セットしたアラームより30分以上も早く目が覚めてしまった。
今日は長い1日になるだろうから、しっかり寝ておきたかったけれど、二度寝はできそうもない。諦めることにした。
大人にもなって、遠足が楽しみな小学生みたい……
ううん、今日は遠足どころではない。一世一代の晴れ舞台だ。
だから仕方ないじゃない。
起きると決めたら、真っ先にカーテンを開けた。
雲ひとつなく、晴れわたっている。
1週間前から週間天気予報ばかり気になってしまい、何度も何度もチェックしてきた。
予報通りでよかった。
ほっとしたら、ため息が出た。
これなら夜までもつはず。
さすがリク。
本気でリクが天気をどうこうできると信じているわけではない。
それでも、リクが晴れにした気がしてならない。
今夜のことを想像して、顔が弛んだ。
リクと私は結婚式を挙げるのだ。
※※※
受付開始は夕方からとはいえ、私とリクはまだ日の高いうちから式場入りした。
ヘアメイクや着替えより先に、『最終確認のために』と挙式&結婚披露パーティーの会場へ案内された。
ここで人前式をおこない、そのままパーティーへとなだれ込む。
持参したウェルカムボードを設置して、緑一色の芝生の上に立った。
会場を見渡すと、いよいよ結婚することを実感する。
ステキ……リクの希望通りにしてよかった。
実際のところ、リクからプロポーズされてからは驚かされっぱなしだった。
……む? 違うかも。
リクには、付き合い始める前からずっと驚かされ続けている。
私たちの付き合いは長い。高2から10年間。
『リクと結婚することになった』と報告すると、友達は心の底から感心したように言った。『ひとりの人とそれだけ長く続いて、結婚までするってスゴいね』と。
けれど、リクと一緒にいて慣れるだとか、はたまた飽きるなどということはまずない。
リクから目が離せないのだ。
その結果、他の人に目移りしている暇なんてなかっただけ。
結婚式のことだって、プランナーさんとの第一回目の打ち合わせからリクらしさ全開だった。
「俺はガーデンウェディングにしたいんですけど……」
と、これはいい。
まあ、事前に話しておいてよ、とは思ったけれど。
しかし私のほうに結婚式についての具体的な希望があるわけでもなかった。
リクに、『こうしたい!』という強い希望があるなら、それをできるだけ叶えてあげたい。
それに、ホテルの屋上でおこなわれた結婚式なら参列したことがある。
屋上といっても緑がいっぱいで、開放感もあってステキだった。
ここの式場にはもっと広々としたガーデンがある。
青空の下、緑に囲まれて、純白のウェディングドレスはさぞ映えるだろう。
唯一の気がかりは……
「だけど雨が降ったら?」
「大丈夫! 俺、晴れ男だから」
ぷぷっ、またそういう根拠のないことを……
プランナーさんは品よくにっこり微笑んだ。
「小雨であればガーデンでできますよ。一部は屋根がありますし、テントも出しますので。雨とそれから風が強い場合には、屋内の会場に変更となりますが……」
手際よくガーデンウェディングのプランと、雨のときの代替プランをテーブルに広げてくれた。
雨のときの演出変更例はどれも工夫が凝らされて、たとえ雨でもしあわせな花嫁になれそう!
「これなら安心ですね」
「それでしたら、ガーデンウェディングの方向で進めましょうか?」
隣に座るリクは、期待でいっぱいの眼差しを私に向けてきた。
私はリクを見つめ返して頷き、それからプランナーさんに返事をした。
「はい、お願いします」
ここまではよかったのだ。
そう、ここからだ。始まったのは……
「あと夜でもできますか?」
はあ? 夜だあ?
2次会ならわかる。でも挙式と披露宴を夜におこなうなんて、聞いたことがないんだけど?
「ナイトウェディングですね。もちろん可能です」
「そ、そうなんですか?」
プランナーさんがあっさり頷いたので、私は意を唱える機会を逸してしまった。
プランナーさんがすかさず出してくれたのは、オレンジ色のライトが幻想的なフォトだった。
私はそれに見入ってしまった。
遠方から参列してくれるゲストは日帰りできないかもしれない。
でもこれは楽しんでもらえそう……
期待がムクムクとふくらんだ。
しかしそれも虚しく、爆弾が投下され、一瞬にして吹っ飛ばされてしまった!
