夏の教室は地獄だ。人口密度は高いし、エアコンも朝は動いていない。窓は空いているが、風は吹かない。制汗剤と汗の臭いが入り混じって、吐き気を催しそうになる。これならいっそ牢獄の中の方が、ひんやりしていそうでまだマシじゃないかとすら思える。行ったことないから知らないけど。
 教室に入った俺は、自分の席へは向かわず、窓側最後列の席に座っている尋のもとへと足を運んだ。彼はノートに何かを書いていた。

「お前、本当に探すつもりなんだな」

 尋はペンを走らせていた手を止め、顔を上げた。彼のノートを覗き見たが、何をしているかはよくわからなかった。

「そのつもりだよ」

「見つけた後はどうする」

「自首してもらうよう説得する。悔しいけど、それ以外に僕達にできることなんてないから」

 自首という言葉が重く響いた。これはフィクションなんかじゃないんだと思い知らされたような気がした。けれど、今更引き返せない。尤も、覚悟は既にできていた。

「そうか……わかった。なら、俺達にも協力させてくれ」

 彼は驚かなかった。それどころか、顔色一つ変える素振りすら見せず、悠然とかまえていた。

「千種が死んだ理由が自殺じゃないんだったら、俺は本当のことを知りたい。俺だけじゃなくて、遥太も陽葵も同じ気持ちだ。このまま彼女の死を不鮮明のままにしてしまったら、いつかきっと後悔する。俺は、それだけはしたくない。だから、俺はお前と一緒に犯人を探し出す」

「いいのか?」

 少し逡巡した。もしもあのメールが、遥太の言う通り、ただの悪戯だったらという考えが一瞬頭を過ったのだ。が、たとえそうだとしても、俺達はやるしかなかった。
 俺は無言で頷いた。

「そっか……ありがとう。うん。やっぱりお前らに頼んで正解だった」

「俺らだって、このままにはしたくないんだよ。何もしなかったら、俺の中の千種は何の理由もなく死んだことになって消えていってしまう。それじゃ駄目だろ。うん、やっぱ駄目なんだよ」

 彼女を過去の存在のままにしてはいけない。俺達の気持ちは一つだった。

「千種の席、昨日来た時には、もう無かったんだよ」

 尋の視線が俺から外れていたのに気付く。

「……ああ」

 そのことは俺も昨日気付いていた。気付かないわけがなかった。千種の席は尋の席の前にあったから、すぐに無くなっていることに気付いた。椅子も、机も、手向けられてあった白い花も、何もかも消えていた。そして、千種がいたはずの場所には今、尋が座っている。尋の席が、千種がいたはずの席にずれたのだ。
 撤去されたんだ。邪魔だから。
 まるで、千種の存在そのものが抹消されたような気がした。それは、あまりに非情に思えた。

「真実を突き止めよう。千種のために」

 そう言った尋の瞳の奥は、静かに燃えていた。

「ああ」

 千種は俺に憧れていると言った。今でも、こんな俺のどこに憧れられるような要素があるかはわからない。けれど、そう言ってくれた彼女のためにも、自分の心情に正直であるべきだった。
 こうして俺達は、千種が死んだ真相を探る為に、動き出すことにした。