全く寝れない夜を過ごした。女の子と遊ぶ予定があるとこんなにも寝つきが悪くなるのだと知った夜だった。そしていつも通り母に起こされいつものルーティンをこなして家を出た。
「はぁー。大丈夫かなー」
ため息をつきながら部活後の不安を口にした。緊張もするし、胸のドキドキは止まらないし考えれば考えるほどわからなくなる。時間が遅くなってくれと思う時ほど時間は早くなる。
夏休みになると生徒用の駐輪場も空いていて、そこにはすでに俊介のチャリがあった。横に止めて、グラウンドへ向かうと俊介はリフティングをしていた。
「今更サッカーの熱が出たのか?」
「おー蓮か。おはよ。昨日サッカー漫画読んでさ……」
朝から元気だなと俊介の話には相槌だけ打った。
「んであのシュートシーンがかっこよくてさ……ってどうしたんだよ。なんか今日は元気ないなあ。今日が本番だろ?」
「全く寝れなかったよ……」
「まぁそんなもんよ」
俊介は笑いながら言っている。俺にとっては全く笑えない。そして今日もサーキットから始まるのだが、その間日影で寝ることにした。
「なあ俊介……」
「んー?」
「女の子の部屋ってどんな匂いするの?」
「それは人によるなー。めちゃくちゃ女の子って匂いの人と、普通の部屋の匂いの人とかと、本当に色々分かれるからなー」
「ふーん。そうなんだ」
「まぁ今日は清水ちゃんの部屋の匂い嗅げるんだから確かめてこいよ」
「胸のドキドキが止まらないよ」
「蓮はかわいいなー」
「目を瞑れば清水がいて、何か他の事を考えようとしても、その瞬間頭が真っ白になり何も考えれないんだ」
「良いことだよ。それが恋ってやつだよ」
「これが青春ってやつなのか……?」
「青春だよ」
昨日の夜眠れなかったせいか蝉の笑い声を枕にそのまま少し眠ってしまった。ふと目を覚ますとベンチで寝たからから体はカチコチで、横にいたはずの俊介はシュート練をしていた。
「やっと起きたか」
横には監督が座っており、どうやらこれから説教が始まるらしい。
「え、あ、すいません」
「いや怒らないよ。なんか悩み事あるだろ」
「え、なんでそれを……」
「あそこでクロスバーを狙うバカがいるだろ?」
ゴールポストの上の部分のクロスバーを狙っているのは俊介しかいない。俊介が監督に余計な事を言ったんだろう。
「くそ……あいつめ」
「なんなんだ? その悩みってのは」
「いや特に……ただの思春期の悩みです」
「そうかー。その時期は色々と悩むもんな。大体の子は進学や就職とかあるだろうけどお前のことだからきっと恋愛とかだろ?」
流石普段から人を見る仕事をしてるだけあって、監督にはバレバレだった。
「まぁ……そうです。恋愛についてです」
「残念だけど恋愛はわからねえんだ。年齢によって価値観は変わるし……。まぁ一つ言えるのは、一途な愛ほど後悔で出来る傷は深いぞ」
「なるほど……。つまりは遊べと?」
「いやいや、そーゆー事じゃないんだ。人を好きになるのも嫌いになるのにもそう対して理由はいらないんだ。ただ恋愛以外でもどんな選択にも後悔は必ずついてくる。そしてそれに愛が絡むと余計痛い」
どこか遠くを見つめるようにして監督は続けて話した。
「初めて裏切りを知った時は、人目も気にせずに泣いたな」
まるで歌詞のようなセリフを言いながら監督は立ち上がった。自分の人生を生きて他人の人生も育ててきただけあって何か色々あったのだろう。俺にはまだ言葉の本当の意味が何かわからなかった。
監督は気怠そうに「コーナーの練習やろかー」とサーキット中の部員に指示を出した。
「さぁ、蓮お前が出してやれ。思いっきり蹴ってやれ」
ここは監督の言葉に乗って思いっきり蹴ってやろう。定位置につき、味方に指示を出し、蹴る合図をした。
力強くなる笛の音と同時に下から掬うように蹴り上げたボールは、勢いよく自分の身長二個分の高さまで上がってから、だんだん回転が緩くなり俊介はそれに合わせて自分のとんがった前髪に当てた。

