翌日の放課後、田辺先輩に聞き取り内容を報告して食堂に向かった。田辺先輩はというと、窓辺に立って私の話を聞きながら黙って陸上部の練習を眺めているだけだった。
――それにしても……
食堂に向かう間、顔をのぞかせたのは島田先輩の言葉だった。島田先輩は、田辺先輩が中学時代になにかあったと言っていた。そのせいでやたらと眠ったり、無気力で他人を寄せつけないようになったみたいだから、私としては当然知りたい内容でしかなかった。
――でも、それを知るには津山先輩を助けるってどういうこと?
田島先輩の出した条件は、いよいよの時に津山先輩を助けることだった。私にはさっぱり意味がわからないし、田辺先輩にそれとなく聞いてみたけど、反応は「そうか」と呟くだけだった。
あれこれ考えが右往左往する中、食堂にいた赤坂先輩を見つけ、気持ちを切り替えつつ小走りで近寄っていった。
「すみません、時間を作ってもらいまして」
「いいんですよ、今はマネージャーの仕事もそんなに忙しくありませんから」
慌てて頭を下げる私に、赤坂先輩が柔らかな笑みで応えてくれた。
「それより、聞きたいことってなんですか?」
「はい、津山先輩のことなんです」
「津山君のこと?」
津山先輩の名前を出した瞬間、赤坂先輩の顔がわずかに緊張するのが見えた。
――やっぱり、赤坂先輩は津山先輩のこと好きなのかな?
赤坂先輩の今の表情を見て、直感的にそう思えてきた。となると、ここはうまく津山先輩のことを聞き出すチャンスととらえた。
「津山先輩は、小学生の時から陸上部を続けてますよね? 赤坂先輩から見て今の津山先輩はどう見えますか?」
「ごめんなさい、どうっていうのは?」
「あ、つまりですね、リレーで二番走者ばかりやっている津山先輩をどう思っているかという意味です。津山先輩に聞きましたけど、二番走者は結構大変な役割みたいで、私には好きでやってるのか、それともやらされてるだけなのかがいまいちわかりませんでした」
津山先輩との会話を引き出しながら、気になったことを聞いてみる。もともと津山先輩が嫌な役目をずっと押しつけられているとしたら、今回の島田先輩の横暴はパワハラになる可能性が否定できない可能性もあったからだ。
「リレーでの二番走者は、一番重要なポジションです。四百メートルリレーだからといって、全員が百メートルを分担するんじゃなくて、少しずつ距離が変わってくるんです。そのため、二番走者は一番距離が長くなるともいわれていて、だから西城学園はエースを二番走者に配置しているんです。そう考えたら、二番走者を任せられるのは名誉ではあるんですけどね」
説明を終えると、わずかに下を向いた赤坂先輩の声が詰まっていった。津山先輩の二番走者としての成績は、一番走者がリードを作っても他校に抜かれて終わりというものばかりだ。当然、心ないヤジも少なくなかったと思うと、スタンドで観ていた赤坂先輩の胸中は穏やかではなかったと簡単に想像できた。
「津山君がプレッシャーに弱いのはみんなわかってることなんです。だから、ラストランだけは津山君が実力を発揮できるようにとみんな考えたんだと思います。でも、島田君はそれを突然変更してしまうし、津山君も受け入れてしまったみたいですから、正直、私にはなぜそうなったのかはわかりません」
静かに声をふるわせた赤坂先輩の瞳から、一つ、また一つと涙がこぼれ落ちていく。赤坂先輩にしたら、好きな人の晴れ舞台を奪われたわけだから、納得したくても納得できないでいるのだろう。
「ずっと、小学生の頃から津山君の走っている姿を見てきました。かっこよくて、みんなの憧れだったのに、今はもうあの頃の面影はありません。だから、せめて、最後だけは、あの頃みたいに走ってもらえたらと思うんです」
すみませんと呟いた赤坂先輩が、両手で顔を隠して嗚咽をもらし始めた。きっと、赤坂先輩もずっと苦しかったのだろう。いつもそばで見てきた好きな人が、成績もふるわずラストランを迎えてしまい、その最後の花道さえ取り上げられたことに胸を痛めていたに違いない。
だから、今回、意を決して監査委員会に訴えてきた。島田先輩や津山先輩の様子からして、赤坂先輩の訴えが独断だったことは間違いない。そこまでする赤坂先輩からは、津山先輩を想う気持ちが強く感じられた。
「すみません、なんだか辛い気持ちにさせてしまいまして」
「いえ、いいんですよ。私も、誰かに聞いてもらいたかったんです。それに、倉本さんならわかってくれるかもと思って」
「私なら、ですか?」
「だって、たった一人で田辺君のそばにいるから、その理由は私でもわかりますよ」
泣きやんだ赤坂先輩が、今度はいたずらっぽい笑みを向けてきた。またしても不意をつかれた私は、なんと答えていいかわからずから笑いするしかなかった。
「倉本さん、頑張ってね。私にはできなかったけど、倉本さんならできると思うから」
「ちょっとまってください。頑張るって、なにを」
「倉本さんのライバルは、ある意味強敵だから、もう田辺君を押し倒す勢いでいけばいいと思うよ」
「ちょ、押し倒すって、私は別に」
耳の裏まで熱くなるのを感じながら、赤坂先輩の言葉に動揺をおさえきれなくなっていた。
「と、とりあえず調査はまだ続けますから」
もはやごまかすこともできないくらい狼狽していたけど、なんとかそれだけ告げて逃げるように席を立った。
――それにしても……
食堂に向かう間、顔をのぞかせたのは島田先輩の言葉だった。島田先輩は、田辺先輩が中学時代になにかあったと言っていた。そのせいでやたらと眠ったり、無気力で他人を寄せつけないようになったみたいだから、私としては当然知りたい内容でしかなかった。
――でも、それを知るには津山先輩を助けるってどういうこと?
