初めに声をかけたのは私の方からだった。会えなくなってからもずっと、ずっと待っていた。再びあなたに会える事を。

再び再会を果たすのは高校に入ってすぐだった。部活動説明会が行われ、何部に入ろうか迷っていた時だった。授業が終わると廊下や部室前には先輩たちが自分の部活をこれでもかってくらいアピールしている。
「お姉さん可愛いね! うちのマネージャーやらない?」
「かわい子ちゃん! うちのマネージャーおいで!」
運動部の部室前を通るとマネージャーの誘いがすごかった。中学の時合唱部だった私はいつも窓の向こうで楽しそうに聞こえる声に憧れを抱いたため、高校ではグラウンドで活動する部活に入りたかった。しかし運動部から私に声がかかるのはマネージャーばかりだった。唯一女子がプレイヤーとして入れるのはソフトテニス部だけだったので、サッカー部の横の部室に顔を出すようになった。
「どーせならソフトボールとかやりたかったなあ」
この学校のソフトテニス部はできたばかりで大会などで活躍した例はまだない。本当にこの部活にしていいのだろうかと考えながら部室前に向かっていると、前から二人組の男の子が歩いてきた。
短髪の子と髪が目にかかるくらいの長髪の子。二人ではしゃぎながら歩いていて、なんだかとても楽しそうだった。二人はサッカー部の部室の前に行き前髪の長い子が「すみませーん。今日も体験に来ましたー」と大きい声で言っていた。
「男の子ってなんでもできていいなー。私もサッカーやりたいな」
今日もソフトテニスの体験で少し不満ながらも部室で着替えをすまして部室を出ると横にさっきの二人の会話が聞こえてきた。
「入学してそうそう生徒指導部に目をつけられてさ」
「いやー蓮気合い入ってんなー」
「自転車を教員用のところに止めただけだよ?」
私は驚いた。話の内容も少し怖いけれど蓮という名前が聞こえた事に。私が子供の頃から片想いし続けている人の名前が聞こえた。
「え……、まさか同じ高校だったの?」
苗字だけでも確かめたかった。高校は地域で決まるわけでもないので色んなとこから人が来る。蓮って名前は同級生にも一人いたので同じ名前は多いかもしれないが少しの可能性も捨てたくなかった。そして彼が私の探していた二階堂蓮くんだとはすぐに知る事となる。
学校までの行き方も覚え通い慣れた頃、結局ソフトテニス部に入部をした。クラスの女子の話題は同じクラスや他クラスのイケメン男子で持ちきりだった。
「一組の山田くんと詩織ちゃん付き合ったみたいだよ!」
「そうなんだね。詩織ちゃん入学してからずっとアピールしてたもんね」
「一組は山田くんが一番イケメンだったからな〜。あとあと二組は若林くんも人気だよね」
「わかる〜! 若林くんの腹チラすごかったよ」
「うわー! 見たかったな〜」
受験勉強からも解放されたのでみんな恋愛をしたくて男子情報を共有しめ楽しそうに話し合っている。私には全くついていけない話ばかりだったけど、どうしても蓮くんの話題が出ないかずっと探っていた。
「それとさ、三組の二階堂って人知ってる?」
「あのサッカー部の人でしょ!」
「そうそう。その横にいる短髪の佐野って人もいいんだけど、二階堂くんはもうモデルレベル」
「私も二階堂くんには目をつけてたんだよね〜」
「ねーね、その三組の二階堂くんって下の名前はなに?」
「たしか……れん? だった気がするよ」
「え! あの前髪の長い子?」
「そうそう! 夏織ちゃんも目をつけてたんだね〜」
「いやいや私は全然だけど〜」
「私今度デートに誘ってみようかな〜」
「いいね……」
もう出会えないと半分諦めていたけれど十数年ぶりに出会えた。心の中で叫びたいほど嬉しい。
二階堂くんと私の共通点は一つだけ。幼稚園の頃一匹の猫を一緒に育てた事。随分前のことだし二階堂くんはもう忘れちゃったかも。私にとって大切な想い出でも二階堂くんにとってはそこまで重要じゃないかもしれない。しかもクラスの可愛い女子たちは二階堂くんを狙い始めている。やっと出会えたけど誰かに取られてしまうかもしれない。私も何かしなくちゃ。
部活動中もサッカー部の方を見ては二階堂くんを探す。二階堂くんはいつも佐野くんという短髪の子と一緒にいる。二人は常に笑っていて辛そうなランメニューでも笑っていた。
「二階堂くんダメやったわー。遊んでもくれない」
「そうなんだね」
「他の女子も狙ってるぽいから人気なんだよね」
「二階堂くんモテモテだね」
「てかそーゆー夏織こそ、男子と遊ばないよね」
「私なんか無理だよ」
「遊んでみるだけ遊んでみればいいのに」
「んー、誰かと遊んでみよっかなー」
「遊びに誘われたりしないの?」
「他クラスの子からメールで遊ぼうって誘われたけど断っちゃった」
「え! 誰から誘われたの!?」
「四組の平野くんって人に誘われた」