「いいですかー。悩み事を抱えると蹴ったボールも歪んでいきます。サッカーに悩み事を持ち込まないようにしましょう」
「くっそ。早川のやろう。俺を晒し者にしやがって……」
「あちゃー。相談する相手間違えたな」
「俊介が余計な事言ったからだろ」
「良い事言うと思ったんだけどなー」
「はい。お前ら。まず人の話を聞きましょう」
ミーティングという名の監督の独り言が終わるとそれぞれ着替えを始めた。
「いやー今日はダメダメだったな」
「一番初めのコーナーだけだったな」
「それで? 蓮のメインの予定はこれからだろ?」
「ああ。着替えてから少し遅れて門に行こうかな」
「初々しいなあ」
俊介は羨むように笑いながら上の服を脱いだ。俺の緊張とは裏腹に呑気でいいなと思った。俺も着替えてた後結局俊介と門に向かうことにした。
「珍しくこっちに止めたのか」
「まぁ空いてたらこっちに止めるよ」
「ま、蓮にとっては特別な日だもんな」
「いつもとはほんの少しだけ違うだけな」
「ほんの少しどころか大規模に変わってる日だろ」
「ほぼいつも通りさ」
自転車を押しながら校門へ向かうとバスケ部や文化部の方も終わっていて、門で待ち合わせしてる人も多くとにかく人が溢れていた。俊介は邪魔したら悪いからと門から少し離れた所で自転車に乗り校門を出ていってしまった。
人が多い中会うのはまずいと思ったので自販機でパンを買いゆっくり食べて人が減るのを待った。思えば一人で学校に残るなんて初めてかもしれない。
今から清水の家に行くなんて事を考えただけで緊張してしまうので、できるだけその事は考えないようにした。他の事を考えようとあたりを見渡してみる。ふと廊下のほうで生徒会の人たちが自作のポスターを片手に色んなところに貼っていた。
自分とは真逆の人生を歩んでんだなと関心しながらパンを頬張る。そしてパンも食べ終え十分ほど経った頃、もう一度校門へ向かうと顔見知りの多いサッカー部のやつらはほとんど帰っていたが、ただ喋るだけにそこに溜まってるやつもいる。まだ行けそうにないなと思っていると校門の外からどんどこ野球部がやって来た。
「お、蓮じゃねーか」
洗濯しても落ちない泥の汚れがついたユニフォームに涼しそうな坊主頭のやつが話しかけてきた。
「蓮が一人だなんて珍しいな。俊介は?」
「俊介はもう帰ったよ。今日は午後練なの?」
「いや今日昼から試合でさ、んでなんで一人で蓮が残ってんだよ」
中学からの同級生で大和は甲子園やプロ野球といった世界を夢見る野球熱心のやつだ。
「いやまぁ、色々あって一人なんだよね」
「てか聞いたぞ? 集会サボったのバレたらしいな」
「鬼頭にバレちまった」
「ずっと目をつけられてるもんな」
「ほんと最悪だよ」
「運が悪かったな。ちょっと集まりだしてるから俺も行くわ」
「うん。甲子園まで行けるといいな」
「おう。頑張るわ」
高校球児は小走りでグラウンドへ行った。大和もいなくなったし清水を探すが、名前もわからない後輩や、顔見知りに話しかけられたりしたのでまた自販機の方へ戻った。とにかくどこかで清水を待たせる一方だった。
部活が終わってから三十分が経つと、校門には誰もいなくなった。どこに居たのかわからないが結局清水は門にいなかった。帰ってしまったのかもしれないし、俺を茶化してたのかもしれないけど、とにかくぽつんと門の前で誰かを待っている状態が恥ずかしい。
門を出て行く人や入ってくる人がちらほら居てその度に下を向いていた。清水へ不安が強くなった時、誰かが後ろから肩を叩いた。振り向くと同時にほっぺに指が当たった。
「二階堂くんも引っかかるんだね」
「あ、清水か」
「冷静なのは変わらないんだ」
「そんな古典的な事されたの久しぶりだよ」
「ふーん。じゃあ行こっか!」
「うん……」
変な意地悪をされたが待たせてたかもしれないので特に何も言わないでおいた。
「てか清水は歩きなの?」
「そうだよ。バスで行ってもいいんだけど駅が地味に遠くてさ、時間がない日は自転車で来てるよ」
「そうなんだ」
