傾け続ける聖花は、白が敵に回したくないタイプだと言うことを、胸の内で同意した。
「それ以上に、智慧の家系にお生まれになられた智白殿、白姫殿、白樹殿は、知恵やアイディア力や記憶力など、頭脳に携わる能力が高いのです。それ故に、戦闘能力に長けてはおりませんぬ」
「ぇ?」
今まで静かに耳を傾けていた聖花であったが、気になる点があり、思わず声をあげてしまう。
「どうされました?」
「話の腰を折ってしまいすみません。ただ、一つ気になることがあって……」
「はて?」
白凪はきょとんとする。
「白姫も知恵の家系に生まれたはずですよね?」
「いかにも」
白凪は深く頷く。
「じゃあどうして白姫は、薙刀を手に戦っているのでしょうか? しかも、かなり強いと思うのですが。それに、ワープの力も使えます」
智白にあっかんべーしている白姫を流し見しつつ問う。
「それは、多大なる努力を重ねてきたからでございます。白姫殿も元より、あそこまでは強いわけではあらなんだ。それに、白姫殿は女子(おなご)でございます。
女子は殿方よりも前に出てはいけない。強さを手にしてはいけない。そもそも智惠の家系に生まれの女子が強くなれる訳がない! と、それはそれは強い逆風が吹いておりました。馬鹿にされ、下げずまされる日々。虐めに会うことも多々ありました。同じ家系の女子達からは精神的に傷つけられ、力の家系に生まれたモノ達からはズタボロに負かされては、癒し家系のモノ達が癒しにあたる日々」
「……そんなになってでも、どうして力を得ようとしたんですか?」
過去の白姫を想像すると、感傷を感じずにはいられない聖花は、眉根を下げて問う。
「これ以上は、私の口からは言えませぬ。詳しくは、白姫殿に聞いて見て下され。さすれば、今まで知らなかった、見えていなかった白姫殿の姿や、こちら側の世界のことを知りえましょう」
白凪はそう言って微笑む。
「分かりました。話の腰を折ってしまいすみません。もしよければ、話の続きを聞かせて下さい」
聖花はそう言って、話の続きを求めた。
「問題ありませぬ。もちろんでございます。変化の家系では、好きなように好きなだけ、生きとし生けるもの生物だけでなく、架空のモノにも変化することができます。そして私は、癒しの家系に生まれたゆえ、こうして怪我を癒して治す事が出来ます。修行を積めば骨折した骨でさえも、一瞬で修復させることが可能。ただ残念なことに、今の私には、そこまでの力があらぬのです」
白凪はそう言い終えると、面目ないとばかりに眉根を下げる。
「そうなんですね。癒しの修復と言うのは、どこまでのことができるのでしょうか?」
感心したような溜息と共にそう言って頷く聖花は、興味のままに問うてみる。
「切り傷や打撲、火傷等などです。骨折した骨も癒せますが、これにはちっとお時間を要します。最低一日、長くて十日程。癒すことが出来ないものは、既に修復された傷口を、何事もなかったかのような肌にすることと、失われた命を再び芽生えさせることです。どちらも癒しや修復ではなく、再生にあたりますゆえ」
「なるほど。いろいろと教えてくださりありがとうございます」
「いえ」
「碧海聖花、何をされているんですか? 早く修行を始めますよ」
標的を娘から聖花に変更した智白は、聖花を咎めるように呼ぶ。
「今まで小競り合いに時間を使っていたのは、何処の誰なのでございましょうね」
白凪の言葉に苦笑いするしかできない聖花であった。
「聖花〜。手合わせするから、早くこっちに来てちょうだ~い」
智白だけでなく、白姫にまで呼ばれては、いつまでも話してはいられない。
「治して下さりありがとうございました。行ってきます」
「はい。どんな傷を受けようとも、全て私が癒しますので、どうぞ力いっぱい遠慮なく修行なされてください」
白凪は気合を注入するように、顔の前で両拳を作って、聖花を応援する。
「ありがとうございます」
碧海はそう言って微笑み、行って来ますと二人の元に駆け寄った。
残された白凪は、始まった修行を見守るのだった。
「白様、少しお時間よろしいですか?」
「嗚呼」