「それと和装にしたいんです」
「えっ!?」
これには思わず大きな声が出た。
だけど私は悪くないはず。
だって、ここの式場は洋館風の造りだし、さっきから見せてもらっているフォトだって全て洋装だったし!
「俺、ナナミが着物を着てるところ見たいな」
ぐっ! リクのその笑顔に私は弱い。
「そ、そう……?」
それにそう言ってもらえるのは、はっきりいって悪い気分じゃなかった。
着物ってことは白無垢? 色打掛?
洋館をバックに、袴をはいたリクの隣に並ぶ自分を想像した。
レトロな雰囲気で、それもあり……?
「あと、ゲストにドレスコードで浴衣を指定することはできますか?」
「ち、ちょっと待って!」
いくらなんでも、これには口を挟まずにはいられなかった。
どうして思い直すたびに、次から次へとトンデモ発言が出てくるの!?
しかしそこで、プランナーさんが私を遮るように大袈裟に頷いてみせた。
「新郎様は和なスタイルで、かつカジュアルなお式をご希望なのですね?」
「そうなんです」
リクは意気揚々と答えた。
「もちろんそういったお式も可能ですよ。では続いて新婦様のご希望を聞かせてもらえますか?」
結婚式の準備中は、往々にして喧嘩するものらしい。
プランナーさんは私と同じくらいの年齢か、せいぜい少し上ぐらいに見えるけれど、百戦錬磨なのかもしれない。
優しく尋ねられて、私の気持ちは落ち着いた。
だけど……
「はっきりとしたイメージはなくて……」
「いいんですよ。資料をお渡ししますので、次回の打ち合わせまでに目を通して、ぜひおふたりで話し合ってみてくださいね」
プランナーさんは、『おふたりで』のところを強調し、さらにリクに視線を投げた。
※※※
式が始まった。
灯籠に照らされたガーデンへ、リクと入場する。
赤い和傘が夕闇に浮かび上がっているのが向こうに見えた。
各テーブルの上では、私とリクとで手作りした和ろうそくの火が揺れている。
最初のイメージとは、ずいぶんと趣が違うけれど、これもうっとりするほど幻想的……
プランナーさんがせっかく私の味方をしてくれたっていうのにね。
でもいい。不満はすっかり解消された。
プランナーさんがくれた資料には、リクが希望したようなプランだけでなく、和洋折衷プランや、式は洋でパーティーだけ和や、その逆のプランも混ざっていた。
でも、いざ話し合って見たら、私も自然とこの式と披露パーティーを望むようになっていた。
単に、花嫁である私の意向を聞いてくれなかったのが気に食わなかっただけなのだ。
『ナナミはどうしたい?』と、リクがオロオロしながらひと言尋ねてくれただけで満足できてしまった。
もしかしてプランナーさんのねらい通りになったのかな?
リクと入場した私に、甚平を着た甥っ子が、『ナナミちゃーん』と両手を振ってくれている。
ドレスコードも結局、浴衣もしくは甚平にした。
始め、姉に愚痴を言うつもりで相談したはずだった。
それだけはダメでしょ、と思ったからだった。
「浴衣を指定ってどう思う?」
「わあ、いいじゃない! あっ、でも甚平も可ならうれしいな」
私はずっこけた。
義兄とあれだけノーブルな挙式をしておいて?
「子どもも連れていっていいんだよね? 子どもってフォーマルな服装させるとすぐ疲れちゃうから助かる!」
喜んでもらえるとは思わなくて、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「だったら、ドレスコードはそうしようかな……?」
友達にもヒアリングしたけれど、おおむね好評だった。
浴衣を持っていない子のみ『うーん』と困り顔になったけれど、レンタルできると知ると一転して『着てみたい!』と乗り気になった。
ドレスコードを指定されるゲスト側のみんなが受け入れてくれるなら、私に異論はなかった。
そして今日、色も柄も様々な浴衣や甚平姿で集結してくれた。
リクと一緒にみんなの前で誓いの言葉を読み上げると、笑顔で賛同の拍手を贈ってくれた。
※※※
式が終わり、パーティーがスタートする頃には、みんな完全にリラックスしていた。
結婚披露パーティーというより、まるで夏祭りのような雰囲気。
食事が始まって少しすると、進行役の式場スタッフさんが私たちの馴れ初めを紹介してくれた。
「新郎と新婦の出会いは高校2年生の4月、きっかけは同じクラスになったことでした。けれど最初はお互いにクラスメイトのひとり、という認識でしかなかったそうです。その状況が一変したのは地元の花火大会でのことでした……」
そうそう、花火大会!
