三階の空き教室に、私達はいた。ここは滅多に人が立ち入らないので、話し合いをするには最適の環境だった。
本当は未だに信じられない。千種が死んだのは自殺じゃなくて、他殺だっていうことに。
やっぱり、苦しい。あの頃のように振る舞うなんてできない。知らないままにしたくない思いはある。でも、知るのだって怖い。千種が殺されたなんて、信じたくない。
私の葛藤を置き去りに、話し合いは始まる。
「千種が死んだのは一六時三十分頃だった。その時間帯は、下校する生徒もいれば、部活動をしていた生徒、校内で補習を受けていた生徒もいる。外部の人間が立ち入れば目立つはずだっただろう。だから必然的に、犯人は校内の人間ということになる」
「まさか、生徒が……?」
尋の予想に蓮が食いつく。
「その可能性が高い。お前ら、その時間帯って何してたか覚えてるか?」
「俺は下校途中だった。千種が死んだのを知ったのは、その日の夜だ。遥太からLINEで聞いたよ」
「僕は生徒会室で生徒会の仕事をしていた。そしたら突然グラウンドが騒がしくなって、それで知ったんだ」
蓮、遥太と順に話して言って、三人の視線が私に注がれた。
「……私は校門にいた。帰ろうとしてたら、背後から悲鳴が聞こえて、それで、千種が倒れてるのを見た」
私はあの時、実際に千種の死体を見た。思い出したくはないけど、簡単に頭の中から離れるわけがない。ずっと、ずっと、残り続けている。地面に潰れてひしゃげた彼女の身体は、原形を留めておらず、見るも無残な姿をしていた。
思い出して、一瞬吐き気を催した。喉の奥から、何かがせり上がってくるのを感じた。慌てて口を手で塞ぐ。幸い三人にはばれていない。溢れそうになったものを、一思いに押し返す。
危なかった。今のは本気で吐きそうだった。気をつけなきゃ。
「あ……」
そう零したのは遥太だった。
「どうした?」
「あ、いや、実はさ……生徒会室には僕ともう一人、東堂がいたんだ」
東堂悠成は、私達のクラスメイトで、現生徒会長の男子だ。
「確か彼……千種が飛び降りるちょっと前に、トイレに行くって言って生徒会室を出ていったんだ」
「偶然だろ」と蓮が言う。確かにそれだけの理由で、犯人だと断定するにはあまりに軽率だ。
「僕もそう思ったよ。でも、あの時やけに帰りが遅かったんだ。理由は聞かなかったから、何をしていたかはわからないけど」
「そういえばさ。あいつ、千種と同じで写真部だったはずじゃないか? 何か知ってるかもしれない」
「聞いてみる価値はある、か」蓮が言う。「東堂の居場所は?」
「多分、生徒会室じゃないかな。文化祭の仕事が山ほどあるし」
「なら早いとこ聞き出そう」
尋の合図で三人が席を立った。私もすぐに立とうとしたけど、思うように腰が上がらなかった。
「陽葵? どうしたの?」
私の異変に気付いたのは遥太だった。つられて尋と蓮も私を見る。
「あの、さ……。千種って、みんなの前では明るかったじゃん。でも、あの子時々するの。心ここにあらず、みたいな顔。それってやっぱ、何か関係あるんじゃないのかなって、思う」
彼女は基本的に明るい子だった。けどたまに、ごくたまに、虚空を見つめているような表情をすることがあった。
――毎日毎日つまらない。
初めて千種と話をした高架下。ぽつりと零した一言。そこには、彼女の本心があったように思う。あの時の彼女の顔は、絶望の淵を見ていると形容しても差し支えないほどに、生気を感じられなかった。
「僕は、わからない」
そう言ったのは尋だった。
「それにもしそうだったとしても、千種が殺されたのとは結び付かない」
「でも、本当にあったんだよ。尋だって思い当たることあるんじゃないの?」
「あったなら、真っ先に気付くよ」
千種と一番よく一緒にいたのは間違いなく尋だ。彼が気付いていないだけ? それとも気付いていて、知らないふりをしているのだろうか。忘れたい、からだろうか。それなら私だって同じだ。彼女との思い出は、美化されたものだけでよかった。
でも――
「陽葵が千種のこと気にかける気持ちはよくわかる。でも、今は急ごう。少しでも手掛かりがほしい」
「……そうだね。ごめん、変なこと言って。行こう」
