次に目を覚ました時には病院のベッドの上だった。起き上がった俺に無言で抱きついてきたのはお母さんだった。俺はお母さんの肩で泣いてしまった。
落ち着いてから話を聞くと俺は昨日神社の敷地内で倒れていたところを神主さんが見つけ救急車で運ばれてきた。医師によると貧血やストレスで気を失っただけで目を覚ました翌日に退院できると話していた。そして夏織が亡くなったのも事実である事もすぐに知る事となった。

お見舞いの時間が決まってるみたいでお母さんは「ゆっくりしてて良いからね」と言いお父さんと一緒に病室を出た。入れ替わるように入ってきたのは夏織の両親だった。夏織の両親から告げられた言葉をそのまま受け止めるしかなかった。
夏織が事故に遭った時トラックの運転手は近くで祭りが行われていることを知っていたので法定速度よりゆっくり走っていたが、子供が飛び出してクラクションとブレーキを精一杯かけていたが、交差点に侵入する時子供は信号を渡り切ったが夏織が飛び出してきて切りながら衝突した。衝突した勢いで地面に頭を強く打ち、上半身の一部が重いタイヤに轢かれてしまった。
トラックの運転手や周りの人が駆け寄るとまだ意識があって、気を失うまで最後に俺の名前を呼んでいたそうだ。
「そうですか……」
「あの日あの子にあの浴衣を着させない方がよかったのかも」
夏織のお母さんは涙ぐみながら話している。
「あの浴衣はとっても綺麗でした。夏織もすごく気に入っていたじゃないですか」
「二階堂くんは……二階堂くんは夏織に会えたの?」
「僕の中にもあなたの中にも彼女はいます」
さらに夏織のお母さんはハンカチを目に抑え話を続けた。
「あの浴衣は元々私の学生の頃のもので。夏織に着せて見せるととても似合っていたの。夏織はずっと二階堂くんに見せるのを楽しみに何度も何度も浴衣を着る練習していたの。私は話を聞く事しかできなかったから浴衣を渡してあげるぐらいしかできる事なくて……」
「僕も……何もできなくて申し訳ありませんでした」
夏織の話を聞いて、夏織の最後を聞いて、俺も大粒の涙を流した。
夏織のお母さんは「しばらくは休んでまた家に来てね」と言ってくださった。そのまま夏織の両親も病室を後にした。
部屋を見渡すと俺が倒れていた場所にあったというビニール袋があった。中には焼きそばが一つとりんご飴と夏織の好きな綿菓子が入ってた。
その日の夜は寝ることもなく泣いた。夏織が最後に言った言葉を想い出しては、夏織との日々を想い出しては泣いた。実感なんてないけれど受け入れるしかなかった。信じたくない我儘も糧に泣いた。
「ど、どうして……どうして夏織なんだよ……」
神様は理不尽なのか。それとも今まで自分が行ってきた事への制裁なのか。
トラックの運転手を恨みかけても配慮はしていた事実があるし、ましてや神社を集合場所をもし夏織の家とかにしていたらと悔やんでも悔やみきれないのと軽率な自分を死ぬほど憎んだ。
次の日の夕方に退院をしたが、当たり前に感じてしまった幸せを失ってしまった俺には夢も何もかも無くなった。

部屋に篭りベッドで丸一日過ごす日々を繰り返していた。俊介からのメールは来ていたが返す気力もなかった。何度か心配で俊介が家に来てたみたいだがお母さんが引き留めてそっとしておこうと言っていた。
あの日から五日後夏織のお通屋が行われた。二階堂家の家族も参列させてもらった。静かな静かな式だった。遺影越しにみた夏織の顔で色々想い出してしまい泣いてしまった。焼香後、通屋振る舞いで夏織の親戚に軽い挨拶をした時、夏織のお母さんから一つの封筒をもらった。
自分の情けないほどの無力さに絶望し、涙は枯れ涙なんて流せなくなった頃、夏織の両親が訪ねて来て俺に一通の封筒だけを自分のお母さんから受け取った。
これは夏織の祖母の家で夏織の泊まってた部屋のゴミ箱から出て来たみたいで、わざわざ夏織の大切な遺品を俺に渡してくれたのだ。
封筒を開けると中には書きかけの手紙が入っていた。

――拝啓 蓮へ。お元気ですか? 私はおばあちゃんの家にいて、蓮のいない日々は退屈です。それでも私は蓮といた頃を忘れれなくて――

夏織から直筆で書かれていたこの手紙。内容はこれだけで他は文字の試し書きされていた。きっとこれは少し前に夏織がおばあちゃんの家に行ってた頃、暇だったから手紙でも書く練習をしていたのだろう。
まるであの世から届いたかのように見えるこの手紙を何度も読み返し、一つ決心をした。