「えー! 平野くんってバトミントン部のめちゃくちゃイケメンな人じゃん! なんで断ったの?」
「特に理由はないんだけど……」
「えー! もったいなーい!」
小中学と共に男の子からの誘いは断っていた。私はあの頃遊んでくれた二階堂くんと出会える事をずっと待っていた。クラスの女子は二階堂くんを諦めていたけれど二階堂くんは人気株だった。それでも私はチャンスが来る事をずっと待っていた。
委員会が同じになれば話しかける事はできるかもしれないと思いつき二階堂くんがやりそうなスポーツ委員をやってみたりもしたが委員会が被る事はなかった。
「どうしたら気づいてもらえるかな……」
学校の廊下を一人で歩いてる時ふと口に出してしまった。すると後ろから肩を思いっきり叩かれた。
「なになに〜? 夏織好きな人いるの?」
「あ! さくらちゃん居たんだ」
同じクラスの春野さくらちゃん。さくらちゃんは部活も一緒でクラスメイトの中でも一番仲が良かった。
「私に隠し事ですか〜?」
「いやいや! 何もないよー!」
「うそつけ〜!」
さくらちゃんの強気な押しに負け好きな人が二階堂くんということを伝えた。
「二階堂くんイケメンだけどな〜」
「すごい人気なんだよね……」
「でも二階堂くん女子の誘い全部断ってるらしいよ」
「え! なんで!」
「いやそれは私にはわからないけど。興味ないんじゃないかな」
「そうなのかな……」
「二階堂くんの横にいる佐野って人は女の子とよく遊んでるみたいだけどね」
「二階堂くんと佐野くんずっと一緒にいるんだよね」
「佐野よりイケメンな二階堂くんがなぜ遊ばないのかがわからないよね」
「でもちょっと安心する」
「でもさ〜どうやって狙うわけ?」
「それを悩んでたのー!」
さくらちゃんと話しても名案が出ることはなかった。なんかのきっかけさえあればと、メールのアイコンはミャーコにして、部活中サッカーボールが飛んできた時取りに行っても二階堂くんじゃなかったり。後期の委員会も被らず、チャンスどころか話す事はなかった。
入学から季節は流れ、寒さが残る三学期の時だった。ある程度男子も女子も落ち着いてきて二階堂くんを狙う話は聞かなくなった。
この日もいつもと変わりようのないただ寒い土曜日。いつも通り朝から部活に行って部活が終わると私は長いマフラーを首に帰路につく。
二階堂くんと喋るにはどうすればいいのか。年中考えている事だったが、ふと前を見ると猫背気味なのに身長の高い同じ制服を着た人が歩いていた。寒そうに手を擦っていて白い息を吐いている。
後ろ姿がどこか二階堂くんに似ている。もしかしたらと思いながら前にいる人を見ていたら彼はコンビニに入って行った。私も追いかけるようにコンビニに入ると肉まんを頼んでいる二階堂くんがレジの前にいた。
やっぱり二階堂くんだったんだと、自分の勘に驚いているともう一度二階堂くんを見た時には自分の目の前にいた。
「え、え?」
「ああ、ごめん。そこ通っていいかな」
私は二階堂くんに夢中で気がつかなかったが自動ドアの真ん前に立っていた。
「あ、ごめんなさい」
「こちらこそごめんね」
二階堂くんはそのまま自動ドアを抜けると、オレンジ色の肉まんを頬張って歩いて行ってしまった。
「すいません、ピザまんひとつください!」

寒さも暖かさに変わってきた。そしてついに訪れたクラス替え。二階堂くんと同じクラスになったらきっと話しかけるチャンスはあるはずだと踏んだ私は前日に神社でお祈りもしてきた。
下駄箱に張り出されているクラス表に多くの人が群がり喜ぶ声や、悔恨の声が聞こえる。私はどちらの気分になるのか、もし一緒のクラスになれたらとドキドキしながら見に行くと、祈願も虚しく悔恨の気持ちとなった。その日の夜はミャーコと泣いた。
そのまま委員会も被ることもなく、ミャーコのアイコンに気づいてもらう事もないまま二年生が終わった。きっと神様は私のこと嫌っているんだなと思い始めてた。
「夏織は本当に一途だね」
「二階堂くんがいきなり家に来たりしないかなー」
「あったらいいね」
「そういえば佐野くんとはどうなの?」
「んー、俊介と遊んだら楽しいんだけど、なんかいつまでも中学生って感じ」
「二階堂くんもそんな感じなのかな」
「私はもっと大人っぽい恋がしたいなー」
さくらちゃんと佐野くんの付き合いは三年生に上がる前の春休み中の間だけで終わった。
そして私は去年お祈りする時想いが足りなかったんだとクラス替えの二日前から神社にお祈りをしに行った。しかも賽銭箱に投げる時二日とも五百円玉を投げた。
「二階堂くんと同じクラスになれますように!」
この冬何度食べたかわからないピザまんを食べる時にもお祈りをしていた。ここまで祈って無駄なら流石に心が折れちゃうなと思っていた。
桜も気持ちよく咲いており今年が最後と意気込んだ。朝から手に汗を握っていて正直学校に行くのが嫌だった。
