彼女は、道端に転がった鴉の死骸を見て、可哀想だと言う少女だった。
 ヒグラシの鳴く声が辺りから聞こえ始めた、ある日の夕暮れ時だった。彼女と二人並んで帰っていた時、鴉が道路脇で死んでいるのをたまたま見つけた。目立った外傷はなく、こてんと転がっているだけのようにも見えたが、確かにそれはすでに息絶えていた。
 普段の僕なら、それを見たところで、取り立てて何か感情を抱くことはなかったと思う。鳥の死骸などありふれている。だが、直後に彼女がとった行動が、僕を驚愕させた。

「可哀想に……」

 彼女は一言そう呟くと、あろうことかその死骸を拾い上げ、人目につかない場所に持って行き、土に埋め始めたのだ。道具はもちろんない。彼女は素手で地面を掘っていた。
 僕はそんな彼女を、ただただ呆然と見ていることしかできなかった。身体は固まって、身動きが取れなかった。理解できなかったのだ。彼女のしていることが。
 どうしてそんなことをするのかと、僕は彼女に聞けなかった。その時ばかりは、彼女が異質に映ってしまっていた。――いや、もしかしたら、異質なのは僕のほうなのかもしれない。死んだ鴉を見て、蔑んだ目を送ることしかできない僕の方が、異質で、異常で、薄情な人間なのかもしれなかった。
 その時ふと思った。僕はいったい彼女を何だと思っているのだろうか。どうなんだろう。よく、わからない。あの眼差しの奥に秘められている、暗澹とした闇夜のような彼女の本性に、どう接すればいいのか悩んでいた。どこかで、恐怖にも似た感情を抱いてさえいた。
 死骸を埋め終えた彼女は、泥が付いた両手を合わせて目を閉じた。それはあまりに愚直な憂いを描いた叙情詩のように物静かであり、儚げであり、けれど確かな信念がある行動だということに間違いはなかった。いつの間にかヒグラシの鳴き声はやんでいて、代わりに雀や鶯、燕などが鳴いているのが聞こえた。まるで、死んだ鴉を悼むかのように。一歩でも近づくことは許されないような空気が、そこには漂っていた。
 しばらく待ってもその状態は続いた。彼女が一切動かないので、僕はしびれを切らして、とうとう口を開いてしまった。

「どうして……手を合わせているの?」

 返事はなかった。心音が加速していく。自分が何か変なことを言ってしまったのではないかと不安になる。心なしか鳥達の声が、さっきよりもうるさく聞こえた。
 刹那、小鳥のさえずりを引き裂くかのような鴉の雄叫びが、突如として上空から響いてきた。たまらず僕は身を屈めて空を見上げたが、鴉の姿はどこにもなかった。それなのに、鴉の声はまだ聞こえていた。空からじゃない。もっと近い所から聞こえてくる。声のする方に、僕は顔を戻した。
 鴉は、彼女の隣で鳴いていた。死骸が埋まっていて、膨らんでいる大地を見て、ただ、鳴いていた。これほど異様な光景なんて、目にしたことがなかった。なのに――いや、だからこそ僕は、どうしようもなく、この光景に見入ってしまっていた。
 やがて彼女はゆっくりと目を開け、一言呟いた。

 ――私はもう、空を飛べない。

 それは彼女が僕といる時、よく口にしていた言葉だった。僕の質問に答えたというよりも、無意識のうちに漏れ出ているようだった。そう言う時の彼女は、決まってどこか遠くを見つめていた。