里沙と出会ったのは、俺が小学六年生で里沙が五年生の時だった。学校の下駄箱の前で、ボロボロの赤いスニーカーを同級生からからかわれていたのを助けたのがきっかけだった。
里沙はぼさぼさのおかっぱで、薄汚れた白いシャツに、シワだらけのピンクのスカートをいつもはいていた。痩せた細い腕には所々痣があり、時にはうつむいてばかりの顔にも痣があることもあった。
すぐに里沙とは仲良くなったけど、里沙は大人しい性格な反面、極度の虚言癖があった。そのせいで、先生からはもちろん、同級生からもトラブルメーカーとして嫌われていた。
俺はというと、里沙の他愛のない作り話にいつも耳を傾けていた。嘘だとわかっても大げさに驚いたり、何度も相づちを打っては、里沙の虚言につき合い続けていた。
そんな関係も、俺が中学生になることで一時中断した。里沙のいない一年間は平和だったけど、どこか寂しい気持ちもあり、再会するのをいつも心待ちにしていた。
里沙が中学生になって再会した時、里沙は精神的におかしくなっていた。トラブルメーカーとしてはもちろんだけど、更に拍車をかけるように、里沙は万引きに手を染めていた。
待望の再会も、里沙が万引きで補導されたことですぐに中断した。万引きして警察につき出された翌日、再び万引きで警察につき出された里沙が、施設に入れられることになったからだ。
学校では会えなくなったけど、里沙は時々施設を脱走しては、俺の家に忍び込んでくるようになった。その度俺は、里沙と一緒に頭から毛布をかぶり、両親に気づかれないようスマホの明かりだけで朝まで里沙の嘘話を聞き続けた。
一年ほどして施設から里沙が戻ってきたけど、既に学校には里沙の居場所はなくなっていた。おかげで完全に孤独となった里沙は、再び万引きに手を出すようになった。
その頃には里沙の会話もおかしくなり、鈴原と同じように情緒不安定な様子をさらけ出すようになっていた。
そんな里沙を、今度なにかしたら専門の施設に入れるという噂が広まった。二度と会えない遠くの施設に入れられると聞いた俺は、万引きを繰り返す里沙を追いかけては、やめるように何度も説得した。その度、里沙はわかったと返事をしたけど、結局は商品をバックに詰め込み続けていた。
この頃の里沙は、万引きした商品を家に持って帰ることなく帰り道に捨てていた。街中にあるゴミ箱へ泣きながら捨てる里沙に、なぜ万引きを繰り返すのかと聞いてみた。涙声で返ってきた答えは、「わからない」だった。ただ、一つだけわかるのは、物を盗む瞬間に味わうことができる突き抜けるような高揚感だけが、嫌なことをなにもかも忘れさせてくれると震える声で呟いていた。
そういうわけだから、当然、里沙は再び万引きで捕まった。ただ、今度は一緒にいた俺も、共犯者として店の事務所へ連れていかれることになった。
通報を受けて現れた警察官の怒声が響く中、里沙がこの後どうなってしまうのかということだけを心配していた。
だから俺は、里沙が小さな肩を震わせながら繰り返し呟いていた言葉を聞き逃さなかった。消え入りそうな声で、「助けて」と繰り返す里沙を見て、俺は咄嗟に万引きしたのは自分だけだと赤い顔をした警察官に言い続けた。
被害額が少なかったこともあり、結局、万引きそのものは親を呼び出して弁償という、簡単な処分で終了した。俺の望み通り里沙も施設に入れられることもなく、事件はあっさりとした流れで終わっていった。
ただ、その後に待っていたのは過酷な現実だった。学校からは一週間の自宅謹慎を言い渡され、志望の進学校への道は全て絶望的になった。おかげで、呆れ果てた両親からも半ば見捨てられるようになった。
さらに、自宅謹慎が明けたその日、里沙は学校の屋上から飛びおりてこの世から去っていった。残された遺書には、俺への謝罪が拙い丸い文字で何度も書きなぐられていた。
里沙が飛びおりた原因は、結局確定されなかった。既に精神的に限界にきていた里沙の遺書からは、俺への謝罪以外は理解できる内容が一つも残されていなかったからだ。
里沙は、なぜ自殺の道を選んだのだろうか。一ついえるとしたら、おそらく俺があの時かばったせいもあるだろう。精神的に限界を迎えていた里沙の「助けて」という言葉の意味は、万引きをかばってもらうのではなく、破滅にしか向かっていない自分の人生から助け出して欲しいという、心のSOSだったのかもしれなかった。
それを安易な考えで勘違いした俺は、その場しのぎの行動に出てしまった。その時のことは、今でも激しく後悔している。けど、あの時の俺は里沙と離れ離れになることが怖くて仕方がなかった。
親に見捨てられてもよかった。友達に白い目で見られ、周りから後ろ指を指されても平気だった。ただ、里沙にそばにいて欲しかった。二人で一つの毛布にくるまり、スマホの明かりに照らされてくるくると表情を変えながら壮大な作り話を繰り返す里沙を見るのが好きだった。寄せあった肩から伝わってくる里沙のぬくもりを感じることが、最高に楽しい時間でもあった。
里沙さえそばにいてくれたら、後はなにもかもがどうなってもいいと本気で思っていた。