この二年間一度喋っただけで何もできなかった。何度もミャーコに恋愛相談をした。二階堂くんは誰とも付き合わないし、女子と遊ぶ事さえもない。
一体どうやったら……と考えていたら学校に着いてしまった。
「大丈夫……お祈りはたくさんした……」
少し立ち止まって深呼吸をして、よし! と気合いを入れ歩き出した。新入生のようにガチガチに緊張しているが大丈夫と言い聞かせた。
校門に入ると歓喜の声が聞こえた。みんな最後の年だから去年の倍以上気持ちがこもっている。私は悔恨の叫びになるかも。少しブルーになりながらもどこか期待している自分がいた。
下駄箱の前につき、まずは二階堂くんの名前から探すため、一組のクラス表の下から見ていく。
「や、山田……望月……」
ドキドキしながら辿ったが一組には二階堂くんも私もいなかった。大きなため息と同時に期待が高まり胸が熱くなった。次は二組……。
「和田……松田……」
ゆっくりと辿って行った。ナ行に入った時、さっきよりも早く心臓が音を立てた。
「の、野村……野中……二、二階堂!」
びっくりして呼び捨てしてしまった。二階堂くんはラストの高校生活は二組で決まった。この二組に私の名前がなかったらまずい……。最後なのに……。次は上から見る事にした。
「阿部……井上……」
緊張して少し息が乱れてきた。
「小嶋……さ、佐野……し、清水! 清水夏織!」
心の中で歓喜したつもりが少し声に出てしまったかもしれない。嬉しくて嬉しくて涙が出そうだった。何度も二階堂くんの名前と自分の名前を照らし合わせては何度も喜んだ。これで毎日二階堂の顔が見れるとウキウキしながら、靴を履き替え、二組の教室へ向かった。
お祈りしてよかったと心の底から思い、神様ありがとうございますと心の中で叫んだ。自分の席は廊下側から三列目の真ん中らへん。ゆっくりと席に座り、二階堂くんの席は……と出席番号を数えていると、これもまた驚いた。
まさかの自分の隣だった。今日死んでしまうんじゃないかってくらい運がいい。今はまだチャイムがなる十分前。ざわめく周りの声が少し心地よかった。高校最後のクラスだし、みんなと仲良くしたいなー。二階堂くんとの距離が近づいたらいいな。少しニヤけて周りを見渡そうとした時誰かが肩を叩いた。
「かーおり!」
「おー! さくらちゃん!」
「三年間クラス一緒だねー!」
「そうだね。部活も一緒だし、進路先も一緒かもね」
「料理学校には行かないけどね」
「なーんだ」
二階堂くんに夢中で友達の事を気にしてなかった。
「夏織の好きな人もクラス一緒だね」
「しっ! 声でかいよ〜」
「……もいるし、普段の二階堂くんが見れるね」
「そうだね」
さくらちゃんは私の前の席の佐野くんを目配せで見せた。別れた原因を聞いてわけではないけど円満に別れてはなさそう。
「てか三分前だけど、二階堂くん今日来るのかな」
「……はいるのにね」
さくらちゃんと佐野くんを合わせないようにしておこうと思いながら雑談をしているとチャイムが鳴った。
前のドアから先生が入ってきてプロジェクターをパソコンと繋げリモート始業式の準備をしている。始業式のイベントといえば校長先生の挨拶やら色々あるけれど生徒が一番楽しみなのはクラス担任の発表がメインである。
そして始業式は画面越しで始まったが二階堂くんはまだ来ていない。
「みなさん、進級おめでとうございます。桜が咲き始めて、朝から校門の近くの桜を眺めていました。今日から新しい教室で新しい仲間と新しい勉強が始まります。三年生は最後の高校生活で……」
校長先生の話さえも楽しく聞けた。こんなにも清々しい新年度は高校生活で初めてだ。
「……以上で校長先生の話を終わります」
十分ほどすると校長先生の話は終わり、生徒指導部の先生の話が始まった。見張り役のプロジェクターを準備していた先生が前のドアから廊下に出て行った後、すぐに後ろのドアがゆっくりと開いた。クラス中の視線は黒板から後ろのドアに集まった。こっそり入ってきたのは二階堂くんだった。
遅刻して先生がいない時を狙って入ってきたのだろうか、教室で一つだけ空いてる私の隣の席に向かってきた。心拍音が二階堂くんに聞こえちゃうんじゃないかってくらい音が早く大きく打っている。
「おせーよ蓮」
「シンプルに寝坊したわ」
前の席の佐野くんが振り返り二階堂くんと話している。二階堂くんは寝坊して佐野くんから何組か教えてもらったみたいで、見張りの先生がいなくなる時も佐野くんが教えたみたいだ。
二階堂くんたちは目の前で会話をしているので聞こうとしなくても耳に入ってくる。こんなにも近くで二階堂くんを感じれたのはあの時ぶりだ。
二階堂くんをチラッと見ると跳ねている寝癖、高い鼻、笑った時くしゃっとなる目、あの頃の面影があるが噂通りかっこよかった。今日はなんて幸せな日なんだろうと賽銭箱に使った千円も無駄ではなかった。

