週が明けた月曜日、朝から校舎の玄関先に生徒たちが人だかりを作っていた。みんなが一様に見つめる先には、学校行事などを知らせる掲示板があり、普段誰もが素通りするけど、今朝はみんなが興味を示しているようだった。

 野次馬根性は嫌いではない。興味本位で俺も流れに乗ることにした。

 けど、異変はすぐに表れた。何気なく交わす挨拶に冷たさを感じ、みんなの俺を見る目が明らかに先週までとは違っていた。普段から明るいつき合いは少ないとはいえ、それでも、非難めいた視線を浴びることは今までなかった。

 掲示板の前にいた女子たちが逃げるように去っていき、視界が一気に開けていく。と同時に、俺の目に飛び込んできたのは、信じがたい衝撃的なニュースだった。

『あの噂は本当か!? 生徒会長立候補者と監査委員長の謎の密会!! 目的は口封じか!?』

 見出しを飾る記事に、俺は声を失った。続く本文には、昨日、俺が鈴原とデパートで会っていたことが書かれていた。記事の下には、俺が鈴原から白い封筒を受け取るところの写真が添付されており、ご丁寧に、万引きについての口封じの瞬間だと説明書されていた。

 全身の血が一気に下がっていくのがわかった。寒気と目眩、そして耳鳴りがし始めたところで、急に肩を叩かれた。

「借りは返したからな」

 腹の底から嫌気が沸き上がる声にふりかえると、ニキビ面を醜くく歪めた高橋がいた。

「高橋」

 辛うじて声が出たけど、うまく言葉が続かなかったのは、勝ち誇った高橋の笑みから高橋の企みが読めたからだった。

「あいにくと俺には、婆さんはいないんだ」

 不快感しかない声が、俺の予想を裏付けていく。あの日、デパートSで出会ったのは偶然ではなかったということだった。

 ――俺を張り込んでいたのか

 高橋の様子からして、その結論に間違いなかった。あの日、高橋は俺を張り込みつつ、接触を図ってきた。そして、感じとったか、あるいは確信したのかもしれない。俺が監査とは別になにかを調査していることを。

「あの貼り紙は、お前の仕業か?」

 感情に任せ、高橋の胸ぐらを掴んだ。

「ご名答。ちょっとした好奇心からやったんだけど、まさかお前の所のちびがかかるとは思わなかったぜ。嬉しいことに、お前が突然監査に入るからよ、これは絶対になにかあると思って張り込むことにしたんだ」

「お前、活動停止中だろ」

「新聞部は関係ない。海老で鯛が釣れたんだ。個人的な活動ってことで、匿名で晒しただけだ。お前にとやかく言われる筋合いはない」

 高橋が俺の手を払い、歪んだ襟元を乱暴に直していく。

「だからといって、こんなでたらめが許されるわけが――」

「でたらめ? 誰がでたらめだと決めるんだ?」

 俺の言葉を遮り、高橋が顔を近づけて声を低くして呟いた。

 どす黒い淀んだ二つの瞳が俺を睨んでいた。その瞳は、嫌でも高橋の信念を物語っていた。

 ――嘘は多少の真実を織り混ぜて突き通す

 堪えきれない怒りで、握り拳が震えた。確かに俺が鈴原から白い封筒を受け取ったことは間違いない。中身はただの映画のチケットだ。けど、そんなことは記事にされていない。記事にされていないからこそ、スキャンダルとして話は尾びれをつけて広がってしまう。

「火消しは大変だろうが、頑張れよ」

 そう言い残して立ち去ろとした高橋の肩を、俺は無理矢理掴んで引き戻した。

「いつから気づいていた?」

「あ?」

「いつから鈴原が――」

 万引きしていることを知っていたのかと問い詰めようとしたけど、一瞬にして高橋の顔色が変わるのがわかった。泳ぐ瞳につられてふりかえると、無表情の鈴原がこちらに近いてきていた。

 なにか声をかけようとしたけど、鈴原の表情に圧倒されて声を出せなくなった。

 鈴原は無表情を装いながらも、大きく口元を歪ませていた。その口元からは、歯ぎしりが聞こえてきそうだった。全てを凍らせるような瞳は、冷たく高橋だけを見つめていた。

「ゲスが。思い知らせてやるから」

 感情のない冷たい声が高橋に突き刺さる。予想外の鈴原の態度に、俺はかける言葉を失ってしまった。

 さすがの高橋も鈴原の豹変には驚いたようで、口を開けたまま固まっていた。

 鈴原はすれ違いざまにそう呟いただけで、俺とは目を合わすことなく去っていった。その瞳には、これまで一度も見たことのない鈴原の怒りが見てとれた。

 重い空気だけが残った中、ようやく高橋が押し殺したような声を漏らした。

「俺は利用しただけだ」

「なにを言って――」

「最初に誰かが貼り紙したのを、そっくり真似て利用しただけなんだ」

 気落ちした声を残し、高橋は頭をかきながら離れていった。

 意味を上手く理解できなかった俺は、去っていく高橋の背中を見つめることしかできなかった。