三学期も終わりに近づきに、いよいよ三年生の卒業式が実感として漂いだし始めていた。そんな中、三年生以上に落ち着かないでいる私は、今日も昼休みの時間を使って親友の相田紗也に愚痴をこぼしていた。
「花菜、ほんとあんたは田辺先輩のことが好きなんだね」
いまだに告白する勇気も持てず、ただ黙って残りの時間が過ぎていくことに怯えるだけの私の愚痴を、延々と聞かされるはめとなっている紗也が呆れ顔と共にため息をついた。
「だったら思い切って告白したら? って、これ言うの何回目だっけ?」
「もう、茶化さないでよ。告白したらってのはわかるんだけど、それができないから苦労してるの」
「はいはい、わかりましたわかりました。花菜は、結局そうやって想いを胸に秘めたまま田辺先輩を見送るだけなんだよね」
「だから、そうやっていじらないでよ」
私の愚痴を聞き飽きたのか、最近の紗也はなにもできない私をからかってくるのが多くなった。とはいえ、紗也も私のことをちゃんと心配した上で背中を押そうとしているわけだから、紗也のいじりに嫌な気はしなかった。
「でもさ、何度も聞いてるかもしれないけど、田辺先輩のどこがいいの? 確かに顔はいいけどさ、いつも寝起きみたいにボーっとしてるし、なにより伝統ある監査委員会を幽霊委員会にした人でしょ?
私にはどこがいいのかさっぱりなんだよね」
「あのね、それは言い過ぎ。田辺先輩にも、ちゃんといいところがあるの。特に、問題解決に取り組んだときに見せる眼差しは、あれはほんとヤバいんだから」
チクチク攻めてきた紗也に対抗すべく、田辺先輩のいいところを力説していく。ただ、正直、紗也の田辺先輩に対する評価は間違っていないし、周りのみんなの評価も同じというところに異論はなかった。
私も、あの鋭い眼差しを見てなかったら、きっと監査委員を続けてなかっただろう。そのくらい、田辺先輩の眼差しにやられた私は、そのときから私の目には田辺先輩しか映っていなかった。
「まったく、そんなに好きならさっさと告白したらいいのに。今度デートに誘われてるんでしょ? そのときに覚悟決めたら?」
田辺先輩を思い浮かべてニヤけていた私に、紗也が呆れたっぷりの視線を向けると、むりやりな提案を出してきた。
「だから、その話はデートとかじゃないって言ってるでしょ」
紗也の言葉に過剰に反応した私は、ニヤニヤし始めた紗也に悪態で返した。紗也のいうデートとは、田辺先輩に卒業式前にとある場所についてきて欲しいと誘われた話だった。
もちろん、聞きようによってはデートの誘いに思えなくもない。けど、私を誘ったときに見せた田辺先輩のどこか悲壮感漂う眼差しが、そういった甘い話を否定していた。
「それよりさ、例の調査依頼はどうなりそうなの?」
私をいじるのに飽きたのか、紗也が唐突に話題を変えてきた。ただ、気になったのは紗也の意味深な眼差しで、単に話を変えただけでないことがすぐにわかった。
「あ、あれね、実はまだどうするか決まってないの」
紗也の企みを探るために、とりあえず無難な答えを返す。紗也が話題にした調査依頼というのは、数日前に監査委員会に匿名で寄せられたもので、卒業式の実行委員会を監査してほしいというものだった。
「まだ決まってなかったの?」
「だって、匿名の依頼は基本的に受けないことになってるし、内容が内容だけにいたずらの可能性も高いから扱うかどうか迷ってるの」
紗也に調査に入る基準を話しながら、頭の片隅に調査依頼を思い起こす。内容は、実行委員会が真面目にやっていないから卒業式ができないという素っ気ないもので、だからこそいたずらの可能性を拭いきれなかった。
「そっか、だったら花菜がやる気になるとっておきの情報を教えてあげるね」
「なにそれ?」
「卒業式の実行委員会の会長してる桜木千恵美先輩は、花菜の大好きな田辺先輩と噂がある人らしいよ」
「ちょっと、どういうこと!?」
やけにもったいぶる態度で紗也が教えてくれた情報に、私は身を乗り出して思いっきり声を裏返した。
「あくまでも噂なんだけどね。ほら、桜木先輩って三年生の中では鈴原さんに匹敵するぐらいの人気者でしょ? 当然彼氏とかいてもおかしくないのに全然そんな話はないみたい。男子と仲良くするのが苦手らしいんだけど、なぜか田辺先輩とは仲がいいらしいの。で、二人の雰囲気がとても単なる友達といったものじゃないから、二人は隠れてつきあってるんじゃないかって噂されてるわけ」
紗也も一応は私に気をつかいながら説明してくれたけど、私の血の気は一瞬で引いていった。
――ちょっと、単なる噂だよね?
