陽葵は、尋と田伏の揉め合いの後から、迷いが吹っ切れたように自発的に行動をするようになっていた。昨日の写真部に続いて、今日は担任に話を聞きに行こうとしている。少し前までの不安そうにしていた彼女の面影は、もうどこにもなくなかった。
僕とはまるで違っていた。友人を信用することができない、僕なんかとは。
「陽葵」
六限目がもう少しで始まろうとするなか、僕は隣の席の陽葵に声をかけた。
「どうかした?」
「いや、そのさ……」
正直なことを言うと、彼女を連れて行きたくなかった。田伏の言葉が引っかかっていたのだ。
――狂っている。
僕も初めはそう思っていた。いや、多分今でもどこかでそう思っている。千種が死んでからの尋は、確かに理性を失っている。ここ最近の彼の行動は、どこか暴力的だ。
「陽葵は、これ以上この件に関与するのをやめたほうがいいと思う。尋はこの先何をするかわからない。またこの前みたいに問題を起こすかもしれない。今の彼は危険だ」
危険って……
自分で口にして、瞬時に呆れた。何で数か月前まで友人だった奴と一緒にいることが、危険なんて言えるんだろう。今の僕達はきっと、正常な関係とは言えない。
もう、戻れないのだろうか。きっと、戻れないのかもしれない。千種が死んだあの日から、僕らには溝ができていた。いくら取り繕うとしても、以前のようには決してならない。その溝を修復させることは、もうできない。だからせめて陽葵だけは、壊れていく僕達に巻き込みたくはなかった。
「……それは違うよ」
「え?」思わず拍子抜けた声が出た。
「私はみんなと一緒に、千種の無念を晴らしたいだけ。遥太だってそうでしょ?」
「そう……だけど……」
「そして、それは蓮も尋も同じ。みんな千種のことを考えてる。ずっと一緒だったから。だから、私達が知ってあげなきゃいけないの」
だけど、今のままでいいとは思えなかった。もし真実を突き止めたとしても、結局は折り合いをつけて生きていかなきゃならない。その過程で、僕らの間で傷つけ合うなんてことがあってはいけない。でもそうならないと言いきれる保証がない。これ以上崩壊する前に、離れたほうが僕らのためだ。
……そう思っているのに、僕は彼女に何も言えなかった。
「ありがと遥太、心配してくれて。でも、やっぱり逃げるのは違うと思う。蓮だって、尋が問題を起こしそうになったら自分が止めるって、言ってくれてるから」
「蓮がそんなことを……」
彼らしくない発言だと思った。責任という言葉を嫌っていた彼が、まさか自分からリスクを背負おうとしているなんて。
「大丈夫だよ。私達なら大丈夫」
陽葵の顔は、やけに穏やかだった。そんな彼女の顔を見て思う。腹の底から切実に思ってしまう。嫌でも、不甲斐なくても、思わされてしまう。
変わっていないのは、僕だけなのだ、と。
僕とはまるで違っていた。友人を信用することができない、僕なんかとは。
「陽葵」
六限目がもう少しで始まろうとするなか、僕は隣の席の陽葵に声をかけた。
「どうかした?」
「いや、そのさ……」
正直なことを言うと、彼女を連れて行きたくなかった。田伏の言葉が引っかかっていたのだ。
――狂っている。
僕も初めはそう思っていた。いや、多分今でもどこかでそう思っている。千種が死んでからの尋は、確かに理性を失っている。ここ最近の彼の行動は、どこか暴力的だ。
「陽葵は、これ以上この件に関与するのをやめたほうがいいと思う。尋はこの先何をするかわからない。またこの前みたいに問題を起こすかもしれない。今の彼は危険だ」
危険って……
自分で口にして、瞬時に呆れた。何で数か月前まで友人だった奴と一緒にいることが、危険なんて言えるんだろう。今の僕達はきっと、正常な関係とは言えない。
もう、戻れないのだろうか。きっと、戻れないのかもしれない。千種が死んだあの日から、僕らには溝ができていた。いくら取り繕うとしても、以前のようには決してならない。その溝を修復させることは、もうできない。だからせめて陽葵だけは、壊れていく僕達に巻き込みたくはなかった。
「……それは違うよ」
「え?」思わず拍子抜けた声が出た。
「私はみんなと一緒に、千種の無念を晴らしたいだけ。遥太だってそうでしょ?」
「そう……だけど……」
「そして、それは蓮も尋も同じ。みんな千種のことを考えてる。ずっと一緒だったから。だから、私達が知ってあげなきゃいけないの」
だけど、今のままでいいとは思えなかった。もし真実を突き止めたとしても、結局は折り合いをつけて生きていかなきゃならない。その過程で、僕らの間で傷つけ合うなんてことがあってはいけない。でもそうならないと言いきれる保証がない。これ以上崩壊する前に、離れたほうが僕らのためだ。
……そう思っているのに、僕は彼女に何も言えなかった。
「ありがと遥太、心配してくれて。でも、やっぱり逃げるのは違うと思う。蓮だって、尋が問題を起こしそうになったら自分が止めるって、言ってくれてるから」
「蓮がそんなことを……」
彼らしくない発言だと思った。責任という言葉を嫌っていた彼が、まさか自分からリスクを背負おうとしているなんて。
「大丈夫だよ。私達なら大丈夫」
陽葵の顔は、やけに穏やかだった。そんな彼女の顔を見て思う。腹の底から切実に思ってしまう。嫌でも、不甲斐なくても、思わされてしまう。
変わっていないのは、僕だけなのだ、と。