「なんでいるの」

 僕は目の前に立つ蓮に向かってそう言った。彼は澄ました顔でこちらを見ている。
 昨日のことを確かめるために、僕は放課後、もう一度写真部に向かうことにした。手がかりがないまま東堂本人に直接訊いても、おそらく正直に話すことはないだろうと考えたので、外堀から埋めていく戦法にした。
 三人には、また生徒会の用事があると言ってあった。だが今、蓮は僕の前にいる。写真部の部室の前で出会った。

「まあ、たまたま見つけたから? 何してんのかなーって思って」

 僕は自分の運の悪さと、警戒心の無さに幻滅した。

「生徒会の用事、じゃないよな」

 威圧気味な言葉だった。俺達に嘘をついたのか、と、不審がっているようだった。下手な言い訳を考えると、かえって誤解を招いてしまうかもしれない。僕は正直に、昨日加瀬さんから聞いたことを蓮に話した。

「……東堂か。裏があるとは思っていたが、予想以上だな」

「まだ確証はないよ。それに、千種との繋がりも見えない」

「そんで、お前はそれがどうなのかを一人で確かめようとしたってわけか。俺らに内緒で」

 わざとらしく最後の言葉を強調した言い方だった。当然だろう。

「蓮が怒る理由もわかるし、弁明するつもりもない。でも、目指しているのは皆と同じだってことだけはわかってほしい」

「だったらそんな曖昧な言い方すんなよ。俺が訊きたいのは、どうして俺らには何も言わなかったのかってことだ」

「それは……だから、まだ東堂のことが千種の件に関係しているという確たる証拠がなかったからだよ」

「なら今からでも尋と陽葵に伝えにいけばいい。四人揃って訊きに言ったほうがいいだろ?」

「それは駄目だ」

「なんでだよ」

「……これ以上、皆を巻き込みたくないんだよ。尋のことがあってからずっと考えてた。いや、本当はあのメールがきた時からずっとだ。このままいるかもわからない犯人探しを続けていくことが、本当に僕らのためになるのかって。尋はもう、先のことなんてどうだっていいって思っているようで、でも僕は……嫌なんだ。もう皆には傷付いてほしくない」

 息が上がっていた。ただ喋っただけなのに。それほど喋ったわけでもないのに。
 蓮は僕のことを、甘い人間とでも思っただろうか。「千種のことはどうだっていいのかよ」なんてことを言うだろうか。そしたらなんて答えればいいのだろう。そんなわけない、って言えるだろうか。いや、言えたとしても、彼には見透かされてしまう気がする。どこかでもう、引き時を考えてしまっている僕の心に。
 けど彼は、言わなかった。

「あいつらは確かに傷心的だし、突飛なところもあって危なっかしい。それは俺も思うさ。長いこと一緒にいたんだからな」

「だったら、黙っておいてくれよ」

「でもな」彼は僕の声を遮った。「それを踏み外さないようにしてやれるのは俺らだけじゃないのか。俺らしかできないんじゃないのか」
 怒るわけでもなく、諭すわけでもない、ただまっすぐな言葉だった。
 でも僕には、尋を止められる自信がない。蓮のようには言えない。陽葵のようには行動できない。だったら未然に防ぐしかないじゃないか。僕が真相を突き止めれば、もう誰も傷付くことも、傷付けることもない。それでいいじゃないか。いいはずなのに、なのにどうして蓮も陽葵もわかってくれないんだ。
 どうしていいかわからず、頭が痛くなる。しかし、答えはすぐに返ってきた。

「俺だってな、まだ消化しきれてないんだよ。身体ん中にずっと残ってるんだ。どうして千種が死んだのか、ずっと渦巻いてる。それなのに、もしお前が一人で解決したら、俺のこの気持ちはどうなる? 永遠に晴れないまま、淀んだままの思いを抱えて生きていかなきゃならない。釈然としないまま飲み込まなきゃいけない。俺はもう、そんなの二度とごめんだぞ」

 蓮と目が合わせられなかった。自分が何をしようとしていたのかを思い知ったからだ。僕は、身勝手な善意と自己犠牲で、彼の思いを踏み躙ろうとしていたのだ。これでは千種が死んだ直後と何も変わらない。他人が並べた事実を享受するだけでは前に進むことはできないと、身を持って感じていたはずだった。僕はそんなことも忘れてしまっていた。

「ここまできたんだから、俺は退かねぇぞ。駄目だとは言わせないからな」

 言葉とは対照的に、蓮は僕の前からどいた。部室への扉が目の前に現れる。

「……わかった」

 拒むことなんてもうできなかった。いや、拒んではいけないのだと、ようやく理解した。

「とりあえず二人で行くぞ。尋達には写真部に来るように連絡入れとく」

 蓮は僕の肩に手を乗せてそう言った。本当に、ここ数日で彼は劇的に変わったような気がする。
 そして僕は扉の前に立ち、ノックした。