ここから先の出来事は私もよく覚えている。
あの日は、女子だけのグループで出掛けた。
私たちは早めに行って場所取りを済ませ、交代で屋台へ繰り出すことにした。
私の番になって、どれにしようかなーと屋台を物色しながら、人の流れに沿ってゆっくり歩いていた。
そのとき、私とは逆方向の流れから声をかけられた。
「お姉さん、ひとりで来てるの?」
まさか人生で初めてナンパされちゃった!?
『花火大会はナンパが多い』って聞いていたけど、これがそうなの?
思わず足を止めてしまったけれど、どうしたら……
声をかけてきた男の人と私を避けるように、すぐに新たな流れができた。
ゴクッ……
その人の顔を見上げた……
「えっ、リク!?」
同じクラスの男子だった。
「なーんだ、リクかー」
ドキドキを返せーっ!
「リクは誰と来てるの? ねえ、リク? ……ちょっと、聞いてるの?」
リクはぼう然と突っ立っていた。
「えっ、もしかして……」
私は忍び笑いが止まらなくなった。
「私って気がつかないでナンパしてきたの?」
リクが黙ったまま、首を横に振った。
「ねえ、本当にどうしたっていうの? 体調でも悪い? 人混みに酔った?」
「……そんなんじゃない」
ようやくしゃべった……
リクが足を一歩前に動かして、私に近寄った。
瞳孔が開ききっていた。
「その顔怖いよっ。ホントにどうしたの?」
「ナナミだってことは気づいてた。でもナナミがこんなに可愛いんだってことは、今までずっと気づいてなかった!」
「えっ、ち、ちょっ……いきなり何言っちゃってるの?」
リクの真面目な顔に、私は大慌てした。
「ナナミ、俺はたった今……」
「い、いや、一旦落ち着こう!」
「俺は自分でもびっくりするぐらい冷静だよ。ナナミこそ落ち着いて聞いてくれ」
「無理っ! 私はもう行かないと! みんなを待たせてるから。それじゃっ」
そうしてあの場は逃げ去ったんだった。
「えーっ、手ぶら!?」
私は何が起こったのか理解できず、放心状態で戻った。
友達は、たこ焼きやら焼きそばやらカステラ焼きやらを分けてくれた。
けれど、間もなく打ち上げが始まった花火の爆発音に心臓が呼応してしまい、食べるどころではなかった。
「……髪を結い上げ、浴衣を着ている新婦を正面から見つめた瞬間、新郎のまぶたの裏には、会場よりもひと足先に花火が打ち上がったそうです」
ぷぷっ、そんなこと言ってた、言ってた!
夏休みが終わって登校した初日にリクに捕まり、そう言われて告白された。
最初こそ、めちゃくちゃ戸惑った。
けれど、直球で好意を伝えられるうちに、リクの単純とも言い換えられそうなほどの素直さに私も惹かれていった。
そうして2年生の終わりまでに付き合い始めることになった。
「さあ、ここで新郎より新婦へサプライズです!」
えっ、何それ!? 聞いてないっ。
……って、それこそがサプライズなのか。
「新郎はサプライズのために、平日の仕事終わりに打ち合わせを重ねて準備してきました。会場の皆様も、左手を向いてご準備をお願いいたします。それではどうぞお楽しみください!」
ヒューヒュー……ヒュー
白い軌跡を作りながら、何かが夜空を駆け上っていく。
パンッ! パンッ! …… パアーンッ!!
