翌日、男子バスケ部のキャプテンである谷川先輩に会うことにした。谷川先輩は熊というあだ名がつくような見た目らしく、会うからには圧倒されないようにと田辺先輩に釘を刺された。

 昼休みになり、谷川先輩のクラスへとお邪魔する。谷川先輩は学食に行ったらしくて不在だった。

 仕方なく私は、好奇心旺盛な視線を気にしながらも、事件の現場をそれとなく調べることにした。

 事件が起きたのは、昼休み前の体育の授業が行われた時。谷川先輩の机は一番後ろの端の席だから、ここなら、三人でそれとなく机を囲んでしまえば、他の人たちに気づかれないように部費を盗むことはできるだろう。

 谷川先輩の話では、昼休みにバスケ部の顧問へ部費を渡すことになっていた。だから、体育の授業が終わった直後に事件が発覚している。タイミングが良かったこともあって、部費が盗難されたのは、体育の授業前から谷川先輩が机に戻ってくるまでの間だと絞り込むことができた。

 さらに、この教室で着替えた女子バレー部員は三人だと判明している。三人のうち一人は笹山先輩で、怪我をしているから着替える必要はなかったらしい。

 それは、裏を返せば笹山先輩には自由に動ける時間があったということになる。みんなが着替えている間に、隙を見て犯行に及んだとしてもおかしくはなかった。

――やっぱり、笹山先輩たちがやったのかな

 現場を見て、笹山先輩たちが事件に関与している疑いがますます強くなった。状況からしても、女子バレー部以外に男子バスケ部が活動停止になって利益を得るクラブはないし、女子バレー部には明確な動機もある。

 落胆して肩を落としたところで、背後から野太い声をかけられた。ビクッと肩を震わせて振り返ると、本当に熊みたいな人が仁王立していた。

「谷川先輩、ですか?」

 死んだふりをしたほうがいいのかなと焦りつつも、裏返る声で確認する。能面顔で頷いた谷川先輩は、問答無用で私の手を引いて外のベランダへ引っ張っていった。

「話は部費のことか?」

 強面顔を歪ませて、谷川先輩が単刀直入に切り込んでくる。熊にロックオンされたウサギのごとく震える私は、なんとか魂が抜ける寸前で頷き返した。

「盗まれた部費の金額は、本当に四万二千円だったんですか?」

 恐る恐る聞いてみると、谷川先輩は視線を空にずらした。

「そうだ」

「だとしたら、部費がなぜか増えたことになりますよね? それについてはどう思いますか?」

「知らないね。それを調べるのが、お前らの仕事だろ」

 冷たく吐き捨てた谷川先輩が、きつく私を睨んできた。笹山先輩とは正反対の人の良さの欠片もない態度に、私はわき上がる怒りをおさえきれなかった。

「男子バスケ部がコートの使用ルールを守っていなかったと聞いてます。それについては、どう思いますか?」

「当然の権利を行使しているまでだ」

「当然の権利って、女子バレー部にも使用する権利はあるはずですよね?」

「ないね」

 私の言葉を、谷川先輩は底冷えするような冷たい言葉で遮った。

「ないって、それはどういう意味ですか?」

「女子バレー部は、笹山が抜けたから全国に行く可能性は低い。ならば、可能性の高い俺たちを優先するのが当然だろ?」

 強面顔を歪ませて笑みを浮かべる谷川先輩に、私は抑えていた怒りを爆発させた。

「それはいくらなんでもあんまりですよね?」

「なにが?」

「女子バレー部だって全国大会を目指す強豪チームです。キャプテンの笹山先輩が抜けたとはいえ、簡単に全国大会出場を諦めるなんてことはないはずです」

 怒りに肩を震わせながら、私は谷川先輩の身勝手な考えに真っ向から反発した。

「キャプテンが抜けるのと、普通の選手が抜けるのとでは訳が違う。精神的支柱がチームから抜けるんだ。しかも、大会直前に怪我するなんて、馬鹿としか言えないね。そんなチームが全国大会なんかに行けるはずがない。だから、不正だとか騒がずに黙ってコートを譲ればいいんだ」

 私の反発などお構いなしに、更に身勝手さを爆発させる谷川先輩に、ついに私はキレてしまった。

「勝手なこと言わないでください。笹山先輩は確かに男子バスケ部を不正告発しました。けど、笹山先輩は男子バスケ部のことも、谷川先輩のことも心配しているんですよ。コートの使用に対する男子バスケ部の身勝手さにも、ちゃんと話し合いで解決しようとしたんです」

 わき出る感情の勢いに任せて、私は一気にまくし立てた。

「今まで、同じ時間を過ごした仲ではないんですか? 小学校から同じキャプテンという立場を過ごした相手に、どうしてそんなことが言えるんですか!」

 脳裏に浮かぶ笹山先輩の優しい笑み。笹山先輩は谷川先輩を気遣っていたというのに、谷川先輩はそんな想いを踏みにじるかのような態度だった。

 そのことが、なぜか悔しくて、悲しくて、私は調査を忘れて谷川先輩を非難することしかできなかった。

「同じ時間を過ごしたからわかるんだ」

「え?」

 不意に呟いた谷川先輩。その表情からは、馬鹿にしたような笑みは消えていた。

「同じ時間、同じキャプテンとして過ごしてきたからわかるんだよ。最後の大会に、キャプテンの自分が試合に出られなくなってしまったという辛さの、本当の意味がな」

 僅かに強面顔を歪ませた谷川先輩は、意味深に吐き捨てると、話は終わりとばかりに背を向けて教室に消えていった。