桜も散り目に入る色も緑が増えた時席替えが行われた。一度も話す事はなかった。同じクラスになれて隣に一ヶ月も入れた事がピークで席替え後は真反対の席となった。
「席近くなったねー!」
「そうだねー!」
前の席はさくらちゃんだった。隣の席の頃は顔を眺めるとバレてしまう恐れがあったためできなくて、心地の良い声を左耳に全集中して聞いているだけであった。しばらくしてから気づいたけど真反対の席だが、顔を眺めてもバレる事はないのでこの席も悪くはなかった。
「夏織本当にずっと見てるよね」
「あ、バレた?」
「私が後ろ向くたびに二階堂くんの方見てるもん」
同じクラスになっても話すきっかけなんてなくて、委員会決めの時でさえも、二階堂くんは佐野くんと同じところで私が入る隙などはなかった。
二階堂くんは朝が弱いのかいつもギリギリでたまに遅刻してお昼前に来る。二階堂くんの事を少しでも知れて私は満足していた。
梅雨を迎えようとした時一、二年生の頃は中止になってしまった体育祭が行われた。
「夏織はなんの競技出るの?」
「んー、走り幅跳びにしようかな」
「なんで走り幅跳び?」
「一番楽そうじゃない? 私運動苦手だからさ」
「ソフテニ私よりうまいじゃん!」
「ソフテニだけだよー」
「夏織がそれ出るなら私はリレーにしようかな」
「それじゃあ廊下側の席から順にやりたい競技を黒板に名前を書いていけ」
先生の合図で廊下側の私たちの席は立ち上がり、私は走り幅跳びに清水と書いた。席に着くと次の列が立ち上がって順に書いていく。走り幅跳びは男女ともに一名ずつしかできなくて人気もないので特に競争もなく決まったと思った。
「二階堂くんはなんの競技出るのかな」
「リレーとかじゃないかな? ってそうなると私佐野と一緒だ……」
「あの二人はセットだからね」
そう言いながら二階堂くんを見ていたら、二階堂くんは走り幅跳びに名前を書いた。
「え! 夏織二階堂くんと一緒じゃん!」
「いやでも男子は二人目だ……」
「よーしこれで全員書いたな。人数オーバーしてる所は……走り幅跳びだけか」
なぜか走り幅跳びの所だけが定員を上回っており他は全て一発で決まった。
「二階堂お前は運動部なんだから余ってる綱引きいけよ」
「えー、俺力ないので楽なやつがいいです」
「わかったわかった。じゃあじゃんけんで決めてくれ」
二階堂くんは先生に余りの綱引きに行けと言われている。なにより走り幅跳びを選んだ理由が私と同じで嬉しかった。クラスの視線が集まる中二階堂くんと滝沢くんはじゃんけんをした。
「よーし本気だすかー!」
「お、お手柔らかに……」
『さいしょはぐー! じゃんけん! ぽい!』
二階堂くんの本気とやらは文化部の滝沢くん以下だった。
「あぁー!」
二階堂くんの同じ反応をしている私に夏織は「残念だったね〜」と慰めてくれた。結局体育祭当日、走り幅跳びはグラウンドの隅で行っていたため二階堂くんを見れなかった。
「二階堂くんめちゃくちゃ頑張ってたよ」
「楽そうなもの選ぶんじゃなかった……」
そしてテスト週間とテスト中は出席番号順の席になるので左耳の幸せを感じつつもそのまま終業式を迎えてしまった。
あっという間に色々と終わっていく行事。このまま二階堂くんと話す事はなく卒業してしまうのだろうか。そんな事も思いながら二学期こそは話しかけようと意気込んで家を出た。
終業式は高校生活で初めての全校生徒が集まる式となった。二階堂くんと佐野くんは整列中も式中にも一度も見当たらなかったが教室に戻る途中トイレで怒られている二人を見つけた。
そして通知表が返され、二階堂くんと佐野くんの方は盛り上がっていた。二人の声は教室のざわめきよりも透き通って私の耳に入ってきた。
「通知表どうだった?」
「私はいつも通りかな」
私の通知表の数字は四と五がずらりと並んでいる。
「夏織は相変わらず頭いいねー」
「レポート写してるからだよ」
「だってー、夏織のレポート綺麗だし見やすいもん」
「でも私さくらちゃんが見やすいように綺麗に書いてたから成績良くなったのかも。さくらちゃんのおかげかもね」
「卒業まで私が夏織のレポート見てあげるね」
なんて笑っているとチャイムが鳴りクラスは解散した。
「さくらちゃんはお昼部室で食べる?」
「うーん、暑いもんなー」
「あ、まってお弁当忘れちゃった」
「え! 夏織がお弁当を忘れるなんて珍しいね」
「コンビニ行ってから部室行くね」
「私も着いていくよ!」
「いやいや、申し訳ないから一人で行くよ」
「えーん、夏織に振られた。じゃあ先ご飯食べて準備しとくね」
「うん。今日もラリー相手よろしくね」
「はいよー」
朝から二階堂くんの事ばっかを考えていたせいで、すっかりお弁当を忘れてしまった。二階堂くんはお弁当を忘れることとかあるのかな。なんて思いながら近くのコンビニは西校生がたくさんいるので、少し離れた所のコンビニに行き、サンドウィッチを買った。行く途中近くに小さな公園を見つけたのでそこのベンチで食べる事にした。