自分の右側でチャリを押して車道側の左に清水がいる。異性と歩く時は男が車道側を歩くのが普通だと、どこかで聞いたのだが「車道側に行こうか?」と言えないし、さらっと行けたらいいなとタイミングを見計らった。
「清水はさっきまでどこに居たの?」
「図書室に居たよ。部活が終わった後すぐだと、人が多いからきっと蓮くんは人が多い所で待ったりしないと思って」
「おお、すごいな」
「当たってたでしょ!」
「はなまるあげるくらいだね」
数十分前の自分を想い出した。そして無邪気に笑う顔が胸に刺さった。
「そうだ! 私してみたい事があって……」
清水は何かを思いついたようで少し嫌な予感がした。
「ほ、ほんとに大丈夫か?」
「よいしょ……いけた!」
「段差とかあったりすると痛いからね」
「うん! わかった!」
「落ちるなよ!」
「落ちない!」
俺の腰に回された腕にぎゅっと力が入った。
「ゴー!」
力強く踏んで回したペダルに合わせてタイヤも回り始めチャリは勢いよく進んだ。
「うわ〜! すごく新鮮!」
「どう? 夢叶った?」
「うん! すごい!」
清水は笑いながらもぎゅっと腕に力を入れている。
「ちょ、ちょっと怖いけど」
「こんな夢なら何個でも叶えてあげるよ」
「ほんと!」
「俺にできる事ならね」
「じゃあ次は何を叶えてもらおうかな〜」
楽しそうにしてる顔に惹かれ、清水の笑う顔を作ってあげれた事に達成感と青春を感じた。
「あ! そこ右!」
「あいよ!」
「うわー!すごいなあ」
「そういえば俺女の子と帰るの初めてだな」
「私もだよ!」
「清水って何人から告白された事あるの?」
「私そんなにないよ!」
「いやいやモテてるんですから」
「じゃあ一回もないって言ったら?」
「俺と一緒だって言うね」
「えー! 蓮くんも?」
「だから清水が言うように俺が裏でモテてるって言ったって表でモテてもらわないとわからないってわけ」
「ソフテニのあの子達卒業前に告白しようかなとか言ってたんだけどなー」
知らない子に告白されたって嬉しいけど気持ちは受け止めれないな。やっぱり好きな子じゃないとなー。他愛のない話をしたり、清水の話を聞いていながら十分ほど漕いだら清水の家に着いた。
「ゴール!」
「はいお疲れさん。ゆっくり降りてね」
清水はゆっくりと降り、手でお尻を触っている。
「ありがとうね、自転車そこに停めてね」
「あいよー」
だんだん胸の鼓動が踊り始めているのは気づいていたけれど、冷静を装いながら清水の自転車だと思われる水色の自転車の横に俺も停めた。
「さあ、上がって」
鍵で玄関のドアを開けながら清水は言う。
「お、おじゃまします……」
「そんなに畏まらなくてもいいのに」
ゆっくり靴を脱いでゆっくり靴を揃えた。清水は慣れたように階段を上がる。
「こっちね」
よくある一軒家で内装も自分の家そっくりだ。清水に続いて階段を上がると、清水の太ももが目の前にあって下から覗いたらスカートの中が見えそうだった。俺はとっさに自分の足元を見た。
「あ! 今見たでしょ!」
「え、え?」
顔を上げると清水がスカートを抑えている。
「い、いや見てないわ!」
「蓮くんのえっち」
「ばか、見てねーっての」
「ふーん」
得意そうな顔でそのまま二階の廊下を進んだ。そして突き当たりにあるドアを開けた。
「ここが私の部屋です」
「お、おじゃまします……」
ドアを開けた瞬間清水の匂いがさっきより増して清水の匂いが鼻の奥まで広がった。
「好きなとこに座ってね」
「う、うん。ありがとう」
清水は鞄を机に置いてベッドの下を見たり何かを探していた。
「んー、ミャーコ外かな」
「一階とかにはいないの?」
「いや基本的に私の部屋にいるか、この窓から出て外にいるかのどっちかなの」
「へー。そうなんだ」
清水はミャーコを自分の部屋で飼い、外にも出してやってるみたいだ。部屋の隅には猫用の可愛い器の上に水が溜まってるのと、餌が入ってたであろう器もあった。
「なんで立ってるの? 座ってよ」