紗也の話を何度も噛み砕きながら、田辺先輩のことを思い返してみる。私が知っている田辺先輩は、監査委員会の活動中ぐらいだ。だから、普段三年生の中でどうしているかは本当のところではわかっていない。
ただ、田辺先輩に女の子の影を感じることはないと言えるのも事実だ。田辺先輩には、むしろ心の中に秘めた人がいるような気配があるから、彼女がいるとしたらどこか遠い存在の人というのがしっくりくる感じがしていた。
でも、紗也の話を聞く限り、実際はそうではないのかもしれなかった。田辺先輩から女の子の気配を感じなかったのは、田辺先輩が桜木先輩との交際を隠しているからだとしたら、私はとんでもない勘違いしていたのかもしれない。
「ちょっと、花菜、これはあくまでも噂なんだからね。って、おーい、聞いてる?」
意識のはるか向こうで紗也がなにかを言ってるけど、私の頭には全然中身が入ってこなかった。
――田辺先輩、彼女いたんだ……
どっと手のひらに滲んだ汗を握りしめ、ぐっと唇を噛みしめる。今はまだ泣くつもりはなかったのに、気づいたら私は紗也に頭を包まれるように抱きしめられていた。
「花菜、ほんとあんたは田辺先輩のことが好きなんだね」
いまだに告白する勇気も持てず、ただ黙って残りの時間が過ぎていくことに怯えるだけの私の愚痴を、延々と聞かされるはめとなっている紗也が呆れ顔と共にため息をついた。
「だったら思い切って告白したら? って、これ言うの何回目だっけ?」
「もう、茶化さないでよ。告白したらってのはわかるんだけど、それができないから苦労してるの」
「はいはい、わかりましたわかりました。花菜は、結局そうやって想いを胸に秘めたまま田辺先輩を見送るだけなんだよね」
「だから、そうやっていじらないでよ」
私の愚痴を聞き飽きたのか、最近の紗也はなにもできない私をからかってくるのが多くなった。とはいえ、紗也も私のことをちゃんと心配した上で背中を押そうとしているわけだから、紗也のいじりに嫌な気はしなかった。
「でもさ、何度も聞いてるかもしれないけど、田辺先輩のどこがいいの? 確かに顔はいいけどさ、いつも寝起きみたいにボーっとしてるし、なにより伝統ある監査委員会を幽霊委員会にした人でしょ?
