鈴原に対する万引きの疑惑と俺との密会に関する疑惑は、火にガソリンを投じたように噂となって爆発的に学校内を駆け巡った。
おかげで、鈴原の後援に入っている原口の火消しも虚しく、昼休みにはほとんどの話題が鈴原のスキャンダルで染まっていた。時折、俺に対して遠回しに質問してくる奴もいたけど、それらは全て無言で返していた。
居心地の悪さと聞こえてくる鈴原へのバッシングに耐えかねて、俺は授業をサボって監査委員会室に閉じ籠ることにした。
穴だらけのソファに横になり、俺は自分の甘さを呪った。高橋とデパートで会った時に、もっと警戒しておくべきだった。活動停止に追い込んだとはいえ、高橋は人の弱みを弄ぶような奴だから、これまでのことを考えても単独で動く可能性は十分にあった。
にもかかわらず、俺は高橋のことを甘く見ていた。そのことが、一呼吸する度に怒りとなってわき上がってくる。不甲斐なさを呪うことは簡単だけど、打開策を探るのは簡単にはいかなかった。
大きくため息をつきながら、それでも打開策を思案する。鈴原を追い込んだしまったのは間違いなく俺のミスだ。迂闊に監査など入ったせいで招いた事態だからこそ、なんとかしなければならなかった。
けど、その反面、この状況はまさに俺が望んでいたことでもあった。鈴原のことを考えれば、一刻も早く事実を指摘して立ち直る道を歩んでもらうべきだ。ということは、遅かれ早かれ鈴原を追い込むことになり、結果として今のような状況になっていたとしてもおかしくはなかった。
頭を抱えながら、ぐるぐると頭の中を回る矛盾を追いかけた。鈴原を思えばこそ、事実をどう扱うべきかという答えにたどり着けなかった。
それに、貼り紙の件がどうしても引っ掛かる。二回目の貼り紙は高橋の仕業だとして、一回目の貼り紙が誰によるのかは、まだはっきりとはわかっていなかった。
考えれば考えるほど頭が重くなり、一時中断するために目を閉じた。一連の監査の中で、なにかを見落としているのは間違いなかった。その結果、答えにたどり着けてないでいることも自分ではわかっていた。
微睡みがゆっくりと思考を鈍らせてくる。午後の授業が終わったことを告げるチャイムが鳴り響き、このまま寝てしまおうかと睡魔に意識を委ねようとした瞬間、教室のドアが静寂を破るように開いた。
「田辺先輩、大変です! 夏美ちゃんが、夏美ちゃんが――」
開いたドアから姿を現したのは花菜だった。いつもの呑気な表情はなく、代わりに血の気が失せた表情から、緊急事態だとすぐにわかった。
「鈴原がどうしたんだ?」
俺はとび起きると同時に、花菜のもとに詰め寄った。
「屋上にいるんです」
「屋上?」
嫌な予感がした。微かに震えている花菜の体から、最悪な事態を予想した。
息を整えながら次の言葉をつなげようとした花菜を置いて、俺は走り出した。
――まさか、いや、そんなはずは
脳裏に里沙の姿が浮かんだ。追い詰められた里沙がたどり着いた先は屋上だった。
――鈴原に限って
飛びおりるなど考えられなかった。けど、その予感が跳ね上がる心音と共に膨らんでいくのを抑えられなかった。
状況は違うけど、鈴原も里沙と似た状態だ。鈴原が今朝のことで追い詰められているとしたら、里沙と同じ道を歩んだとしてもおかしくはなかった。
廊下を走り抜け、教室棟に続く渡り廊下へ出る。騒ぎに気づいた生徒たちが既に人だかりとなり、屋上を見上げたまま道を塞いでいた。
群衆の視線をたどって屋上を見上げると、転落防止用のフェンスを越えた先に鈴原が立っていた。その鈴原を説得するかのように、数名の先生と生徒会長の原口がなにかを話していた。
――くそ!