打ち上げ花火だ。
次々に花が開いていく。
赤、オレンジ、緑、紫、ピンク……
「わあ、きれ……」
打ち上げられた花火が全て開き、それが目に飛び込んできた途端、私は声も出せなくなった。
立ちつくすことしかできない……
花火が重なってひとつのハート形になっていたのだ。
「新郎が新婦に恋をしたあの日あのとき、新郎のまぶたの裏に打ち上がった花火を再現しました」
会場が歓声と拍手に包まれた。
「スゴいだろ? ナナミを好きになったあの瞬間、本気でこの花火が打ち上がったんだ!」
「ぷぷっ、スゴいね……リクは本当にスゴいよ……」
そっか、全部このためだったんだね。
私は今この瞬間、再びリクに恋をした。
そして花火は私のまぶたの裏にもしっかりと焼きついた。
この恋はこれから先もずっと消えない。
END
今日は長い1日になるだろうから、しっかり寝ておきたかったけれど、二度寝はできそうもない。諦めることにした。
大人にもなって、遠足が楽しみな小学生みたい……
ううん、今日は遠足どころではない。一世一代の晴れ舞台だ。
だから仕方ないじゃない。
起きると決めたら、真っ先にカーテンを開けた。
雲ひとつなく、晴れわたっている。
1週間前から週間天気予報ばかり気になってしまい、何度も何度もチェックしてきた。
予報通りでよかった。
ほっとしたら、ため息が出た。
これなら夜までもつはず。
さすがリク。
本気でリクが天気をどうこうできると信じているわけではない。
それでも、リクが晴れにした気がしてならない。
今夜のことを想像して、顔が弛んだ。
リクと私は結婚式を挙げるのだ。
※※※
受付開始は夕方からとはいえ、私とリクはまだ日の高いうちから式場入りした。
ヘアメイクや着替えより先に、『最終確認のために』と挙式&結婚披露パーティーの会場へ案内された。
ここで人前式をおこない、そのままパーティーへとなだれ込む。
持参したウェルカムボードを設置して、緑一色の芝生の上に立った。
会場を見渡すと、いよいよ結婚することを実感する。
ステキ……リクの希望通りにしてよかった。
実際のところ、リクからプロポーズされてからは驚かされっぱなしだった。
……む? 違うかも。
リクには、付き合い始める前からずっと驚かされ続けている。
私たちの付き合いは長い。高2から10年間。
『リクと結婚することになった』と報告すると、友達は心の底から感心したように言った。『ひとりの人とそれだけ長く続いて、結婚までするってスゴいね』と。
けれど、リクと一緒にいて慣れるだとか、はたまた飽きるなどということはまずない。
リクから目が離せないのだ。
その結果、他の人に目移りしている暇なんてなかっただけ。
結婚式のことだって、プランナーさんとの第一回目の打ち合わせからリクらしさ全開だった。
「俺はガーデンウェディングにしたいんですけど……」
と、これはいい。
まあ、事前に話しておいてよ、とは思ったけれど。
しかし私のほうに結婚式についての具体的な希望があるわけでもなかった。
リクに、『こうしたい!』という強い希望があるなら、それをできるだけ叶えてあげたい。
それに、ホテルの屋上でおこなわれた結婚式なら参列したことがある。
屋上といっても緑がいっぱいで、開放感もあってステキだった。
ここの式場にはもっと広々としたガーデンがある。
青空の下、緑に囲まれて、純白のウェディングドレスはさぞ映えるだろう。
唯一の気がかりは……
「だけど雨が降ったら?」
「大丈夫! 俺、晴れ男だから」
ぷぷっ、またそういう根拠のないことを……
プランナーさんは品よくにっこり微笑んだ。
「小雨であればガーデンでできますよ。一部は屋根がありますし、テントも出しますので。雨とそれから風が強い場合には、屋内の会場に変更となりますが……」
手際よくガーデンウェディングのプランと、雨のときの代替プランをテーブルに広げてくれた。
雨のときの演出変更例はどれも工夫が凝らされて、たとえ雨でもしあわせな花嫁になれそう!
「これなら安心ですね」
「それでしたら、ガーデンウェディングの方向で進めましょうか?」
隣に座るリクは、期待でいっぱいの眼差しを私に向けてきた。
私はリクを見つめ返して頷き、それからプランナーさんに返事をした。
「はい、お願いします」
ここまではよかったのだ。
そう、ここからだ。始まったのは……
「あと夜でもできますか?」
はあ? 夜だあ?
2次会ならわかる。でも挙式と披露宴を夜におこなうなんて、聞いたことがないんだけど?
「ナイトウェディングですね。もちろん可能です」
「そ、そうなんですか?」
プランナーさんがあっさり頷いたので、私は意を唱える機会を逸してしまった。
プランナーさんがすかさず出してくれたのは、オレンジ色のライトが幻想的なフォトだった。
私はそれに見入ってしまった。
遠方から参列してくれるゲストは日帰りできないかもしれない。
でもこれは楽しんでもらえそう……
期待がムクムクとふくらんだ。
しかしそれも虚しく、爆弾が投下され、一瞬にして吹っ飛ばされてしまった!
「それと和装にしたいんです」
「えっ!?」
これには思わず大きな声が出た。
だけど私は悪くないはず。
だって、ここの式場は洋館風の造りだし、さっきから見せてもらっているフォトだって全て洋装だったし!
