鴉が飛んでいた。私の目線と同じ高さ。真っ黒の羽を広げて、夕日に照らされながらとんでいた。
 足が竦む。いざとなると、やっぱり怖い。あの子はここから飛び降りたのだと思うと、その肝っ玉に感服してしまう。もっと痛みのない方法で死ねばよかったかもしれない。

「今さら言っても遅いか」

 独り言。最近多くなった気がする。死期が近づくとそうなるのかな。……やっぱ、わかんないや。もうそんなこと、どうでもいいか。

 ――何してるんだよ。

 背後から声がした。声だけで、それが誰なのかわかった。

「空を眺めてる」

 尋は肩を揺らしながら呼吸をしていた。

「そんなに急いで私を追いかけてきてくれたんだ。ちょっとうれしいよ」

 ――死ぬのか。

 単刀直入すぎて、笑ってしまった。

「そうだよ。もう、私にはこの世界に残る理由がない」

 ――だったら、僕も死ぬよ。

 無理だよ。尋にはできない。私とは根本から違うんだよ。
 君は優しい人だった。その優しさがあったから、私は君と一緒にいた。君といる時だけは、自然体でいられた。メモを見られたのも、今となっては良かったと思う。じゃなかったら君との濃い思い出はできなかった。
 君と、蓮と、陽葵と、遥太に出会えてよかった。これは嘘じゃない。これだけは、決して嘘なんかじゃない。みんなといる生活は楽しかった。
 そして何より。
 私は、君のことが好きだったよ。
 でもね、やっぱり――

 ――空なんて、飛べないよ。

 涙が出ていた。なのに、私の顔は笑おうとしていた。馬鹿みたいだった。
 そうして私は、空へと落ちていった。