怒りが一気にわき上がってきた。今朝の様子からは、追い込まれているとはいえ自殺するようには思えなかった。
けど、それは間違いだった。高橋に冷たい視線と冷酷な言葉を浴びせた時には、既に限界にきていたのかもしれない。そして、鈴原は一人になってさとったのだろう。このまま生徒会長になれなかったら、千春に会うことはできないという幻想の答えに。
人だかりを押し退けながら無理矢理前へと進んでいく。けど、生徒で埋め尽くされた廊下は思うように前へ進めなかった。
最短距離を諦め、迂回路を探した。怒りと恐怖が混ざった感情が、体の芯を突き抜けていくのを感じた。
――里沙
焦りが、最悪な結果を脳裏に過らせた。屋上に立つ鈴原の姿が、一瞬、里沙に見えた気がした。
呼吸がうまくできなかった。視界がぼやけ、強烈な耳鳴りが襲ってきた。水の中を走っているかのように、うまく動かない体を無理矢理ひねって今来た道を戻ろうとした時だった。
耳鳴りよりも更に甲高い悲鳴が、鼓膜を突き抜けていった。反射的に屋上へ視線を向けると、そこには鈴原の姿はなく、代わりにフェンスを掴んだままの先生や原口の姿があった。
強い目眩と頭痛が襲ってきた。
よろけながら、廊下の窓から顔を出した。
周りが一斉に下を見るのに合わせ、俺も力なく地面に目を向けた。
桜の枝が不自然に折れていた。その無惨な姿をした桜の木の下に、うつ伏せのまま動かない鈴原がいた。
二度目の悲鳴の後、全てが凍りついたように物音が消えていった。
おかげで、鈴原の後援に入っている原口の火消しも虚しく、昼休みにはほとんどの話題が鈴原のスキャンダルで染まっていた。時折、俺に対して遠回しに質問してくる奴もいたけど、それらは全て無言で返していた。
居心地の悪さと聞こえてくる鈴原へのバッシングに耐えかねて、俺は授業をサボって監査委員会室に閉じ籠ることにした。
穴だらけのソファに横になり、俺は自分の甘さを呪った。高橋とデパートで会った時に、もっと警戒しておくべきだった。活動停止に追い込んだとはいえ、高橋は人の弱みを弄ぶような奴だから、これまでのことを考えても単独で動く可能性は十分にあった。
にもかかわらず、俺は高橋のことを甘く見ていた。そのことが、一呼吸する度に怒りとなってわき上がってくる。不甲斐なさを呪うことは簡単だけど、打開策を探るのは簡単にはいかなかった。
大きくため息をつきながら、それでも打開策を思案する。鈴原を追い込んだしまったのは間違いなく俺のミスだ。迂闊に監査など入ったせいで招いた事態だからこそ、なんとかしなければならなかった。
けど、その反面、この状況はまさに俺が望んでいたことでもあった。鈴原のことを考えれば、一刻も早く事実を指摘して立ち直る道を歩んでもらうべきだ。ということは、遅かれ早かれ鈴原を追い込むことになり、結果として今のような状況になっていたとしてもおかしくはなかった。
頭を抱えながら、ぐるぐると頭の中を回る矛盾を追いかけた。鈴原を思えばこそ、事実をどう扱うべきかという答えにたどり着けなかった。
それに、貼り紙の件がどうしても引っ掛かる。二回目の貼り紙は高橋の仕業だとして、一回目の貼り紙が誰によるのかは、まだはっきりとはわかっていなかった。
考えれば考えるほど頭が重くなり、一時中断するために目を閉じた。一連の監査の中で、なにかを見落としているのは間違いなかった。その結果、答えにたどり着けてないでいることも自分ではわかっていた。
微睡みがゆっくりと思考を鈍らせてくる。午後の授業が終わったことを告げるチャイムが鳴り響き、このまま寝てしまおうかと睡魔に意識を委ねようとした瞬間、教室のドアが静寂を破るように開いた。
「田辺先輩、大変です! 夏美ちゃんが、夏美ちゃんが――」
開いたドアから姿を現したのは花菜だった。いつもの呑気な表情はなく、代わりに血の気が失せた表情から、緊急事態だとすぐにわかった。
「鈴原がどうしたんだ?」
俺はとび起きると同時に、花菜のもとに詰め寄った。
「屋上にいるんです」
「屋上?」
嫌な予感がした。微かに震えている花菜の体から、最悪な事態を予想した。
息を整えながら次の言葉をつなげようとした花菜を置いて、俺は走り出した。
――まさか、いや、そんなはずは
脳裏に里沙の姿が浮かんだ。追い詰められた里沙がたどり着いた先は屋上だった。
――鈴原に限って
飛びおりるなど考えられなかった。けど、その予感が跳ね上がる心音と共に膨らんでいくのを抑えられなかった。
状況は違うけど、鈴原も里沙と似た状態だ。鈴原が今朝のことで追い詰められているとしたら、里沙と同じ道を歩んだとしてもおかしくはなかった。
廊下を走り抜け、教室棟に続く渡り廊下へ出る。騒ぎに気づいた生徒たちが既に人だかりとなり、屋上を見上げたまま道を塞いでいた。
群衆の視線をたどって屋上を見上げると、転落防止用のフェンスを越えた先に鈴原が立っていた。その鈴原を説得するかのように、数名の先生と生徒会長の原口がなにかを話していた。
――くそ!
怒りが一気にわき上がってきた。今朝の様子からは、追い込まれているとはいえ自殺するようには思えなかった。
けど、それは間違いだった。高橋に冷たい視線と冷酷な言葉を浴びせた時には、既に限界にきていたのかもしれない。そして、鈴原は一人になってさとったのだろう。このまま生徒会長になれなかったら、千春に会うことはできないという幻想の答えに。
人だかりを押し退けながら無理矢理前へと進んでいく。けど、生徒で埋め尽くされた廊下は思うように前へ進めなかった。
最短距離を諦め、迂回路を探した。怒りと恐怖が混ざった感情が、体の芯を突き抜けていくのを感じた。
――里沙
焦りが、最悪な結果を脳裏に過らせた。屋上に立つ鈴原の姿が、一瞬、里沙に見えた気がした。
呼吸がうまくできなかった。視界がぼやけ、強烈な耳鳴りが襲ってきた。水の中を走っているかのように、うまく動かない体を無理矢理ひねって今来た道を戻ろうとした時だった。
耳鳴りよりも更に甲高い悲鳴が、鼓膜を突き抜けていった。反射的に屋上へ視線を向けると、そこには鈴原の姿はなく、代わりにフェンスを掴んだままの先生や原口の姿があった。
強い目眩と頭痛が襲ってきた。
よろけながら、廊下の窓から顔を出した。
周りが一斉に下を見るのに合わせ、俺も力なく地面に目を向けた。
桜の枝が不自然に折れていた。その無惨な姿をした桜の木の下に、うつ伏せのまま動かない鈴原がいた。
二度目の悲鳴の後、全てが凍りついたように物音が消えていった。