「夏美ちゃんどうでした?」

 翌日の放課後、監査委員会活動室に入った俺に、パソコンの前に座っていた花菜が待っていましたとばかりに尋ねてきた。

「貼り紙の内容通りだった」

 花菜の質問に、俺は昨夜のことを話した。ただ、販促用のモニターと会話らしきやりとりをしていたことは伏せることにした。

 それでも、花菜は信じられないといった表情で、半分口を開けたまま話を聞いていた。

「それより、他の陣営はどうだった? 貼り紙についてなにか言ってた奴はいたか?」

 話題を変えるように問いかけると、花菜は呆けた顔を左右に小さく振って、一度だけ咳払いをした。

「それがですね、貼り紙自体はもちろん、噂すらよく知らないって返事ばかりでした」

「そうか」

 花菜の返答に、俺はソファに座りながら小さくため息をついた。

 あの貼り紙で得をするのは、今のところ他の陣営だけだ。だから、その線が薄れるとなると話はややこしくなってしまう。ただ、他の陣営が嘘をついているだけの可能性も否定できないから、もう少し様子を見たほうがよさそうな気もした。

「鈴原って、中学生の時もあんな感じだった?」

 他の陣営はとりあえず後回しにして、俺は気になっていたことを花菜に聞いてみた。

 あの万引きは、昨日今日始めてできるものではない。だから、ひょっとしたら女王と呼ばれるようになった理由と、昨夜の万引きにはなにか繋がりがあるような気がした。

「そうですね、中学生の時はどちらかといえば、大人しくて目立たない感じでした。ですから、今の夏美ちゃんは、変身したといったほうがいいかもしれません」

 俺の質問に答えながら、花菜は顎に手を当て、空を見るように視線を空中にさ迷わせていた。

 確かに、鈴原のあの姿は変身したといっていいかもしれない。けど、花菜のいう変身とは少し意味が違うようだった。

「中学生の時、千春ちゃんていう子がいたんですけど、千春ちゃんが今の夏美ちゃんみたいな存在でした」

 花菜によれば、千春というリーダー的存在がいたらしく、夏美はその後ろをついて回るだけの存在だったらしい。

「二人は仲がよかった?」

「うーん、千春ちゃんは誰とでも仲良くしてましたから、夏美ちゃんと特別仲がよかったかどうかは微妙です。でも、時々二人してどこかに消えてました」

「消えていた?」

「そうです。放課後になると、二人してどこかに行ってました。それがですね、田辺先輩は聞いたことありますか? デパートにコスプレした二人組がいたこと」

 問われて俺は、鈴原のコスプレ姿を思い出した。

「その二人組が、夏美ちゃんたちじゃないかって噂になって、みんなで確認に行きました。でも、結局はわからないまま終わってしまいました」

 花菜の話を聞きながら、確かにあのコスプレだと気づかなくても仕方がない気がした。

「その千春って子、今も鈴原と仲がいいのか?」

「いえ、実は、千春ちゃん亡くなってるんです。二年生の時に交通事故で。それから、千春ちゃんのいたポジションに、夏美ちゃんが立つようになりました。勉強もスポーツもできなかったのに、いつの間にかできるようになったんです。多分、陰で相当努力したんだと思います」

 花菜が語った事実に、俺は黙って頷くしかなかった。女王と呼ばれるようになった背景には、鈴原の想像を越えた努力があったことが嫌でも伝わってきた。

 そうなると、鈴原はなぜ女王と呼ばれるほど努力したのかという疑問がでてくる。単に千春の後釜を狙っただけなのか、それとも、他に理由があったのだろうか。

 花菜が知っていることは以上で終わりだったため、疑問を解消することはできなかった。

「今の鈴原に、変わった所はないか?」

「変わった所ですか?」

「そう、例えば、変な言動があったりしないか?」

 俺の問いに、花菜は首を傾げながら聞き取り辛い声でぶつぶつ呟いた。

「そういえば、時々なに言ってるかわからない時があります。話が合わないといいますか、情緒不安定な感じを受ける時があります」

 花菜は、上手く伝えきれないもどかしさを示すかのように、何度も眉間にシワをよせていた。

 昨夜のことがあったから、俺には花菜が言おうとしていることは理解できた。そして、理解と同時に胸の中に広がる一抹の不安を感じた。

 ――胸に抱えているものが、表に出ようとしてるのかもしれないな

 そうだとしたら、鈴原は里沙と同じ症状に陥っている可能性がある。昨夜のことも含めて考えると、鈴原が抱えている問題には根深いものがありそうだった。

 俺は頭の後ろで手を組み、再びソファに寝転びながら、残像の鈴原に里沙の姿を重ねていった。