「暑いなー。ジュースも買えばよかった」
日陰になっているここは少し涼しいけれど、目の前の道路には陽炎が揺れている。サンドウィッチを開け、一つ口に含むと優しい味が夏休みの始まりを教えてくれた。
食べ進めながら周りを見渡すと草むらの方から話し声が聞こえた。誰かが隠れている様子だった。
「なんだろう……」
私の視線は草むらから見える背中に集中した。するとカップ麺を片手に持った二階堂くんが飛び出して来た。私は口にサンドウィッチを咥えたまま二階堂くんを見た。
二階堂くんは気まずそうに私を見て少しの沈黙を挟んだ後、先に声をかけたのは二階堂くんの方からだった。
「あ、暑いな〜。どっか日陰ないかな」
蝉がうるさく鳴いていた。炎天下で頬に汗を流す二階堂くん。書いてる途中だった絵の続きを書くように、色塗りをするように。学校の夏休みが夏の始まりを知らせてくれるよりも、サンドウィッチの優しい味が夏を教えてくれるよりも、二階堂くんの声が私に夏を知らせてくれた。

二年間チャンスを伺い続けた私は夏の始まりの日、二階堂くんと唯一の共通点を使って家に誘ってみた。できるだけ平然を装った。二階堂くんは断ってたけど、きっと来てくれるだろう。二年間、いや十数年も待っていたんだから。
特にこれといった結果もこの部活では残せなかったので引退は夏休み中と言われていた。いつ最後になるかわからないので、今日もさくらちゃんと楽しくラリーしていると私の近くにサッカーボールが転がってきた。
「さくらちゃんちょっとまっててねー!」
「はーい」
この部活に入って三年。サッカーボールが飛んで来ることはよくあることだけど、取りに来た人が二階堂くんだったことは一度もないが、この日初めて二階堂くんが取りに来た。
「はい!」
「誰か知らんけどさんきゅーな」
「さっきぶりだね」
「ばか! なんで清水が持ってくんだよ」
「なんでよ。たまたま私の近くに飛んできたんだもん」
「ああそうか。さんきゅーな」
サッカー部の方を見ると佐野くんと二階堂くん以外は走っていた。
「二階堂くんたちは走らなくていいの?」
「ああ。もう引退だからな」
「私たちと一緒だね。でも部活以外する事ないからな〜」
さっき公園で話せた勢いでここでも少し話せた。
「先輩いいなー! 二階堂くんと距離近いですよ!」
「クラスメイトってだけだよ」
「いやいや! これは何かある。羨ましいー!」
ボールを手渡ししただけでこう言われる。同じ部活の彼女たちは二階堂くんファンで、私と同じようによくサッカー部を見ている。心の中では私も話せただけで歓喜に溢れていて、今にもガッツポーズをしたいくらい。ていうか私なんかが二階堂くんとお家デートなんかしていいのかな……。私も声を大にして二階堂くんへの想いを言った方が、もし横に並ぶ時が来た時彼女たちに相応しいと想われるかな。

そして昨日公園で勇気を振り絞って言った甲斐があって、二階堂くんが私の家に来る時が来た。
部活が終わってから颯爽と着替えを済ませ、待ち合わせ場所の校門に向かったが少し考えた。
部活後の校門には人がたくさん溜まっている。二階堂くんは人が多いところをきっと嫌うので人が少なくなった時に来そうだ。そのため人が少なくなるまで時間を潰す場所を探さなきゃいけないのだが、私は一人で暇つぶしをするのに良いところを知っている。夏休みでも開いてる校内にある図書室だ。
早速心を弾ませながら図書室がある校舎に行き、三階まで階段を上がった。ここの図書室の窓辺の席に座ると校門を見る事ができる。また反対の窓からベランダみたいな所に出るとグラウンドも覗ける。
しばらく窓辺の席に座って校門を眺めていると自転車を押しながら二階堂くんは現れた。
「あ! 二階堂くんだ!」
まだ校門に人がいるのにやってきたので急いで荷物を持って二階堂くんの方を見たら、二階堂くんは引き返えして自販機の前に行った。
「あれ……?」
何をするかと見ていると自販機で買ったパンを食べながら校門の方を見ている。なんか刑事さんみたいでかっこよく見えた。そして二階堂くんは私を探している。なんて嬉しい事なんだ。
すぐにでも降りて会いに行きたいが人目に着くと二階堂くんはきっと嫌がるので我慢した。上から二階堂くんに見惚れていると人が少なくなったのか、校門の方に移動したので私も向かった。
女の子と待ち合わせするのが苦手なのか、少し挙動不審な二階堂くんもまた可愛かった。後ろからゆっくり肩を叩いて人差し指を出すと、二階堂くんのほっぺたに食い込んだ。
「二階堂くんも引っかかるんだね」
「あ、清水か」
「反応薄いなー!」
「そんな古典的な事されたのは久しぶりだよ」
「ふーん。じゃあ行こっか!」
「うん」