なぜなら里沙は、出会った瞬間に恋に落ちた、今も胸の中に閉じ込めて離すことができない、俺の初恋の人だったからだ。
里沙はぼさぼさのおかっぱで、薄汚れた白いシャツに、シワだらけのピンクのスカートをいつもはいていた。痩せた細い腕には所々痣があり、時にはうつむいてばかりの顔にも痣があることもあった。
すぐに里沙とは仲良くなったけど、里沙は大人しい性格な反面、極度の虚言癖があった。そのせいで、先生からはもちろん、同級生からもトラブルメーカーとして嫌われていた。
俺はというと、里沙の他愛のない作り話にいつも耳を傾けていた。嘘だとわかっても大げさに驚いたり、何度も相づちを打っては、里沙の虚言につき合い続けていた。
そんな関係も、俺が中学生になることで一時中断した。里沙のいない一年間は平和だったけど、どこか寂しい気持ちもあり、再会するのをいつも心待ちにしていた。
里沙が中学生になって再会した時、里沙は精神的におかしくなっていた。トラブルメーカーとしてはもちろんだけど、更に拍車をかけるように、里沙は万引きに手を染めていた。
待望の再会も、里沙が万引きで補導されたことですぐに中断した。万引きして警察につき出された翌日、再び万引きで警察につき出された里沙が、施設に入れられることになったからだ。
学校では会えなくなったけど、里沙は時々施設を脱走しては、俺の家に忍び込んでくるようになった。その度俺は、里沙と一緒に頭から毛布をかぶり、両親に気づかれないようスマホの明かりだけで朝まで里沙の嘘話を聞き続けた。
一年ほどして施設から里沙が戻ってきたけど、既に学校には里沙の居場所はなくなっていた。おかげで完全に孤独となった里沙は、再び万引きに手を出すようになった。
その頃には里沙の会話もおかしくなり、鈴原と同じように情緒不安定な様子をさらけ出すようになっていた。
そんな里沙を、今度なにかしたら専門の施設に入れるという噂が広まった。二度と会えない遠くの施設に入れられると聞いた俺は、万引きを繰り返す里沙を追いかけては、やめるように何度も説得した。その度、里沙はわかったと返事をしたけど、結局は商品をバックに詰め込み続けていた。
この頃の里沙は、万引きした商品を家に持って帰ることなく帰り道に捨てていた。街中にあるゴミ箱へ泣きながら捨てる里沙に、なぜ万引きを繰り返すのかと聞いてみた。涙声で返ってきた答えは、「わからない」だった。ただ、一つだけわかるのは、物を盗む瞬間に味わうことができる突き抜けるような高揚感だけが、嫌なことをなにもかも忘れさせてくれると震える声で呟いていた。
そういうわけだから、当然、里沙は再び万引きで捕まった。ただ、今度は一緒にいた俺も、共犯者として店の事務所へ連れていかれることになった。
通報を受けて現れた警察官の怒声が響く中、里沙がこの後どうなってしまうのかということだけを心配していた。
だから俺は、里沙が小さな肩を震わせながら繰り返し呟いていた言葉を聞き逃さなかった。消え入りそうな声で、「助けて」と繰り返す里沙を見て、俺は咄嗟に万引きしたのは自分だけだと赤い顔をした警察官に言い続けた。
被害額が少なかったこともあり、結局、万引きそのものは親を呼び出して弁償という、簡単な処分で終了した。俺の望み通り里沙も施設に入れられることもなく、事件はあっさりとした流れで終わっていった。
ただ、その後に待っていたのは過酷な現実だった。学校からは一週間の自宅謹慎を言い渡され、志望の進学校への道は全て絶望的になった。おかげで、呆れ果てた両親からも半ば見捨てられるようになった。
さらに、自宅謹慎が明けたその日、里沙は学校の屋上から飛びおりてこの世から去っていった。残された遺書には、俺への謝罪が拙い丸い文字で何度も書きなぐられていた。
里沙が飛びおりた原因は、結局確定されなかった。既に精神的に限界にきていた里沙の遺書からは、俺への謝罪以外は理解できる内容が一つも残されていなかったからだ。
里沙は、なぜ自殺の道を選んだのだろうか。一ついえるとしたら、おそらく俺があの時かばったせいもあるだろう。精神的に限界を迎えていた里沙の「助けて」という言葉の意味は、万引きをかばってもらうのではなく、破滅にしか向かっていない自分の人生から助け出して欲しいという、心のSOSだったのかもしれなかった。
それを安易な考えで勘違いした俺は、その場しのぎの行動に出てしまった。その時のことは、今でも激しく後悔している。けど、あの時の俺は里沙と離れ離れになることが怖くて仕方がなかった。
親に見捨てられてもよかった。友達に白い目で見られ、周りから後ろ指を指されても平気だった。ただ、里沙にそばにいて欲しかった。二人で一つの毛布にくるまり、スマホの明かりに照らされてくるくると表情を変えながら壮大な作り話を繰り返す里沙を見るのが好きだった。寄せあった肩から伝わってくる里沙のぬくもりを感じることが、最高に楽しい時間でもあった。
里沙さえそばにいてくれたら、後はなにもかもがどうなってもいいと本気で思っていた。
なぜなら里沙は、出会った瞬間に恋に落ちた、今も胸の中に閉じ込めて離すことができない、俺の初恋の人だったからだ。