「ああ、うん」
俺はゆっくりとテーブルの前で腰を下ろした。人の家に上がるのは初めてではないし、俊介の家なら何度も行っているけれどやっぱり女の子の家だからか手に汗が滲み始めている。
「ごめんね蓮くん。この時間ならお昼ご飯を食べに帰ってくるんだけどね」
「いやいいよ。ゆっくり待とう」
「じゃあ、なんかする?」
「と、トランプとか?」
「いいよ! 私めっちゃ強いから」
自信満々に学習机の引き出しからトランプを取り出しテーブルに置いた。
「清水の部屋って綺麗だな」
「掃除するのが好きなの」
「へー。そうなのか」
「私気になってたんだけど、なんで清水って呼ぶの?」
「え? それは……特に意味はないかな」
「だったらさ、下の名前で呼んでよ」
「なんでよ」
「あの時は下の名前で呼んでくれてたのにな〜」
「わかったわかった。またそのうちね」
「やったー!」
清水は喜びながらトランプの赤と黒で分けている。
「私スピードが強いの」
「さーて、その自信はいつまで持つかな?」
互いにシャッフルし、手前に四枚並べる。
「負けた方どうする?」
「一つ言う事聞くとかどう?」
「それで!」
互いに目を睨み合いゲームが始まる。
『いっせーのーせ!』

「ずるい! ずるい!もう一回!」
「何回やっても一緒だって」
五試合中五連勝。清水はめちゃくちゃ弱かった。
「悔しい!」
「さー五回もお願い聞いてもらえるのか〜」
「悔しい!」
「じゃあさっそく一個目は……」
清水は悔しそうな顔をしてこちらを見つめている。
「一つ目は俺のくん付けを外して!」
「えぇー! そんなのできないよー!」
清水は悔しそうな顔から赤面へと変わった。
「できない? 約束が違うな〜」
「う、うう」
「じゃあさっそく名前呼んでみて」
「私勝ったら下の名前で呼ばせようと思ってたのに」
「さぁさぁどうぞ?」
「れ……れん……」
「おおー! やればできるじゃん! 今後もそれでよろしくね」
「ねー! 悔しい!」
俊介を煽る時と同じように清水にも煽った。
「じゃあ二つ目は……」
少し顔の赤さが残ったままだが、悔しそうな顔に戻ってる。
「猫のふりして鳴いてもらおうかな!」
「趣味悪いーーー!」
「ん? 負けたのどこの誰かな〜」
「悔しい!」
「ほらほら子猫ちゃん」
清水は数十秒ためらった後負けを認めるようにため息をはいた。握り拳を顔のそばでつくり、にゃおと鳴いた。
「よくできました!」
「ねー! 恥ずかしい!」
赤面の清水をいじるのはすごい楽しい。なによりかわいい。
「じゃあ三つ目は何にしようかな〜」
「ね! 待って! 一旦お昼食べよ!」
時計を見ると一時半になっていた。
「そうだね。ご飯食べよ」
「何食べる? 簡単なやつなら下にあるし、すぐそこにファミレスもあるよ」
「んーじゃあファミレス行こ」
「いいよ!」
人の家に上がっていきなり人の家の物を食べるのも申し訳なかった。近くのファミレスまで歩いて行ける距離なので歩いて行く事にした。
「暑くなってきたよなー」
「ほんとね。夏か冬どっちが好き?」
「んー、俺は夏かな」
「なんで! 暑いじゃん」
「暑い方が何か物語が始まりそうな気がするじゃん?」
「えー、冬もいいのに」
「冬は人肌が恋しくなるからなー」
「わかる! でもなんかそれが好きなの」
「まぁそれはそれでいいよな」
「今年はなんか良い物語があるといいね」
「ミャーコと清水に会えたならそれでいいよ」
「なに! いきなり!」
「なんだよ。本当に思ってんだから」
「れんくん……」
「あれ? 呼び捨てじゃないの?」
「もー!」
ファミレスに着くと同じ制服の人が何人かいた。
「まじかよ……」
「結構西校の人いるね」
「まぁ腹減ったし、ちゃちゃっと食べようよ」
「そうしよ!」
あえて堂々と入店して席に案内されると同時にメニューを開き、すぐに清水と注文した。途中西校の生徒からの視線を感じたが気にしないようにした。
「私こんなに早く決めたの初めて」