仕事に取り掛かる準備をしていた白は、視線をパソコンのモニター画面から智白に移す。
「碧海聖花の基礎戦闘能力を約二ヵ月程磨いてきましたが、我が身を自分で守り続けられるほどの実践能力は、まだまだ乏しいです。そこで、私どもの里、人里離れた森の奥にて、本格的な実践練習に移りたいと考えているのですが、いかがいたしましょう?」
「嗚呼、それで構わない。ただ大事にはするな」
「承知しています。では、明日から本格的な実践練習始めたいと思います」
「嗚呼」
真夜中に二人がそんなことを話していることなど知る由もない聖花は、自室のベッドでスヤスヤと眠っていた。
翌日――。
「ここは?」
白姫に連れられてきた地へと降り立った聖花は、共に来ていた智慧 白に問うた。
「深き闇夜が包みしとき、我らと縁を結びたき者よ。朱の龍の背中に乗せられしとき、我らとの道は開かんとす、深き闇が終わりを告げたとき、我らとヒトが繋がる道は、閉じられ続けたし」
「?」
「ここは我らの里より、少し離れた場所。まぁ、詳しい場所まで知らなくとも良いでしょう」
智白は頭の上にクエスチョンマークを浮かべている聖花に、補足でそう言葉を付け足した。
「……そうですか」
「大丈夫よ。必要な時は、私がいつでも連れてきてあげるから」
どこか腑に落ちないような相槌を打つ聖花に対し、白姫は明るい口調でそう言いながら、胸元に右手の平を当てる。
「白姫、軽率なことばかり言うものではありませんよ」
「ほんっとお堅いなぁ」
水を差されたように感じた白姫は、また父親の小言が始まったとげんなり顔だ。
「そちら側が軽すぎるんでしょう」
「柔軟性があると言って」
「物は言いようですね」
「……」
また小競り合いのコミュニケーションが始まったと、時が過ぎ去るのを待っていた聖花の耳に、新たな声が響く。
「白姫殿。智白殿」
少し幼さの残る声を響かせ、白髪の長い髪を揺らしながら、少女がこちらへかけてくる。
「白《しら》凪《なぎ》!」
白姫は嬉しそうに少女へ駆け寄り、勢いよく抱き締める。
「お久しぶりございます。里を出て年月が経っておりますが、お元気にしておられましたでしょうか?」
白凪と呼ばれる少女は、懐かしそうに目を細める。
白姫を映す光沢のある紫色の瞳は、スギライトを彷彿とさせた。
重めの前髪と胸下あたりまで伸ばされたストレートの白髪は風が吹くたび、サラサラと泳いでいる。
困り眉気味の眉と、ぷっくり二重が相まり、少し頼りなくも柔らかな優しさを感じさせた。
「もちろん。元気にしていたわよ。白凪も元気にしていた? いつの間にか天狐になってて驚いたわ」
「それは良うございました。私も元気にしておりました。私も三ヶ月前にようやっと、天狐の仲間入りを果たしたのでございます」
「そっかぁ。おめでと〜。可愛いく変化出来ているじゃない。変化があれほど苦手だと言っていたのに、凄いわ。随分と修行を積んだのね」
「お褒めに預かり光栄でございます」
「懐かしまれているところ悪いですが、話しはそのくらいに」
智白は両掌通しを二回叩き、二人の話を止めた。
「白凪を呼んだのはパパ?」
「えぇ」
「ご無沙汰しております、智白殿。その後、お変わりなく?」
「えぇ。今日はありがとうございます」
「それは何よりでございます。そちらにおりますモノが、例の?」
「えぇ。碧海聖花。半黒妖狐ですが、凶暴さや横暴さは微塵もありません。自身の優しさで、自身を喰らうような性質の持ち主ですので、どうぞご安心を」
「さようでございますか」
白凪は智白の紹介に頷く。
散々な紹介をされた聖花は苦笑いを浮かべるが、それを否定することはなかった。どの言葉も嘘ではないし、自身も同感する所があるため、否定する言葉がないのだろう。
「えっと、初めまして。碧海聖花です」
聖花は白凪にペコリと頭を下げる。
「あい。私は白凪と申します。気軽に、白凪とお呼び下さい」
そう言って白凪は聖花に左手を差し出す。
「こちらこそ」
聖花はなんの疑いもせず、素直に白凪の左手に自身の右手を重ね、握手に応じた。
「痛っ⁉」