雑談をしながら歩き始めた。ちょっと歩いたところで気づいたけれど、狭い歩道で自転車を押して行くのは歩きづらそうだったのである提案をした。
「そうだ! 私してみたい事があって……」
やってみたかった自転車の二人乗りを提案すると、蓮くんは少し不安そうに了承してくれた。
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
「よいしょ……いけた!」
「段差とかあったりすると痛いからね」
「うん! わかった!」
「落ちるなよ!」
「落ちない!」
私は蓮くんの腰にぎゅっと力を入れた。
「ゴー!」
蓮くんは二人乗りが慣れてるのかスムーズに進み始めた。走っている時蓮くんの石鹸のような優しい匂いが風のように流れてきて気持ちが良かった。蓮くんがたまにしてくれる気遣いがとても優しくてもっと好きになった。
蓮くんはあの頃のように私に新鮮な世界を見せてくれた。話しているうちにいつの間にかあの時のように蓮くん呼びとなっていた。

何もかもが楽しい一日となった。あの頃のようにミャーコと蓮くんの三人で遊べた事がなにより嬉しかった。一緒にご飯を食べたり、帰り道にアイスを食べたり、トランプをしたり。特別な事はしてないけれど蓮くんと入れたらそれだけで特別になる。ミャーコも覚えていたのか私と同じくらいはしゃいでいた。
「先輩! どーゆー事ですか!」
「え? なになに? どうしたの?」
部活に来て早々蓮くんファンの二人から問い詰められている。
「どーもこーも!」
「二階堂先輩とファミレスに行ったんですか!」
昨日は蓮くんとファミレスに行った際、西高生に目撃されてしまったけれどこんなにも噂が広まるのが早いなんて思いもよらなかった。
「ま、まぁ、ちょっと訳があってね」
「なんですか!」
「先輩私たちの気持ちを知ってますよね!」
「し、知ってるけど……」
蓮くんのファンから上手く言い訳をつけたその日、突然引退を発表された。蓮くんと一緒に帰れなくなっちゃうな……。もう夏休み中に学校に来ることはなくなったし、昨日も目撃されているし、部活後の私は堂々と校門で蓮くんを待った。
蓮くんはすぐに訪れ話をすると、蓮くんも突然の引退となったので運命のような偶然に心が躍った。そしてこの日人生で二回目キスをした。

止まったまま十数年もの針を急いで合わせるように、とんとん拍子で距離を縮めた私たち。蓮とは両親がいる日曜日以外毎日遊ぶようになった。十数年前のあの頃のように。
そして今日は蓮がミニクロワッサンを持ってきてくれた。二人で食べてると蓮が不思議な質問をしてきたりもした。話をし終えると私たちはいつもの流れのように同じベッドで寝ていた。
私の方が先に起きて隣にはぴょんと寝癖が跳ねている蓮がすやすやと寝ている。愛くるしい顔をして寝ている。私の足の上にはサッカー部で鍛えられている少し重たい足がある。
細長い指、優しい吐息、可愛い寝癖、全てが大好き。でもたまに考えちゃうのが、また蓮と離れ離れになっちゃうんじゃないかって。あの時も幸せだった。毎日が楽しくて時の流れが早く感じた。
「この時間がずっと続けばいいのに……」
蓮の細長い指をギュッと握ったら蓮の目がゆっくりと開いてしまった。
「起きてたんだ」
「今さっき起きた」
「そっか……」
「私ね……」
たまに感じる不安を安心に変えたくて昔の話を少しした。昔の話を伝えると蓮は「話しかけるの遅くてごめん」と少し悲しい顔をしながら謝ってきた。自分のせいで蓮に悲しい顔をさせてしまったからか、少し話を逸らしてしまった。
「あの時お弁当忘れてよかった」
「俺も忘れてよかった。なんか学校行事がある日って大体ドタつくよね」
「いつもより少し早く目が覚めるのにね」
「そうそう。結局ギリギリになる」
「いつもギリギリじゃん」
布団の中で笑い合った。もっと、もっと一緒に居たい。夢でも幻でもなんでもいい。目の前の蓮は今の私の事を好きでいてくれてるんだから、せめて一緒にいる時だけは夢が覚めないでほしい。
「ねえ蓮」
「どうした?」
「下の名前で呼んでほしい」
「……そ、そのうちね」
「そのうちじゃなくていま」
「……わかったよ。か、かおりで呼ぶね」
「名前呼んで」
「かおり……」
こんな私の我儘も聞いてくれる優しい蓮。今にも泣きそうだったけど安心して蓮に身を委ねた。
「私の事すき?」
「すきだよ」
「私も蓮好き」
溢れる安心感に蓋をするよう口を重ねて、体を重ねた。ずっと優しくてずっとかっこいい。ずっと一緒にいたい。
蓮は私の体を優しく触っている。お母さんやお父さんとはまた別の優しさを感じた。また別の愛を感じた。
私のお腹が鳴って壊してしまった雰囲気。それでも最後にしたキスにも優しさを、愛を感じた。

夢が覚めてしまった気がしたのはお母さんの実家に来てからだ。蓮と最後に会ったのはもう三日前。あの街に戻ったらもう蓮はいなくなってたりして。