田島先輩の出した条件は、いよいよの時に津山先輩を助けることだった。私にはさっぱり意味がわからないし、田辺先輩にそれとなく聞いてみたけど、反応は「そうか」と呟くだけだった。
あれこれ考えが右往左往する中、食堂にいた赤坂先輩を見つけ、気持ちを切り替えつつ小走りで近寄っていった。
「すみません、時間を作ってもらいまして」
「いいんですよ、今はマネージャーの仕事もそんなに忙しくありませんから」
慌てて頭を下げる私に、赤坂先輩が柔らかな笑みで応えてくれた。
「それより、聞きたいことってなんですか?」
「はい、津山先輩のことなんです」
「津山君のこと?」
津山先輩の名前を出した瞬間、赤坂先輩の顔がわずかに緊張するのが見えた。
――やっぱり、赤坂先輩は津山先輩のこと好きなのかな?
赤坂先輩の今の表情を見て、直感的にそう思えてきた。となると、ここはうまく津山先輩のことを聞き出すチャンスととらえた。
「津山先輩は、小学生の時から陸上部を続けてますよね? 赤坂先輩から見て今の津山先輩はどう見えますか?」
「ごめんなさい、どうっていうのは?」
「あ、つまりですね、リレーで二番走者ばかりやっている津山先輩をどう思っているかという意味です。津山先輩に聞きましたけど、二番走者は結構大変な役割みたいで、私には好きでやってるのか、それともやらされてるだけなのかがいまいちわかりませんでした」
津山先輩との会話を引き出しながら、気になったことを聞いてみる。もともと津山先輩が嫌な役目をずっと押しつけられているとしたら、今回の島田先輩の横暴はパワハラになる可能性が否定できない可能性もあったからだ。
「リレーでの二番走者は、一番重要なポジションです。四百メートルリレーだからといって、全員が百メートルを分担するんじゃなくて、少しずつ距離が変わってくるんです。そのため、二番走者は一番距離が長くなるともいわれていて、だから西城学園はエースを二番走者に配置しているんです。そう考えたら、二番走者を任せられるのは名誉ではあるんですけどね」
説明を終えると、わずかに下を向いた赤坂先輩の声が詰まっていった。津山先輩の二番走者としての成績は、一番走者がリードを作っても他校に抜かれて終わりというものばかりだ。当然、心ないヤジも少なくなかったと思うと、スタンドで観ていた赤坂先輩の胸中は穏やかではなかったと簡単に想像できた。
「津山君がプレッシャーに弱いのはみんなわかってることなんです。だから、ラストランだけは津山君が実力を発揮できるようにとみんな考えたんだと思います。でも、島田君はそれを突然変更してしまうし、津山君も受け入れてしまったみたいですから、正直、私にはなぜそうなったのかはわかりません」
静かに声をふるわせた赤坂先輩の瞳から、一つ、また一つと涙がこぼれ落ちていく。赤坂先輩にしたら、好きな人の晴れ舞台を奪われたわけだから、納得したくても納得できないでいるのだろう。
「ずっと、小学生の頃から津山君の走っている姿を見てきました。かっこよくて、みんなの憧れだったのに、今はもうあの頃の面影はありません。だから、せめて、最後だけは、あの頃みたいに走ってもらえたらと思うんです」
すみませんと呟いた赤坂先輩が、両手で顔を隠して嗚咽をもらし始めた。きっと、赤坂先輩もずっと苦しかったのだろう。いつもそばで見てきた好きな人が、成績もふるわずラストランを迎えてしまい、その最後の花道さえ取り上げられたことに胸を痛めていたに違いない。
だから、今回、意を決して監査委員会に訴えてきた。島田先輩や津山先輩の様子からして、赤坂先輩の訴えが独断だったことは間違いない。そこまでする赤坂先輩からは、津山先輩を想う気持ちが強く感じられた。
「すみません、なんだか辛い気持ちにさせてしまいまして」
「いえ、いいんですよ。私も、誰かに聞いてもらいたかったんです。それに、倉本さんならわかってくれるかもと思って」
「私なら、ですか?」
「だって、たった一人で田辺君のそばにいるから、その理由は私でもわかりますよ」
泣きやんだ赤坂先輩が、今度はいたずらっぽい笑みを向けてきた。またしても不意をつかれた私は、なんと答えていいかわからずから笑いするしかなかった。
「倉本さん、頑張ってね。私にはできなかったけど、倉本さんならできると思うから」
「ちょっとまってください。頑張るって、なにを」
「倉本さんのライバルは、ある意味強敵だから、もう田辺君を押し倒す勢いでいけばいいと思うよ」
「ちょ、押し倒すって、私は別に」
耳の裏まで熱くなるのを感じながら、赤坂先輩の言葉に動揺をおさえきれなくなっていた。
「と、とりあえず調査はまだ続けますから」
もはやごまかすこともできないくらい狼狽していたけど、なんとかそれだけ告げて逃げるように席を立った。