「俺もだなー。優柔不断なんだよね」
「ぽいね。コンビニとかすごく迷ってそう」
「買うものが決まってたら楽なんだけどなー」
「私肉まんだったら何選ぶか当てれるよ」
「ほほー。当ててみて」
「ずばりピザまんでしょ!」
「え! すご!」
「でしょ〜。ピザまん美味しいよね」
「そうなんだよ。普通の肉まんじゃなんか物足りないからね」
「早く冬来ないかな〜」
「どーせすぐ来るって」
注文した料理を待ちながら話をしていると話題はあの頃の話となった。
「いや本当にミャーコを奪われた気でさ」
「奪う気なんてなかったんだよー!」
「わかってるわかってる」
「私あれから何回もあの団地に行ったんだからね」
「昨日聞いたってそれ」
「一人でターザン公園で遊んだりもしたよ!」
「なんで一人で行ったの?」
「遊んでたら蓮くんが来る気がしたの」
「その頃俺は引っ越してたんだけどね」
「全然来なかったもん」
「でもこうやって高校で出会えたんだから良いじゃん」
「そうだね。本当にもっと早く声かければよかった」
「またミャーコに会えるのかー」
「ちゃんと元気だよ」
「実はあの猫が来た時母猫もいたんだよ」
「え! そうなの? その母猫はどこ行ったの?」
「目も足も傷だらけでさ。ミャーコを置いてどっか行っちゃったよ」
「なにがあったのかな」
「まぁきっとどこかで今も生きてるさ」
少し無責任な言葉を言った時注文した料理が来た。
「やっぱ男はハンバーグセットでしょ」
「ハンバーグも美味しそうだね」
「パスタも美味しそうだよ」
「じゃあちょっとだけ交換する?」
「ハンバーグも食べたいんだろ?」
「えへ、バレちゃった」
美味しいなんて言いながら会話をしてお互い食べ終えてすぐにお店を後にした。
「ファミレスはやっぱ学生の味方だよな〜」
「私も家近いし部活終わった後友達とよく行ったりしてた」
「俺も行く時は大体俊介だったな」
「名コンビだね」
外は蒸し暑く体が今にも溶けそうだった。蝉は永遠に鳴き続けているし、何より暑すぎたので帰りにコンビニに寄ってアイスを買いに行く事に。
「さっむ……」
「ほんと気持ちいいね」
かいた汗も一瞬で冷やすほどコンビニは涼しかったが少し寒い。夏に感じるこの温度差はいつになっても苦手だ。アイスコーナーの前まで行くとさらに寒かった。アイスを買い外に出るとまた蒸し暑くて店内の寒い方がまだマシだった。アイスを食べながら話して帰路に着いた。
「やっぱ夏はアイスだな〜」
「やばい溶けてきちゃった」
「垂れてる垂れてる」
清水のスカートにソフトクリームが垂れた。二人で笑いながら歩いて少し前の話をしていた。
「じゃあさもし声をかけれたとしたらなんて声かけてた?」
「うーん。やっぱりミャーコの事かな」
「そう言われたらピンときてたかもな〜」
「あ! 待って、ミャーコ!」
「ん? どーゆーこと?」
「ミャーコ!」
俺も清水のように声を上げた。清水の部屋の窓にはミャーコがいた。大きくなっているけれどあの頃のミャーコそのままだ。
「うわぁ。ほんと変わってないな」
「ミャーコほら覚えてる?」
「ミャーコ、俺だぞ俺!」
ミャーコはすぐに懐いた。俺の膝ですりすりしている。
「きっと思い出したんじゃないかな!」
「忘れてもらっちゃ困るからな〜」
「なんかドラマみたいだね」
「本当に感動の再会だよ」
「ミャーコを部屋で飼い始めた時、私ずっと泣いてたんだよね」
「なんで泣いてたの?」
「わかんないけど、その時私じゃダメなんだなって思った」
「よっぽどミャーコは俺の事が好きだったんだな〜」
「これからは……その……」
「ん?」
何かを言いかけて止まって清水は「なんでもない!」としらを切った。
「私高校卒業したら料理の専門学校に行きたくて!」
「へー。それはまた立派ですね」
「でしょー! 私ね、心に決めてる人がいてさ」
「え! そんな人いたのか!」
「いやいや! 大丈夫!」
「大丈夫じゃないでしょ……」
「その人に美味しい料理を作りたくて」