手の平にチクリとする痛みを感じ、聖花は慌てて自身の手を自分の元に引き戻す。掌を確認すれば、小指と薬指の下に、針で刺されたような赤い斑点ができ、そこから血液が細い糸を垂らしていた。
「ど、どうして?」
聖花は意味が分からないとばかりに、視点をさ迷わせる。
「貴方の判断能力と冷静さの乏しさが原因です。マイナスです」
「?」
「誰であれ、初めて出会う相手にはあれほど気をつけなさい、と教えたはずですよ」
「ぇ……敵、ですか?」
「敵か味方かと問われれば、味方です。ですが、敵に敵ですかと聞いて、おいそれと、私は敵ですよ。と答えるはずがないでしょうに。発する言葉達にもよくよく気をつけることです。更なるマイナスですね。先が思いやられます」
「パパ~。聖花をそんなにイジメないでよ。純粋で正直者の所が聖花の良い所じゃない」
白姫は手厳しすぎる父親に、すかさずフォローをいれる。
「その良い所とやらで命を落とすことになってもいいと?」
「命を落とすのは困るわよ。ありえないわ。だけど、そうならないように私達が傍についているんでしょう?」
「私達ばかりを頼るだけの姫君状態では困ります。もっと成長してもらわないと、この先の未来がお陀仏状態です」
「聖花殿、こちらへ」
白凪は小競り合いを始める二人の元から少し離れ、聖花を手招きする。
「……」
聖花は先程のことがあるため、おいそれと誘導に応じることを躊躇する。
「私はもう、聖花殿に危害を及ばせることはいたしませぬ。ですが、恐れるのならば、武器を手に」
白凪はそう言って、柔らかな笑みを浮かべた。
智白と白姫は未だ小競り合い中だ。
「……。解」
しばし考える聖花はネックレスを外し、親指と人差し指と中指、塩を一つまみ。のような形で峰を握って、そう唱える。
金属だったはずのネックレスは一瞬で白く発光し、本物の長刀へと姿を変えた。
デザインは何一つ変わらぬままだが、峰以外の部分が一般的な日本刀より幅が広い。小顔の聖花が横を向けば、刀の部分に隠れることができる。
聖花はいつでも戦闘に入れるようにして、おずおずと白凪の傍に歩み寄った。
†
「聖花殿。先程は失礼した。私の指先に針を仕込ませ、聖花殿に握手を求めるよう、智白殿から指示を出されていたゆえ」
白凪はそう言って、自身の左手の平を聖花に見せる。
そこには、中指と薬指の隙間に挟むようにして、細い針が仕込まれていた。
「どうして?」
「智白殿も、聖花殿のことが心配なのでしょうな。それ故、聖花殿を試すようなことをしたり、厳しくしたりするのでしょうな。甘さだけでは、人は成長せぬゆえ」
「……」
聖花は未だ娘と小競り合いをする智白を流し見て、穏やかに微笑む。
「聖花殿、怪我してしまった手を私に見せてはくれぬか?」
「はい」
「痛い思いをさせてしまい、悪ぅございました。直ちに修復いたすゆえ」
「修復?」
白凪の言葉の意味が分からぬ聖花は小首を傾げた。
白凪はそんな聖花に微笑み、自身の左手で支えるように、聖花の左手の平の甲を持ち、開かれている手のひらに、自身の右手を空洞が出来るように重ねる。
「?」
一体何をされているのかわからない聖花は、頭上にクエスチョンマークを浮かべるばかりだった。
「汝、我が手に重ね見える痛みを癒したし」
白凪がそう呪文を唱えた瞬間、白凪の手の平から心地の良い温度感の白い光が出て、聖花の傷を覆い隠す。
ほどなくして、聖花の傷は綺麗さっぱり元に戻っていた。
「な、治ってる……?」
聖花は修復された傷口を感心したように見る。
「どうして?」
「これが、私の持つ癒しの力」
「癒しの力? こうして怪我を治せると言うことですか?」
「いかにも。私には戦闘能力や多大なる智慧。強力な変化の力。そういった物は備わっておりませぬ。当たり前ですな。そもそもの属性が違うのです」
「属性?」
聖花はより深い説明を求めるように、小首を傾げる。
「私達は生まれによって、得意不得意とするものが変わります。白様は長の家系に生まれ落ちたゆえ、知恵や変化能力など、色々な面で万能でございます。だがやはり、戦闘能力に長けておられます。それはもう、敵に回したくないほどでございます」