「俺、ナナミが着物を着てるところ見たいな」
ぐっ! リクのその笑顔に私は弱い。
「そ、そう……?」
それにそう言ってもらえるのは、はっきりいって悪い気分じゃなかった。
着物ってことは白無垢? 色打掛?
洋館をバックに、袴をはいたリクの隣に並ぶ自分を想像した。
レトロな雰囲気で、それもあり……?
「あと、ゲストにドレスコードで浴衣を指定することはできますか?」
「ち、ちょっと待って!」
いくらなんでも、これには口を挟まずにはいられなかった。
どうして思い直すたびに、次から次へとトンデモ発言が出てくるの!?
しかしそこで、プランナーさんが私を遮るように大袈裟に頷いてみせた。
「新郎様は和なスタイルで、かつカジュアルなお式をご希望なのですね?」
「そうなんです」
リクは意気揚々と答えた。
「もちろんそういったお式も可能ですよ。では続いて新婦様のご希望を聞かせてもらえますか?」
結婚式の準備中は、往々にして喧嘩するものらしい。
プランナーさんは私と同じくらいの年齢か、せいぜい少し上ぐらいに見えるけれど、百戦錬磨なのかもしれない。
優しく尋ねられて、私の気持ちは落ち着いた。
だけど……
「はっきりとしたイメージはなくて……」
「いいんですよ。資料をお渡ししますので、次回の打ち合わせまでに目を通して、ぜひおふたりで話し合ってみてくださいね」
プランナーさんは、『おふたりで』のところを強調し、さらにリクに視線を投げた。
※※※
式が始まった。
灯籠に照らされたガーデンへ、リクと入場する。
赤い和傘が夕闇に浮かび上がっているのが向こうに見えた。
各テーブルの上では、私とリクとで手作りした和ろうそくの火が揺れている。
最初のイメージとは、ずいぶんと趣が違うけれど、これもうっとりするほど幻想的……
プランナーさんがせっかく私の味方をしてくれたっていうのにね。
でもいい。不満はすっかり解消された。
プランナーさんがくれた資料には、リクが希望したようなプランだけでなく、和洋折衷プランや、式は洋でパーティーだけ和や、その逆のプランも混ざっていた。
でも、いざ話し合って見たら、私も自然とこの式と披露パーティーを望むようになっていた。
単に、花嫁である私の意向を聞いてくれなかったのが気に食わなかっただけなのだ。
『ナナミはどうしたい?』と、リクがオロオロしながらひと言尋ねてくれただけで満足できてしまった。
もしかしてプランナーさんのねらい通りになったのかな?
リクと入場した私に、甚平を着た甥っ子が、『ナナミちゃーん』と両手を振ってくれている。
ドレスコードも結局、浴衣もしくは甚平にした。
始め、姉に愚痴を言うつもりで相談したはずだった。
それだけはダメでしょ、と思ったからだった。
「浴衣を指定ってどう思う?」
「わあ、いいじゃない! あっ、でも甚平も可ならうれしいな」
私はずっこけた。
義兄とあれだけノーブルな挙式をしておいて?
「子どもも連れていっていいんだよね? 子どもってフォーマルな服装させるとすぐ疲れちゃうから助かる!」
喜んでもらえるとは思わなくて、すっかり毒気を抜かれてしまった。
「だったら、ドレスコードはそうしようかな……?」
友達にもヒアリングしたけれど、おおむね好評だった。
浴衣を持っていない子のみ『うーん』と困り顔になったけれど、レンタルできると知ると一転して『着てみたい!』と乗り気になった。
ドレスコードを指定されるゲスト側のみんなが受け入れてくれるなら、私に異論はなかった。
そして今日、色も柄も様々な浴衣や甚平姿で集結してくれた。
リクと一緒にみんなの前で誓いの言葉を読み上げると、笑顔で賛同の拍手を贈ってくれた。
※※※
式が終わり、パーティーがスタートする頃には、みんな完全にリラックスしていた。
結婚披露パーティーというより、まるで夏祭りのような雰囲気。
食事が始まって少しすると、進行役の式場スタッフさんが私たちの馴れ初めを紹介してくれた。
「新郎と新婦の出会いは高校2年生の4月、きっかけは同じクラスになったことでした。けれど最初はお互いにクラスメイトのひとり、という認識でしかなかったそうです。その状況が一変したのは地元の花火大会でのことでした……」
そうそう、花火大会!