「いいね。その人もきっと喜ぶだろうね」
清水はミャーコと目を合わせ、ねー! と言っている。
清水の中で心を決めた人がいるなんて。少し胸が痛いけれど俺が出会うのが遅かっただけだ。
「あ、じゃあさ! さっきのお願い使うからそれ教えてよ!」
「えー! 流石にダメ!」
「なんでよー。わかった、じゃあ残りのお願いを使うから!」
「えー、ヒントならいいよ!」
「わかった。じゃあヒントで!」
「ヒントは……」
んーと言いながら悩んだ顔の清水。裏腹に俺の気持ちはもう叶わないんだろうとブルーな気分もあった。
「ヒントは……今一番近くにいる人!」
「……ミャーコ?」
「もー! ばか!」
「わかんないってば」
「鈍感なんだからー!」
「お願い使ったのに損した気分だぜ……」
清水の近くにいる人とは誰なのかさっぱりわからない。
「もー。じゃあ後一回だけお願い聞いてあげるよ」
「え! まじか! じゃあ大事に使わないとな……」
「猫の真似はもうダメだよ!」
清水がさっき真似したように、握り拳を作りみゃおと返事をしてやった。
ミャーコと感動の再会を果たしあの頃のように三人でまた遊んでいた。猫用のおもちゃで遊んだり撫でまくってあげたり気がつくと夕陽が窓から差し込んでいた。
「いやー結構遊んだな」
「ミャーコも嬉しそう」
「もう少ししたら帰ろうかな」
「またさ遊びに来てね」
「え! いいの?」
「ミャーコをはじめに見つけたのはれんくんでしょ」
「ま、まぁそうだけど……」
「昼間なら私しかいないし、ミャーコも蓮くんいた方が嬉しいよ」
「そうか。じゃあまた遊びにくるよ」
「うん」
最後に少しだけミャーコと遊んだ後、部活の用意が入ったバックを持って立った。
「じゃあ今日は帰るわ」
「うん、来てくれてありがとう」
「いやいやこちらこそ。じゃあな」
俺は背を向けドアを開けて、閉める時に手を振り階段を降りた。玄関で靴を履いているとドタバタと上の階から音がした。勢いよく階段を降りてきたのは清水だった。
「み、ミャーコと待ってるから!」
清水はミャーコを抱き抱え、赤面で言った。
「う、うん」
「じゃ、じゃあまた部活終わった後ね!」
「わかった! じゃあまた明日だな」
「うん!」
お邪魔しましたと言い、家を出て自転車を出した。清水はミャーコの手を振っている。
俺は清水を小馬鹿するように、にゃおと清水の真似をしてみせ「もー!」 と清水は手を上げて言っていた。

幸せのような時間を過ごさせてもらい、満足した俺は家に帰ると清水の事を想い浮かべながらもすぐ眠りについた。何かが変わった気がした。今までぼーっとして生きてきたけれど、時計の針が動くように何かが一つ進んだ気がした。

誰にでも訪れる平凡な朝を迎えた。いつものように着替え洗濯された部活の用意を持ちいつものように学校に着いた。いつものようだけど一つ俺の中で変わった事があるとすればきっとそれは清水のことだろう。
「いいねー! これから毎日行くんかー!」
「毎日って訳じゃないけど、まぁ行くかな」
「ふー! ふー!」
「冷やかすなよ。真剣に悩んでんだ」
「だから清水の好きな人はー!」
監督が集合の合図をかけて、俊介のその先は言葉は聞き取れなかったがここでもう一つ問題ができてしまった。
「これから新チームを作ってがっちり固めていきたいと思う。そして三年生、お疲れ様。お前らは受験や進学があるのだから、これからは無理して来なくてもいいからな」
遠回しに言っているが、新チームを作りたいから三年生は邪魔だからもう来なくてもいいという事だ。事実上の解散を告げられた。
「やべーよ。暇つぶしがなくなる……」
「暇つぶしどころじゃないぞ。清水に会えない」
「はー? そんなことかよ。会う口実なんていくらでも作れるだろ?」
「た、例えば?」
「納涼祭りとか、それこそミャーコとか」
「そ、そうだけど……」
陽炎が揺れるその日、俺は半日中悩まされた。