葬式も終えた次の日、まずは心配してくれた俊介の家に行き、顔を見せに行った。おばさんもたくさん気にかけてくれ、家で食べる用にと二つミニクロワッサンの山をくれた。夏織と食べたのを想い出し泣きそうになってしまったが、ここはグッと堪えた。
俊介には亡くなっていた夏織と花火を見た事も伝えた。そして俺はずっと部屋に篭って沈んでいたことも伝えた。俊介は最後まで真面目に聞いてくれて「まずは会いに来てくれてありがとう。そして話してくれてありがとう」夏織のことを何も触れずに、俊介は俺に感謝の言葉だけ言い「また元気になったら来てくれ」と言った。
あんなにも真面目な俊介は初めて見たかもしれない。そして何も余計な事を言わなかったので傷つくこともなく俺もまた少し前向きになれた気がした。

次に向かったのは夏織の家だ。正直俺がどんな顔をして行けばいいのかわからないけれど、夏織のご両親も俺のことを認めてくれているから、心配をしてくれているので再度感謝を伝えに行くと、夏織のお母さんはそれを聞き夏織の部屋に連れてってくれた。
「ほらあの時のままでしょ……」
何も変わっていない夏織の部屋。待ってたら夏織がやって来るんじゃないかと思うくらい生活感が残っている。
「なにも変わってないです……」
「私じゃ何も変えれないの。この部屋はしばらくはこのままにしておくし、ミャーコの事なんだけれど……」
俺とミャーコの関係を夏織から聞いてたみたいで、ぜひ夏織に引き継いでミャーコの面倒を見てほしいとお願いされた。もちろん断る理由など一つもないのでお願いを引き受けミャーコを実家に持ち帰った。帰る際、俊介の母親からもらったミニクロワッサンをお裾分けした。
「これ最後になって申し訳ないんですが、僕の親友の実家がパン屋で夏織も気に入ってた物なのでよろしければ食べてください」
「気を遣ってくれてありがとうね。また夏織の部屋にきたくなったらいつでも来てね。それと無理しないでね……」
「何から何までご心配していただきありがとうございます」
夏織が優しく育ったのもきっと夏織のご両親が優しく愛のある素晴らしい育て方をしたからであろう。何も言わず支えてくれる自分の両親と夏織の家のご両親を心から尊敬した。

ミャーコを俺の部屋に迎え入れるとずっと何かを探しているようだった。夏織が昔言っていた「私じゃダメかもしれない」その言葉の意味がなんとなくわかった。
ミャーコと夏織の想い出話をしたりもして泣いてる時はずっとミャーコがそばにいてくれた。何度も読み返した書きかけの手紙、夏織が俺にくれた言葉たちを想い出しては深く心に受け止めては苦しかった。
気分の上げ下げを繰り返していたある時眠りについていると夢を見た。夏織との夢だった。
それは今まで見た景色ではなく、いつかの想い出でもなかった。全く新しい夏織との夢だった。
「夏織こんなところにいたのか……」
「ほら綺麗に咲いてるでしょ!」
青い植木鉢に四本の支柱に朝顔が絡みつくように咲いてる。小学校がどこかにいるようだ。
「こんなに綺麗なのは今日の朝の間だけだから」
「へー」
夏織はペットボトルに黄色のキャップをつけジョウロを完成させていた。
「こんな事あったっけ?」
「ううんなかったよ」
「俺ら小学校別だもんな」
校内を歩きながら夏織と話した。
「なんかごめんね……」
「いやなに謝ってんのよ。大丈夫だって」
「私まだやり残した事があってさ……」
校内を一周して植木鉢のある広場に戻ると朝顔はしぼんでいた。
「本当にしぼんじゃったな」
「でも朝顔の花言葉知ってる?」
「儚い恋……」
「ほら支柱にまだ絡んで残ってるでしょ……」
「……はっ……」
目が覚めると頬に涙が溢れていた。なんだか儚い夢だった。それも夏織からの直接的な何かを感じた。夏織が最後の方に言っていた言葉がよぎった。
「蓮が忘れない限り私はずっと蓮のそばにいる」
「そうか。そーゆー意味だったんだね……」
……なんて儚いんだ。最後に咲かせた朝顔に意味を持たせてくれたんだ。儚い恋を儚い夢が想い出させてくれた。

九月一日。
「本当にもう学校行けるの……?」
「大丈夫だってば」
「無理しないでね……」
「あいよー。いってくるよミャーコ!」
「……みゃお」

蝉がうるさく鳴いていたのを覚えている。夏織と出会って始まった夏だった。たった数週間の時で短命な花を咲かせて夏織と別れて終わった夏だった。