ここから先の出来事は私もよく覚えている。
あの日は、女子だけのグループで出掛けた。
私たちは早めに行って場所取りを済ませ、交代で屋台へ繰り出すことにした。
私の番になって、どれにしようかなーと屋台を物色しながら、人の流れに沿ってゆっくり歩いていた。
そのとき、私とは逆方向の流れから声をかけられた。
「お姉さん、ひとりで来てるの?」
まさか人生で初めてナンパされちゃった!?
『花火大会はナンパが多い』って聞いていたけど、これがそうなの?
思わず足を止めてしまったけれど、どうしたら……
声をかけてきた男の人と私を避けるように、すぐに新たな流れができた。
ゴクッ……
その人の顔を見上げた……
「えっ、リク!?」
同じクラスの男子だった。
「なーんだ、リクかー」
ドキドキを返せーっ!
「リクは誰と来てるの? ねえ、リク? ……ちょっと、聞いてるの?」
リクはぼう然と突っ立っていた。
「えっ、もしかして……」
私は忍び笑いが止まらなくなった。
「私って気がつかないでナンパしてきたの?」
リクが黙ったまま、首を横に振った。
「ねえ、本当にどうしたっていうの? 体調でも悪い? 人混みに酔った?」
「……そんなんじゃない」
ようやくしゃべった……
リクが足を一歩前に動かして、私に近寄った。
瞳孔が開ききっていた。
「その顔怖いよっ。ホントにどうしたの?」
「ナナミだってことは気づいてた。でもナナミがこんなに可愛いんだってことは、今までずっと気づいてなかった!」
「えっ、ち、ちょっ……いきなり何言っちゃってるの?」
リクの真面目な顔に、私は大慌てした。
「ナナミ、俺はたった今……」
「い、いや、一旦落ち着こう!」
「俺は自分でもびっくりするぐらい冷静だよ。ナナミこそ落ち着いて聞いてくれ」
「無理っ! 私はもう行かないと! みんなを待たせてるから。それじゃっ」
そうしてあの場は逃げ去ったんだった。
「えーっ、手ぶら!?」
私は何が起こったのか理解できず、放心状態で戻った。
友達は、たこ焼きやら焼きそばやらカステラ焼きやらを分けてくれた。
けれど、間もなく打ち上げが始まった花火の爆発音に心臓が呼応してしまい、食べるどころではなかった。
「……髪を結い上げ、浴衣を着ている新婦を正面から見つめた瞬間、新郎のまぶたの裏には、会場よりもひと足先に花火が打ち上がったそうです」
ぷぷっ、そんなこと言ってた、言ってた!
夏休みが終わって登校した初日にリクに捕まり、そう言われて告白された。
最初こそ、めちゃくちゃ戸惑った。
けれど、直球で好意を伝えられるうちに、リクの単純とも言い換えられそうなほどの素直さに私も惹かれていった。
そうして2年生の終わりまでに付き合い始めることになった。
「さあ、ここで新郎より新婦へサプライズです!」
えっ、何それ!? 聞いてないっ。
……って、それこそがサプライズなのか。
「新郎はサプライズのために、平日の仕事終わりに打ち合わせを重ねて準備してきました。会場の皆様も、左手を向いてご準備をお願いいたします。それではどうぞお楽しみください!」
ヒューヒュー……ヒュー
白い軌跡を作りながら、何かが夜空を駆け上っていく。
パンッ! パンッ! …… パアーンッ!!
打ち上げ花火だ。
次々に花が開いていく。
赤、オレンジ、緑、紫、ピンク……
「わあ、きれ……」
打ち上げられた花火が全て開き、それが目に飛び込んできた途端、私は声も出せなくなった。
立ちつくすことしかできない……
花火が重なってひとつのハート形になっていたのだ。
「新郎が新婦に恋をしたあの日あのとき、新郎のまぶたの裏に打ち上がった花火を再現しました」
会場が歓声と拍手に包まれた。
「スゴいだろ? ナナミを好きになったあの瞬間、本気でこの花火が打ち上がったんだ!」
「ぷぷっ、スゴいね……リクは本当にスゴいよ……」
そっか、全部このためだったんだね。
私は今この瞬間、再びリクに恋をした。
そして花火は私のまぶたの裏にもしっかりと焼きついた。
この恋はこれから先もずっと消えない。
END