「練習前にも言ったとおり、三年生は明日からは大丈夫だからな。つっても三年はお前ら二人だけだけどな」
「どーしても来たらだめですか?」
「俺らの暇つぶしがー!」
「蓮は受験生だろ? 勉強の方が優先だ」
「えー……」
制服に着替え、門の方へ行くと、今日も人だかりがすごかった。しかし、隅の方に清水がいた。
「おいおい、ここはまずくないか?」
「実は今日が部活最後になってさ」
「え! 俺と一緒じゃんか」
俺と清水が話していると周りの人が反応している。
「あの二人できてんじゃないの?」
「昨日ファミレスでも一緒に居たらしいよ!」
「あぁー! 私の蓮先輩がー!」
「清水先輩……」
「ふー! ふー!」
清水は周りの目を気にし始め「行こ!」 と言いながら歩き始めた。俺も続いて清水の後ろについて行こうと思った時誰かに肩を叩かれた。
「おいおい、お似合いカップルさんよ、いつの間にだよ」
振り返ると眩しさで一瞬誰だかわからなかったが坊主頭だったので大和だと判断した。
「なんだよ高校球児。てかカップルじゃねーよ」
「噂は聞いたぞ? 昨日ファミレスで二人で行ったらしいじゃねえか」
「一緒にご飯食べただけだよ」
「人気者の二人がまさかできてるとはな」
「だからできて……」
「ま、よかったじゃんか。俺は応援するぜ」
眩しい頭と眩しい歯を見せられては否定する気も失せた。
「う、うん。さんきゅーな」
「おう!」
少し先で待っている清水の所へ駆け足で向かった。
「いやー。やっぱ昨日のバレてたなー」
「ソフテニの子からたくさん言われたよ」
「それはさぞかし大変だったろうね」
「私は嬉しかったけどね」
「え! なんでよ」
「だーかーらー」
清水はふんっと鼻息を出してそっぽ向いた。
「訳がわからねえよ」
「あ! そうだ。昨日の夜でちょうどミャーコのご飯なくなったから薬局よってこ!」
「あー、あそこの薬局ね。了解」
チャリに跨り、後ろってちょっと痛いよねと愚痴を言いながら清水も乗った。時計の針を進めるようにチャリのペダルを強く漕いだ。
「早いよー!」
「大丈夫大丈夫」
二人乗りなんて慣れたもんだ。俊介とよくしたものだ。道も覚え昨日よりも少し早く清水の家に着いた。
「はいー。到着」
「ありがとうー」
「ん、なんか忘れてる気が……」
「……」
『ミャーコのご飯!』
二人とも忘れていた。清水の部屋の窓から、にゃおとミャーコが鳴いた。

ミャーコのご飯を買いに行って、ついでに二人の昼飯となるインスタント麺を買った。
帰ってからミャーコにご飯をあげて二人でインスタント麺を食べた。
「知ってる? このインスタントにごま油を入れると」
清水はみそらーめんにごま油を垂らした。
「おお! すげ! 風味が変わった!」
「でしょー!」
「流石、料理学校行く人はすごいですね」
「えっへん」
清水のドヤ顔もまたかわいかった。
「さて、ミャーコと遊ぼうか」
「うん!」
食べ終えた皿を台所に持っていき、どっちが洗うかじゃんけんで決めた。
「清水は家庭的だな〜」
「じゃんけん負けただけじゃん!」
「褒め言葉だよ」

ゆっくり目を開けると俺はベッドで寝ていた。
「え、え?」
清水のベッドの上で寝ていた。横には清水も寝ている。
「え、え?」
遠くになった記憶を掘り返すように何があったか思い出そうとする。寝起きだからか頭の回転が遅く全然思い出せない。確か清水とらーめん食べて部屋に戻った後、ミャーコと遊んでミャーコがベッドの方行ったからベッド上がっても良いか聞いて、それから……。
「ん、んん……」
清水もゆっくりと起き上がった。
「え、寝てた?」
「ん、ああ寝てたみたい」
清水は恥ずかしそうに顔の半分を手で隠している。乱れた髪も顔を隠している姿も可愛らしく見える。
空の色的に今は四時ごろだろう。答え合わせをするように時計に目をやると四時十分だった。
清水は布団で半分顔を隠すようにしてもう一度横になった。続くように俺も横になった。俺も同じ布団を被り顔を隠した。隣を見ると清水と目が合った。
「眠たいな」
