俺と千種は中学が同じだった。けれど、多分俺達五人の中で一番関わりが少ない組み合わせだったと思う。中学の頃もほとんど話した記憶はないし(彼女に限らず、他の奴ともまともに会話したことはないが)、高校生になって一緒のグループになったのも本当にただの偶然だ。

 ただ、中学の時、一度だけ彼女に話しかけられたことがあった。

「君、いつも音楽聴いてるよね」

 中学三年の時だった。前日降った雨でぐちゃぐちゃになったグラウンドを見ながら、イヤホンをつけて音楽を聴いていた俺に、千種は突然話しかけてきた。
 最初は俺に話しかけているとは思わなくて、視線の端で彼女の存在を確認しつつも、スルーしていた。すると彼女は、無視されたのが癇に障ったのか、俺の顔の前に身を乗り出してきた。

「何を聴いてるの?」

 彼女のぱっちりとした目がすごく近い所にあって、俺は弾かれたように後ろへのけ反った。

「何の用?」

 俺は彼女を拒むような目で見返した。彼女はそれに臆することなく、先ほどと全く同じで「何を聴いてるの?」と聞き返してきた。
 質問の意味はわかっている。俺が知りたいのは、何故俺に話しかけたのかということだ。いきなり、それまで全く話したことのない女子に話しかけられたことが、正直気味悪かった。そう思ってしまうほどに、他人と話すことが億劫でしかなかった。

「あいつぼっちだよね」「ちょっと話しかけてからかってみない?」「何それひどーい!」

 みたいなノリで俺に話しかけているのではないかと、当時は本気で思った。今になってみれば、そんな自分を恥ずかしく思う。彼女は決してそんなことをする人ではない。
 だが千種のことをまだ知らない俺は、彼女の取り巻きが俺を見てニヤついているのではないかと思って、周囲を見回した。当然そんなことをしている奴は見当たらず、俺を見ているのは千種ただ一人だけだった。

「何でって、うーん……気になるから?」

「いくら気になったからって、ほぼ初対面の奴に気軽に話しかけたりしない」

「そんなことないよ。人と人が仲良くなる為には、会話をしなきゃ始まらないでしょ?」

「別に仲良くなろうなんて思ってないんだけど」

「例えばの話だよ。でも仲良くなくても、会話くらいはするよ。それに私達は初対面じゃないでしょ? だからほら、君は何を聴いてたの?」

 彼女の、話し合えば誰もが仲良くなれる、みたいな理想主義的な態度に、俺は苛立ちを覚えた。本当にくだらない。そんなこと、俺は望んじゃいない。

「あのさ、俺がボッチなのを可哀想だとでも思って話しかけてるんだったら、そういうの、やめてくれない? 迷惑なんだよ」

 俺は思い切って千種を睨みつけた。あまりに近くて、彼女の目の虹彩まで見える。何度か逸らしそうになったが、舐められるのは気に食わないので耐えた。
 数瞬の沈黙の後、千種は何故かクスっと微笑んだ。

「何が可笑しいんだよ」

「ごめん。こんなにはっきり拒絶されたの、初めてだったから、びっくりして笑っちゃった」

 意味がわからない。彼女は頭がおかしいんじゃないだろうか。

「そうやって素直に物を言えるのって、羨ましい」

 彼女の柔和な笑みの奥に、ふっと寂しげな影が浮かんだ気がした。
 意味がわからない。何で彼女がそんな顔をしているのか。
 本当に、意味がわからない。

「邪魔してごめんね。もう行くよ」

 千種が踵を返して自分の席に戻ろうとしたところで、俺はほとんど無意識に口を開いていた。

「……ロックを、聴いてた」

 俺がそう言うと、彼女は驚いて、けれどすぐに微笑んだ。
「そっか、ロックか……」千種は嬉しそうに反復した。「いいね。今度私も聴いてみる。教えてくれてありがとう、鷺ノ宮くん」
 じゃあね、と小さく手を振り、俺が口を開くより先に千種は去って行った。周りの声がまだらに聞こえ始めた。俺は片手にイヤホンを持ったまま、人混みに溶け込んでいく彼女の後ろ姿を見つめていた。
 それが千種との最初の会話だった。それから高校で一緒になるまで、彼女と話すことはなかった。
 あの日の会話を、時折思い返す。千種の性格を知ったからこそ、何故あの時彼女はあんなにも悲しそうだったのかがわからない。彼女は死んでしまったから、本人に聞くこともできない。
 だからせめて、彼女が死ななければいけなかった本当の理由を、明らかにしたい。