「夏織ー、この桃切るの手伝ってくれる?」
「はーい! 今行くー!」
お母さんに呼ばれて急いでキッチンに向かってお手伝いをした。
「夏織、最近どうなの?」
「どうって?」
「ほら、にかいどうくん? だっけ」
「それがね! すっごくいい感じなの!」
「私たちが仕事してる間ずっと一緒にいるんでしょ?」
「そうそう! いつもミャーコの面倒見てくれてるの」
「まさかあの時、ミャーコを一緒に育ててる子だったなんて」
「私はずっとれ、じゃなくて二階堂くんを待ってたんだもん」
「私もそんな時期あったな〜」
「え! お母さんもあったの?」
「そりゃあるわよ。あの人今頃何してるかな〜」
「その恋どうなったの?」
「どうなったもこうも、何もなかったわよ」
「どこまでしたの?」
「彼はすごく頭が良い人でね。地方の大学で研究するなんて言ってその街を出て行ったんだけど、街を出る前、最後に私にキスをしてくれたの」
「ええー、なんかドラマみたい」
「それ以降連絡も何もなかったけどね〜」
「二階堂くん今何してるかなー」
「ほら、よそ見しないの。手切るわよ」
「あ、そういえばお母さん。帰ったら花火大会があるんだけど、浴衣ってあるかな」
「あー。確か、私が学生だった時のやつがこの家にあった気がする」
「え! あとで見せて!」
「あとで探そうね」
お母さんと浴衣を探してる時は、お母さんの昔の写真が出てきたりして家族で盛り上がった。私と蓮も将来昔の写真を見返したりして笑っていたいな。
「あったあった! これよこれ」
「わー! きれい……」
白色がメインで青色の朝顔が描かれた繊細な浴衣だった。
「私着れるかな……」
「着れるんじゃない?」
さっそく着てみることに。お母さんに帯の巻き方などを教えてもらった。
「浴衣に描かれているものによって意味が違うの知ってた?」
「そうなの?」
「この浴衣ね、私も当時好きだった人と夏祭りに行く予定で、お母さんに無理言って買ってもらったの」
「お母さんもわがまま言うんだ」
「そりゃ言うわよ。朝顔の花言葉は儚い恋。朝顔は一日でしぼんじゃうけど、ツルが支柱にしっかりと絡んでいるから固い絆や愛情って意味があるのよ」
「そうなんだ……。ロマンチックだね」
「そうそう。浴衣って滅多に着る事ないし、晴れ姿なんだから、その日くらいは朝顔を咲かせたかったの。まぁ私の場合、好きな人は研究がって言って祭りに来なかったんだけどね」
「しぼんじゃったんだね」
「しぼんでもいいのよ。ツルが残ってんだから」
儚い恋……。なんだか心に深く沁みた。
「あらあら、また懐かしいものを出して」
「どーう! おばあちゃん!」
「綺麗で可愛いと想うわよ」
「流石私の娘! サイズぴったし!」
「でもこれ襟が逆だわよ」
「あら、私が間違えたんだわ」
「あなた、昔もずっと間違えてたわね」
「やめてよ昔の話なんて」
「なになに!」
「この娘はね……」
「お母さん!」
浴衣の襟は右前が正しくて、左前にすると亡くなった人に着せる死装束という衣装と同じ形になるため縁起が悪いそう。お母さんはよく間違えてたみたいで恥ずかしそうにしていた。
鏡の前で手を広げてみてみるとすごく綺麗で、色合いも花言葉もロマンチックで気に入った。
「蓮、喜ぶかな……」
自分の晴れ姿を蓮に見せる事がドキドキで仕方がない。花火大会が待ち遠しい。
「だいぶ気に入ったみたいね」
「うん!」
「若いっていいわね……」
その日大事に浴衣をしまい、さっき切った桃を食べた。鼻から抜けるほんのりとした甘さと口の中いっぱいに広がる甘さはまた別物で、頬が嬉しそうに膨らんでいた。

長い一週間だった。蓮と一緒にいないと時の流れがこんなにも遅く感じるものなんだと実感した。ミャーコもどこか寂しそうな顔をしている。
「蓮に会いたいね……」
「……みゃお」
「ミャーコまでバカにしてきた……」
ミャーコは元々そんな鳴き声だったか。いやこの鳴き方は始めに私がやったはず。少し前の蓮といた日々を想い出しては悲しんでの繰り返しだった。
「蝉もうるさいなー」
「……みゃお」
「ミャーコも蓮くんが恋しいんでしょう!」
私と蓮は交際の定義となる口約束をしていない。しかしお互いに想いあっているから恋人ということになるのかな。お付き合いするのに言葉なんて必要なのだろうか。ましてや約束なんていらない気がした。約束してしまったらどちらかが破るまでは繋がったままだけれど破るのも破られるのもいやだ。
「でもやっぱり……今度会った時言ってみよう」
納涼祭りまで残り二日。そして今日あの街に帰る。
「お母さんお盆前にありがとうね」
「来てくれただけで私は嬉しいわ」
「おばあちゃんまたね」
荷物を車に積み終え、おばあちゃんに「また来年ね」と伝えると車が出た。膝の上にある浴衣の入った入れ物を見て浮かれていた。