――でもあれは、絶対に気のせいなんかじゃなかった。
本当は未だに信じられない。千種が死んだのは自殺じゃなくて、他殺だっていうことに。
やっぱり、苦しい。あの頃のように振る舞うなんてできない。知らないままにしたくない思いはある。でも、知るのだって怖い。千種が殺されたなんて、信じたくない。
私の葛藤を置き去りに、話し合いは始まる。
「千種が死んだのは一六時三十分頃だった。その時間帯は、下校する生徒もいれば、部活動をしていた生徒、校内で補習を受けていた生徒もいる。外部の人間が立ち入れば目立つはずだっただろう。だから必然的に、犯人は校内の人間ということになる」
「まさか、生徒が……?」
尋の予想に蓮が食いつく。
「その可能性が高い。お前ら、その時間帯って何してたか覚えてるか?」
「俺は下校途中だった。千種が死んだのを知ったのは、その日の夜だ。遥太からLINEで聞いたよ」
「僕は生徒会室で生徒会の仕事をしていた。そしたら突然グラウンドが騒がしくなって、それで知ったんだ」
蓮、遥太と順に話して言って、三人の視線が私に注がれた。
「……私は校門にいた。帰ろうとしてたら、背後から悲鳴が聞こえて、それで、千種が倒れてるのを見た」
私はあの時、実際に千種の死体を見た。思い出したくはないけど、簡単に頭の中から離れるわけがない。ずっと、ずっと、残り続けている。地面に潰れてひしゃげた彼女の身体は、原形を留めておらず、見るも無残な姿をしていた。
思い出して、一瞬吐き気を催した。喉の奥から、何かがせり上がってくるのを感じた。慌てて口を手で塞ぐ。幸い三人にはばれていない。溢れそうになったものを、一思いに押し返す。
危なかった。今のは本気で吐きそうだった。気をつけなきゃ。
「あ……」
そう零したのは遥太だった。
「どうした?」
「あ、いや、実はさ……生徒会室には僕ともう一人、東堂がいたんだ」
東堂悠成は、私達のクラスメイトで、現生徒会長の男子だ。
「確か彼……千種が飛び降りるちょっと前に、トイレに行くって言って生徒会室を出ていったんだ」
「偶然だろ」と蓮が言う。確かにそれだけの理由で、犯人だと断定するにはあまりに軽率だ。
「僕もそう思ったよ。でも、あの時やけに帰りが遅かったんだ。理由は聞かなかったから、何をしていたかはわからないけど」
「そういえばさ。あいつ、千種と同じで写真部だったはずじゃないか? 何か知ってるかもしれない」
「聞いてみる価値はある、か」蓮が言う。「東堂の居場所は?」
「多分、生徒会室じゃないかな。文化祭の仕事が山ほどあるし」
「なら早いとこ聞き出そう」
尋の合図で三人が席を立った。私もすぐに立とうとしたけど、思うように腰が上がらなかった。
「陽葵? どうしたの?」
私の異変に気付いたのは遥太だった。つられて尋と蓮も私を見る。
「あの、さ……。千種って、みんなの前では明るかったじゃん。でも、あの子時々するの。心ここにあらず、みたいな顔。それってやっぱ、何か関係あるんじゃないのかなって、思う」
彼女は基本的に明るい子だった。けどたまに、ごくたまに、虚空を見つめているような表情をすることがあった。
――毎日毎日つまらない。
初めて千種と話をした高架下。ぽつりと零した一言。そこには、彼女の本心があったように思う。あの時の彼女の顔は、絶望の淵を見ていると形容しても差し支えないほどに、生気を感じられなかった。
「僕は、わからない」
そう言ったのは尋だった。
「それにもしそうだったとしても、千種が殺されたのとは結び付かない」
「でも、本当にあったんだよ。尋だって思い当たることあるんじゃないの?」
「あったなら、真っ先に気付くよ」
千種と一番よく一緒にいたのは間違いなく尋だ。彼が気付いていないだけ? それとも気付いていて、知らないふりをしているのだろうか。忘れたい、からだろうか。それなら私だって同じだ。彼女との思い出は、美化されたものだけでよかった。
でも――
「陽葵が千種のこと気にかける気持ちはよくわかる。でも、今は急ごう。少しでも手掛かりがほしい」
「……そうだね。ごめん、変なこと言って。行こう」
――でもあれは、絶対に気のせいなんかじゃなかった。