白凪の話に耳を傾け続ける聖花は、白が敵に回したくないタイプだと言うことを、胸の内で同意した。
「それ以上に、智慧の家系にお生まれになられた智白殿、白姫殿、白樹殿は、知恵やアイディア力や記憶力など、頭脳に携わる能力が高いのです。それ故に、戦闘能力に長けてはおりませんぬ」
「ぇ?」
今まで静かに耳を傾けていた聖花であったが、気になる点があり、思わず声をあげてしまう。
「どうされました?」
「話の腰を折ってしまいすみません。ただ、一つ気になることがあって……」
「はて?」
白凪はきょとんとする。
「白姫も知恵の家系に生まれたはずですよね?」
「いかにも」
白凪は深く頷く。
「じゃあどうして白姫は、薙刀を手に戦っているのでしょうか? しかも、かなり強いと思うのですが。それに、ワープの力も使えます」
智白にあっかんべーしている白姫を流し見しつつ問う。
「それは、多大なる努力を重ねてきたからでございます。白姫殿も元より、あそこまでは強いわけではあらなんだ。それに、白姫殿は女子(おなご)でございます。
女子は殿方よりも前に出てはいけない。強さを手にしてはいけない。そもそも智惠の家系に生まれの女子が強くなれる訳がない! と、それはそれは強い逆風が吹いておりました。馬鹿にされ、下げずまされる日々。虐めに会うことも多々ありました。同じ家系の女子達からは精神的に傷つけられ、力の家系に生まれたモノ達からはズタボロに負かされては、癒し家系のモノ達が癒しにあたる日々」
「……そんなになってでも、どうして力を得ようとしたんですか?」
過去の白姫を想像すると、感傷を感じずにはいられない聖花は、眉根を下げて問う。
「これ以上は、私の口からは言えませぬ。詳しくは、白姫殿に聞いて見て下され。さすれば、今まで知らなかった、見えていなかった白姫殿の姿や、こちら側の世界のことを知りえましょう」
白凪はそう言って微笑む。
「分かりました。話の腰を折ってしまいすみません。もしよければ、話の続きを聞かせて下さい」
聖花はそう言って、話の続きを求めた。
「問題ありませぬ。もちろんでございます。変化の家系では、好きなように好きなだけ、生きとし生けるもの生物だけでなく、架空のモノにも変化することができます。そして私は、癒しの家系に生まれたゆえ、こうして怪我を癒して治す事が出来ます。修行を積めば骨折した骨でさえも、一瞬で修復させることが可能。ただ残念なことに、今の私には、そこまでの力があらぬのです」
白凪はそう言い終えると、面目ないとばかりに眉根を下げる。
「そうなんですね。癒しの修復と言うのは、どこまでのことができるのでしょうか?」
感心したような溜息と共にそう言って頷く聖花は、興味のままに問うてみる。
「切り傷や打撲、火傷等などです。骨折した骨も癒せますが、これにはちっとお時間を要します。最低一日、長くて十日程。癒すことが出来ないものは、既に修復された傷口を、何事もなかったかのような肌にすることと、失われた命を再び芽生えさせることです。どちらも癒しや修復ではなく、再生にあたりますゆえ」
「なるほど。いろいろと教えてくださりありがとうございます」
「いえ」
「碧海聖花、何をされているんですか? 早く修行を始めますよ」
標的を娘から聖花に変更した智白は、聖花を咎めるように呼ぶ。
「今まで小競り合いに時間を使っていたのは、何処の誰なのでございましょうね」
白凪の言葉に苦笑いするしかできない聖花であった。
「聖花〜。手合わせするから、早くこっちに来てちょうだ~い」
智白だけでなく、白姫にまで呼ばれては、いつまでも話してはいられない。
「治して下さりありがとうございました。行ってきます」
「はい。どんな傷を受けようとも、全て私が癒しますので、どうぞ力いっぱい遠慮なく修行なされてください」
白凪は気合を注入するように、顔の前で両拳を作って、聖花を応援する。
「ありがとうございます」
碧海はそう言って微笑み、行って来ますと二人の元に駆け寄った。
残された白凪は、始まった修行を見守るのだった。