僕には好きなことがなかった。端的に言えば虚無でしかなかったんだと思う。みんなにはそれぞれのめり込めるものがあるというのに、僕には何一つそういうものがなかった。
 いい人間を演じていたのも、それは僕自身に個性がないからだった。真っ当な生活をしていれば何か見つかるかもしれないなんて漠然とした理由で、誠実に過ごしていた。けれどそんなことをしても、結局疲弊するだけだった。かえって自分の精神を擦り減らしているようだった。
 そういうこともあって、いつからか僕は、煙草に手を出すようになっていた。父親が加熱式タバコに変えて、使わなくなって放置されていた煙草を試しに吸ってみてから、やめられなくなった。
 きっと逃げたかったんだ。非行に憧れていたとか、そんなチープな理由じゃない。僕には自分を繋ぎ止めるための「後退」が必要だった。きっと、あのままいい人間を演じ続けていたら、僕はとうに壊れていただろう。
 父親は政治家だった。今は引退して、ジャーナリストなんて名乗っている。僕は幼少の頃から父に、自分も政治の道に進むよう言われてきた。まだ世間もろくに知らない子どもにもそう言ってしまうのが、父という人間だった。
 正直、重荷だった。年を重ねるに連れて、より強くそう感じるようになっていた。父の思い描く理想が、僕をより惨めにしていた。
 その結果が煙草だった。
 僕は、本当は生徒会にいていい立場の人間じゃない。いや、生徒会は疎か、この学校にも、この世の中にも、僕の居場所なんてなかった。