「眠たい」
ミャーコは窓から出て行ったのだろうか、この部屋のベッドで二人きりだ。緊張はない。居心地が良い。
「なあ、あの頃の話なんだけど」
「うん」
「夢で見たから夢なのか現実なのかわからないけど」
「うん」
「昔清水がドラマに憧れてキスしたの覚えてる?」
いつかみた夢の答え合わせをしてみる。
「……うん。キスしたよ」
「そっか」
答え合わせをしてみたのはいいものの、ここから何をすればいいのか俊介だったらやることは決まってるんだろうな。
「蓮は今好きな人いるの?」
「まぁ……うん。清水は?」
「いる……目の前に」
何かで繋がった糸が俺の胸を締め付けた。やっとわかった。
「蓮の好きな人は……誰?」
「目の前に……いるよ」
「一緒だね」
清水は嬉しそうに優しく微笑んでいる。俺も笑みが溢れる。一つの布団の中で二人は愛を確かめ合ったのだ。昨日からモヤモヤしていたものは一気に愛情に代わり満たされた。足や手が重なってお互い恥ずかしくなるもどかしさがまた心地よく感じた。
「ねえ、足わざとでしょ」
「そっちだってやり返してくるじゃん」
結局足を重ねたまま、清水との距離は目と鼻の先となった。清水と静かに見つめ合い、少し間をあけて清水は優しい声で話しかけてきた。
「ねえ……」
「ん……?」
「近いね……」
「うん……。近い」
愛を確かめ合った二人にその先の答えはいらなかった。あの時のように清水は目を閉じた。清水の唇に自分の唇を重ねた。唇が離れて清水は照れた顔を見せた。
自然とまた顔を寄せ唇を重ねる。途中清水は体制を変え、俺の上に乗っかり、俺は清水の脇の下から手を回し入れた。
布団の擦れる雑音とリップ音だけが響いている。何度も何度も唇を重ねる。長いキスだったり、短かったり、だんだんかぶりつくようなキスになり舌が入る。
お互いキスはあの時ぶりだし、舌が入るのだって初めて同士だけど、 いつかみたドラマのように雰囲気でやり合う。上手いのか下手なのかもわからない。ただそれでいいんだ。これがいいんだ。だってこんなにも唇を重ねる度に偽りのない無垢な愛を感じてるのだから。

「今日はなんかごめんね」
「いやいや! 全然大丈夫だよ」
玄関の前で謝る清水。結局抱きしめ合いながらディープキスをしてる途中、ミャーコが帰ってきて布団の上に乗ってきて邪魔をされてしまった。
「でもよかった。蓮の気持ちが知れたから」
「俺もだよ。昨日心に決めてる人がいるって聞いた時はビビったもん」
「そうなんだ〜。私はちゃんと昨日も言ったけどね」
「全然わからなかったよ」
「鈍感だね」
「うるさい」
想いを伝え合い唇を重ねて抱きしめ合った。そんな二人にはわだかまりなど一切なかった。
「そういえば今度の花火大会行く?」
「あの公園で上がるやつだよね」
「そうそう。去年の花火はしょぼかったけど今年はコロナ前くらいでかいらしい」
「えー! そうなの!」
「んでさ、よかったら一緒に行かない?」
「うん! 行きたい!」
「よし! 決まりだ」
納涼祭りの花火を一緒に見行く約束をし、別れ際にまたにゃおと言ってやった。今日の出来事を振り返りながらニヤけてはペダルを漕いで家に帰った。
「おかえり。ってどうしたのそんなにニヤニヤして」
「い、いやべつに?」
「気持ち悪い子だね〜。あとちょっとしたらご飯だからね」
「うぃー」
軽快なステップで手洗いを済ませ自分の部屋に戻る。リュックを下ろしベッドに飛び込んだ。
「しみずー!」
布団に顔を押し付け足をばたつかせ、体の匂いは清水の匂いが染み付いている。心臓はまたドキドキと音を立て始めた。
「これが青春か……」
何も無かった平凡な日常がこんなにも幸せに感じれる日が来るなんて思ってもいなかった。遊ぶようになって二日目。ディープキスまでしてしまうとは、急展開にも程がある。神様は急に俺の味方をしてくれたんだなと笑っていた。
「ご飯だよー。降りてきてー」
「うぃー」
清水と過ごす日常に期待を弾ませ、スラスラと階段を降りた。