私にはどこがいいのかさっぱりなんだよね」
「あのね、それは言い過ぎ。田辺先輩にも、ちゃんといいところがあるの。特に、問題解決に取り組んだときに見せる眼差しは、あれはほんとヤバいんだから」
チクチク攻めてきた紗也に対抗すべく、田辺先輩のいいところを力説していく。ただ、正直、紗也の田辺先輩に対する評価は間違っていないし、周りのみんなの評価も同じというところに異論はなかった。
私も、あの鋭い眼差しを見てなかったら、きっと監査委員を続けてなかっただろう。そのくらい、田辺先輩の眼差しにやられた私は、そのときから私の目には田辺先輩しか映っていなかった。
「まったく、そんなに好きならさっさと告白したらいいのに。今度デートに誘われてるんでしょ? そのときに覚悟決めたら?」
田辺先輩を思い浮かべてニヤけていた私に、紗也が呆れたっぷりの視線を向けると、むりやりな提案を出してきた。
「だから、その話はデートとかじゃないって言ってるでしょ」
紗也の言葉に過剰に反応した私は、ニヤニヤし始めた紗也に悪態で返した。紗也のいうデートとは、田辺先輩に卒業式前にとある場所についてきて欲しいと誘われた話だった。
もちろん、聞きようによってはデートの誘いに思えなくもない。けど、私を誘ったときに見せた田辺先輩のどこか悲壮感漂う眼差しが、そういった甘い話を否定していた。
「それよりさ、例の調査依頼はどうなりそうなの?」
私をいじるのに飽きたのか、紗也が唐突に話題を変えてきた。ただ、気になったのは紗也の意味深な眼差しで、単に話を変えただけでないことがすぐにわかった。
「あ、あれね、実はまだどうするか決まってないの」
紗也の企みを探るために、とりあえず無難な答えを返す。紗也が話題にした調査依頼というのは、数日前に監査委員会に匿名で寄せられたもので、卒業式の実行委員会を監査してほしいというものだった。
「まだ決まってなかったの?」
「だって、匿名の依頼は基本的に受けないことになってるし、内容が内容だけにいたずらの可能性も高いから扱うかどうか迷ってるの」
紗也に調査に入る基準を話しながら、頭の片隅に調査依頼を思い起こす。内容は、実行委員会が真面目にやっていないから卒業式ができないという素っ気ないもので、だからこそいたずらの可能性を拭いきれなかった。
「そっか、だったら花菜がやる気になるとっておきの情報を教えてあげるね」
「なにそれ?」
「卒業式の実行委員会の会長してる桜木千恵美先輩は、花菜の大好きな田辺先輩と噂がある人らしいよ」
「ちょっと、どういうこと!?」
やけにもったいぶる態度で紗也が教えてくれた情報に、私は身を乗り出して思いっきり声を裏返した。
「あくまでも噂なんだけどね。ほら、桜木先輩って三年生の中では鈴原さんに匹敵するぐらいの人気者でしょ? 当然彼氏とかいてもおかしくないのに全然そんな話はないみたい。男子と仲良くするのが苦手らしいんだけど、なぜか田辺先輩とは仲がいいらしいの。で、二人の雰囲気がとても単なる友達といったものじゃないから、二人は隠れてつきあってるんじゃないかって噂されてるわけ」
紗也も一応は私に気をつかいながら説明してくれたけど、私の血の気は一瞬で引いていった。
――ちょっと、単なる噂だよね?
紗也の話を何度も噛み砕きながら、田辺先輩のことを思い返してみる。私が知っている田辺先輩は、監査委員会の活動中ぐらいだ。だから、普段三年生の中でどうしているかは本当のところではわかっていない。
ただ、田辺先輩に女の子の影を感じることはないと言えるのも事実だ。田辺先輩には、むしろ心の中に秘めた人がいるような気配があるから、彼女がいるとしたらどこか遠い存在の人というのがしっくりくる感じがしていた。
でも、紗也の話を聞く限り、実際はそうではないのかもしれなかった。田辺先輩から女の子の気配を感じなかったのは、田辺先輩が桜木先輩との交際を隠しているからだとしたら、私はとんでもない勘違いしていたのかもしれない。
「ちょっと、花菜、これはあくまでも噂なんだからね。って、おーい、聞いてる?」
意識のはるか向こうで紗也がなにかを言ってるけど、私の頭には全然中身が入ってこなかった。
――田辺先輩、彼女いたんだ……
どっと手のひらに滲んだ汗を握りしめ、ぐっと唇を噛みしめる。今はまだ泣くつもりはなかったのに、気づいたら私は紗也に頭を包まれるように抱きしめられていた。