目の焦点が、まるで定まらなかった。動悸が激しくなり、意識がゆっくりと朦朧としていく。彼の吐いた言葉が、頭の中を駆け巡る。

 ――犯人は君だよ。

 何を言っているんだこいつは。僕が千種を殺すはずがない。殺したのはお前だ。

 ――犯人は君だよ。

 違う、お前だ。お前が千種のことを殺したんだ。全て聞いていた。お前が千種を陥れて、殺したに違いない。

 ――犯人は君だよ。

 うるさいんだよ。もう黙れよ。ふざけるのもいい加減にしろよクソが。お前は断罪されるべきなんだよ。生きる価値のない低俗なクズがこれ以上喋んなよ。

 ――犯人は君だよ。

「――黙れ!」

 僕は、叫んでいた。最初、自分の声なのかどうかわからないほどの叫び声だったが、この場にいる全員が、驚いた表情で僕を見ていた。蓮も、陽葵も、遥太も、僕のことを恐れたような目で見ていた。

「どうやら、ドンピシャのようだね」

 東堂は、哀れみに似た視線を僕に向けた。

「加純からこんな話を聞いたんだ」

 東堂は、横に立っていた生駒さんの肩をぐいっと抱き寄せた。そうか、と理解する。こいつらはデキていた。初めからこの女は東堂の駒だったのだ。

「あの日、斎藤さん……いや、もうこの際隠す必要もないか。千種が死んじゃった六月五日のことだよ。実は彼女の他にもう一人、屋上に行った奴がいたっていうね。で、それが熊谷くん、君なんだよ。自分でも憶えてるよね? いや、忘れるわけがないはずだ」

「そんなの出鱈目だ。お前が殺した罪を着せようとしてるだけだろ」

「それは君のほうだよ。僕は嘘なんてついていない。それに、僕は言ったはずだよ。悲しい記憶を掘り起こすことが、本当に皆が望むことなのかどうかってね。あのまま何もしていなければ、君だってこんな目にあうことなかったんだ。いい加減自分で首を締めていることに気付きなよ」

「うるさい、喋るな」

 こいつの声を耳に入れたくなかった。何も知らない人間が語るな。お前みたいな奴が付け上がるな。

「……どうして、話してくれなかったの」

 陽葵が生駒に訊ねると、生駒は本性を表した。

「あの人が悪いんですよ。東堂先輩の誘いを断ったあの女が悪いんです。きっと死んだのも、東堂先輩のことを傷付けた報いを受けたんでしょうね」

 プツン、と、たがが外れた。気付けば生駒に殴りかかっていた。しかし、すんでのところで身体が前にいかなくなった。振り返ると、蓮と遥太が僕のことを抑えていた。

「止めるな!」

「駄目だ!」

 振り払おうとするが、身体が思うように動かない。

「見苦しいよ熊谷くん。もうやめなって」

 生駒の前に、東堂が立ちはだかった。

「君が罪を認めれば、全部丸く収まるんだ」

 罪。僕が犯した、罪。頭から離れない。割れるように痛む。違う。僕は何もしていない。何もしていない。何もしていない。何もしていない。何もしていない。声にならない叫びが、喉の奥で弾ける。おかしくなりそうだった。
 たまらなくなって、僕は逃げた。教室を出た。学校を出た。走った。走った。ひたすら、走って逃げた。誰かが僕を呼び止める声がしたが、振り切って逃げた。
 僕の中で、何かが崩壊していく。今まで積み上げてきたもの全てが、音を立てて崩れていく。
 自宅に着き、部屋の鍵をかけた。耳を塞いだ。目も塞いだ。外界の全てを遮断した。母さんが驚いた顔をしていたが、何も話したくなかった。
 もう、何もしたくなかった。
 何もかも全部、壊れてしまえばいいと思った。