「本当に気に入ったんだね」
「うん! 二階堂くんに見せるのが楽しみ」
「ほんっと若いっていいなー」
お父さんも笑い私は後部座席でそのまま眠りについた。
納涼祭りはついに明日となった。昨日この街に帰ってきてすぐ寝てしまい、今日は久しぶりにさくらちゃんと遊んだ。
「……っていう事があったんだよね」
「えー! 急展開すぎる!」
「でしょー!」
「夏織の家で遊ぶようになって、それから同じベッドで寝てたらキスして、それで二階堂くんの好きな人は夏織って言われて、夏織の想いも伝えて……」
「そうそう! そこまでならまだ全然あり得るでしょ」
「キスまで遊ぶようになって二日目でしたなんて、この時点ですごいよ!」
「もう遊べた事が嬉しくて、一日目なんて好きって気持ちを遠回しに伝えたりしてた!」
「夏織がそんなに楽しそうなの初めて見たよ」
「今人生で一番幸せで楽しい!」
「二年間片想いしてた人が振り向いてくれたなんて、なんかの青春映画みたいだね」
「どんな時もキュンキュンしちゃう」
「いーなー」
「明日の花火も見に行くんだ!」
「花火見ながらキスとか、あり得そう!」
「ロマンチックだな〜」
涼しいフードコートでソフトクリームを頬張りながら惚気話をしていた。今までずっと聞いてる側だったけれど話す側がこんなにも楽しいなんて知らなかった。蓮はまた私に新しい世界を見せてくれた。

和装用肌着の上に浴衣を羽織る。くるぶしあたりで裾の長さを決めて背中の生地にシワができないよう前に引っ張って、左手を体に入れて縫い目を体の真横に合わせるため右手を引っ張る。左手を開けて右手を少し上げながら体に入れて左手を被せて右手を抜いて……。
おばあちゃんに教えてもらったポイントを抑えながらおへそを通るように紐を結んだ。襟を調整しながら首元の襟を固定する。みぞおちのあたりで紐を結び、薄紫の帯をカルタ結びで締めた。
「自分で着てみた!」
「あら綺麗に着れてるじゃない」
「後ろもできてる?」
「できてるできてる。お母さんより上手よ」
「ほんとー! よかった!」
「ちゃんと襟は右前で裾の長さも丁度良い」
「たくさん練習してよかった!」
「その色合い綺麗に似合ってるわよ」
「二階堂くんに見せるのが楽しみだよ!」
「下駄歩きづらいから気をつけなさいよ」
「うん! わかってる!」
「あんまり遅くならないようにね」
「うん! いってきます!」
空の色はオレンジ色で花火が始まるまでまだ時間がある。集合場所は蓮から指定された場所に向かう。話したい事は山ほどあるけど顔を合わせて話したいので連絡しないように我慢した。
真っ白な浴衣に儚い青の朝顔。浮かれながら歩く私はあの頃に似ていた。
「毎日蓮くんとミャーコのところへ歩いて向かっている時こんな気分だったな」
裾が崩れないよう小さい歩幅で歩き、歩き慣れない下駄の音は耳に残って心地よかった。
「今年の夏休みもあと少しだなー」
どこからか聞こえてくる哀愁の感じる風鈴の音。あっという間だった。七月はずっと二階堂くんと遊んでたし、八月に入っても遊んでいた。それからお盆前までの一週間はおばあちゃんの家にいたし、残り半分となった夏休み。ずっと願っていた事が叶っていつもとは違う夏が過ごせた。
寒い冬が来て一人で食べるピザまんも、雪が降っても、正月が来ても、バレンタインも、新生活が始まっても、きっともう寂しい想いをする事はない。また蓮が新しい世界を見せてくれる。
近い先の将来も目の前のお祭りの事も考えるだけで浮かれてしまう。人だかりが多くなって来て、賑わってきた。
集合場所は屋台のある公園から少し離れた所にある神社だった。なぜ神社なのかはわからないけれど何も聞かないでおいた。
「屋台でなんか買ってこうかな」
集合時間までまだ少し時間があるので、蓮が好きそうな焼きそばとかフランクフルトとか、私の大好きな綿飴を買って行こうかな。
交差点の先に見える輝く屋台とお祭りの匂いが信号待ちの私の心を踊らせた。
信号を待っている人は浴衣を着てる人が多くいた。親子やカップル、おばちゃんにおじちゃん。祭りっていいな。こんなにもみんな楽しそうにしてるのだから。学校のざわめきもこのお祭りのざわめきも似ている。
お祭りの雰囲気や匂いに浸っていると、突然先頭で信号を待つ私を押し抜け、屋台で買ったのか飛行機のおもちゃを片手に持った幼い子供が道路に飛び出した。
「待って……」左右も確認せず反射的に走り出してしまった。小さい子供の背中を追いかけるけど、履き慣れてない下駄のせいで上手く走れない。周りの声が少し遅れて聞こえているのか、今になって自分が道路に飛び出している事に気づいた。子供は信号を渡りきり少し安心したと同時に大きいクラクションが鳴り響いていていた。音のする自分の右手側を見た時には目の前に大型のトラックがあり、その瞬間世界の動きがスローとなった。